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「お久しぶりですね。今日はどんなお花をお求めに?」
「そうねぇ、今日はガーベラを貰おうかしら。」
店長としゃべる、開店と同時にやってきたお客様の顔をそれとなく見つめてみるが、正直覚えていない。
店長がこのお花屋さんを開業した時から私はここで働いているから、店長が「久しぶり」というのなら私にとっても久しぶりなのだろうけれど、この表通りにあるこの花屋にはたくさんの人がお花を買いにくるため、3回ほどは通ってもらうか、何かしら大きなインパクトがないと覚えていない事が多い。
店長は『それが普通なのよ』と微笑むけれど、私は店長のことを尊敬している。
だって店長は2度目のお客様でも、数ヶ月、長年来なかったお客様でも、それはもう見事なほどにその人のことを覚えているのだ。
しかも顔だけではなく、その時交わした会話までも。
「こんにちはー、今日もいい天気だねー。」
「こんにちは。そうですね、明日からは雨らしいので残念ですが。」
店長が年配のお客様と話している最中、常連の女性がにこやかにやってきた。
私より2,3歳ほど下に見えるこの女性は週に1度は通ってくださるため、お互いに顔なじみで随分と長話してしまうこともたびたびある。
というか、道向かいにあるカフェのバイトさんらしく、挨拶は毎日交わしているほどの顔なじみだ。
「あ、今日ピンクのガーベラあるんだ!それにカスミソウも入れてもらえる?」
「はい!」
女性はカフェの窓辺にいつもお花を置いているとかで、基本的に決まった量を買って行ってくれる。
それをわかっている私は3本ほどのガーベラと少量のカスミソウを手に取り、簡易な包装を施した。
こちらも『どうせすぐ花瓶に飾るから適当でいいよ』と言ってくださって以来、店長も私もわかっていることで、それはすぐに出来上がった。
女性はすでに500ユースを手にしていて、それを受け取ると「今日は急いでるから、またね!」とお金を私に手渡してお花と一緒に店を後にする。
私は「いってらっしゃい」と声を掛けて、彼女が向かいのカフェに入っていくのを見送ってからレジに500ユースを入れた。
先ほどのお客様用に、いつも決まって500ユースでお花を作るのもすっかり慣れてしまった。
レジを閉めると、店長の方もガーベラを包み終えたようで、年配の女性を見送っていた。
「店長、先ほどのお客様『久しぶり』って言ってましたけど、いつ以来なんですか?」
お客様がいなくなったので話しかけると、店長はラッピングのために出したセラフィンなどを片付けながら「1年半ぶりくらいかしらねぇ。今日で2度目の来店よ。」と思い出すように言った。
1年半、か。
しかも2度目の来店となればそりゃ覚えてない。
店長の記憶力が羨ましくなる瞬間だ。
私がテーブルに肘をついて唇を尖らせると、店長は笑って「3回会えばちゃんと顔を覚えるだけでも十分よ」と私の頭を二度撫でた。
私と1回りほど違う年齢の店長は、ふっと笑う時にとても優しい表情を浮かべるから、それが嘘でないのだとわかるけれど、それでもやっぱりその店長の長所は私も欲するところだ。
「それより名前ちゃん、ルームシェア相手の彼とはどうなの?」
ラッピングの道具を片付け終わった店長は、カウンターのところに置いてある椅子に腰を掛けた。
「前に名前ちゃんが『ルームシェア始めたんです』って言った時にはビックリしたわねー。しかも相手が男性だなんて、余計ビックリよ。えーっと何だっけ、コナツくん…だったかしら?」
「はい。」
「名前ちゃんが風邪引いたって電話して来た時、相当驚いたんだからね。」
「その節はご心配おかけしました。」
確かあの時はルームシェアしていることは店長に言っていたけれど、その相手が男性とは言ってなかったんだったっけ。
かれこれ二ヶ月ほど前の出来事を思い出して、私は緩む頬を隠すように手で頬っぺたに触れた。
「で、最近の若い子はどんなとこにデート行くの?」
若い子って…、店長の方がよっぽど私より心が若い気がします。と店長に似つかわしくない質問の仕方につい苦笑してしまった。
「お買い物に行ったり、テーマパークに行ったりしましたよ。」
でも何より一番楽しかったのは『ホークザイル』という乗り物に乗せてもらったことだろうか。
満天の星空の下、空を飛ぶのはとても楽しかった。
一般人の私がまさかホークザイルに乗れる日が来ようとは思ってもみなかったのに。
「いいわねぇー。うちの旦那ってば最近どこにも連れていってくれないのよ。」
「お仕事でお疲れなんですよ、きっと。」
「それはわかるんだけどね…。でも物分りのいい人間でばかりいるのもダメだと思うのよ。それでこの前家族で出かけたいって言ったら、なんて言ったと思う?『お前も仕事で疲れてるだろうから出かけたくないかと思ってた』ですって!」
女もそうだけど、男には特に言葉にしてあげないと駄目よねぇ。全然女心わかってないんだから。
店長はそういいながら、家族で出かけた時のことを思い出しているのか表情はとても柔らかかった。
そういえばコナツさんも結構疲れて帰って来ることが多い。
デートの回数も友人達よりは全然少ないし、見たい映画があれば一緒に行ったりしたいけれど、コナツさんの仕事の都合が合わなくて公開が終了しちゃう間近に結局一人で行ってしまったり、レンタルを待つことだってある。
寂しくはあるけれど、休みが合えばコナツさんがいつもデートに誘ってくれるから、私は特にそれに対して不満はない。
「名前ちゃんも彼の仕事が忙しくてもちょっと我が侭くらい言っていいんだからね。そりゃ度が過ぎるのは駄目だけど、たまの我が侭くらいいいのよ。それで怒るような男だったらそれだけの器の男ってことなんだから。」
「…はぁ。」
「何か飲み物入れてくるわね。コーヒーでいい?」
「あ、はい。あの、私が淹れますよ。」
「いいから座ってて。」
「ありがとうございます。」
店長が店の奥へと入って行くのを眺め見ながら、思い返せば私からデートに誘ったことがないことに気付いた。
『今度のお休み、いつですか??』とは聞いたりするけれど、見たい映画がある時も休みを聞いて休日が合わなかったり、コナツさんが休日出勤したりと結局誘えていないのだ。
実際、今公開中の映画だって見たいけれど、コナツさんは10日間の遠征中。
休みが合うどころの話しではない。
確か明日帰ってくると言っていたけれど期間が数日延びることだって多々あるし、いつも帰ってきた直後は溜まっている書類処理と報告書で忙しいようだし、恐らく今回も見たい映画は上映終了してしまうのだろう。
何だか気落ちしてくるのを感じながら店長が戻ってくるのを待っていると、ふと視界にはちみつ色が映った。
皺一つない軍服に身を包んだ彼は私服で居るときよりもかっこよく見える。
もちろん私服もかっこいいけれども…、なんてことを先日話したら、彼は恥ずかしそうに笑っていたっけ。
「コナツさん!おかえりなさい!遠征から帰って来たんですか?」
「うん、今朝方。でも今からまた任務なんだ。」
店先に立つコナツさんへ駆け寄ると、コナツさんから少し離れた背後にヒュウガさんが立っているのが見えた。
私達の久しぶりの再会を邪魔しないように気を遣ってくれているのか、ヒュウガさんはこちらに手を振るだけで、私はそれに微笑みながら小さく頭を下げた。
「名前、今日は簡単な任務だから絶対帰るから。でも夜遅くなると思うから気遣わないで先寝ててね。」
「晩御飯はどうしますか?」
「ラップして取ってて。久しぶりに名前のご飯食べたい。」
嬉しい言葉をくれるコナツさんは、「じゃ、急いでるから。」と私の頬にキスをしてから店を後にした。
手を振りながら小さくなってゆく2人を見ていると、どうやらヒュウガさんに茶化されているようで、コナツさんが怒っているのが見えて噴出すように笑ってしまった。
さて、今日は久しぶりにコナツさんが帰って来るって言ってたし、ご飯も食べたいって言ってくれたし、何を作ろうかな。と踵を返すと、コーヒーを持った店長が「みーたーぞー」と笑いながら立っていた。
「す、すみません仕事中に。」
申し訳なさ半分、照れ隠し半分で謝ると、店長は「いいのいいの、今はお客様もいないんだし、目一杯いちゃつきなさい。」と豪快に笑った。
「へー彼が例の『コナツくん』かぁ。彼、あの時生気のない瞳してたけど、名前ちゃんがお花あげたら何か元気になってたし、やっぱりコナツくんの一目惚れ?猛アタックされたの??」
「…はい?」
小さく小首を傾げながら差し出されたコーヒーを受け取ると、店長は「またまた〜惚けなさんな。」と先ほどの椅子に腰を下ろした。
惚けるも何も先ほどから店長が言う言葉がイマイチ理解できない。
「亡くなった人に手向ける花はどれがいいかって聞かれてたでしょ?あの時のはちみつ坊やじゃない。」
「……え?あの時の?!?!私がサービスでお花あげた人?!?!」
「は?!覚えてなかったの?!っていうか気付いてなかったの?!?!」
店長は人を覚えるのが得意だ。
だから今言っていることだってきっと正しいのだろう。
となるとだ、コナツさんとは不動産屋で出会う前からの顔見知りだということになる。
「そんな…。私があの時の花屋の店員だってことコナツさんは知ってたんでしょうか……。」
「確か不動産屋の前でルームシェア誘われたっていってたわよね?ならやっぱり…」
「…ですよね……。絶対コナツさん私の事覚えてましたよね……。」
よく考えればわかることだ。
あの真面目なコナツさんが知りもしない人とルームシェアをするような人には到底思えないのだから。
「余計な事しゃべっちゃったかしら…。」
「いえ、知らないでいるよりはよっぽどいいです…。」
申し訳ないような、それでいて積極的に行動してくれたことが嬉しいような。
「愛されてるじゃない。花屋で一度だけ会った名前ちゃんに恋をして、それを見事に成就させてる彼もすごいわよ。」
私は、コナツさんに愛されている。
そう第三者に口にされると、体がむず痒くなるのと同時に、ひどく嬉しかった。
「一歩間違えればストーカーだけどね。」
あははと笑う店長の最後の一言だけは聞こえなかったことにしよう。
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