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陽が暮れかけている中、いつもより少し早めに岐路に着いた私はどこか浮き足立っていた。
それもそのはず、なんてったって今日はコナツさんが帰って来るって言ってくれたから。

店長に『今日彼早く帰って来るんでしょう?いーからもう上がっちゃっていいわよ。おいしいご飯作ってあげなさいな。』と言われたのは少し気恥ずかしかったけれど、お言葉に甘えてみた。
早く帰っていつもより気合入れてご飯作りたいと思っていた私の心を見透かすような発言には目を見張ったものだ。
店長ほど人の感情を読んでしまう人物には出会ったことがない。

ほんの数十分前の出来事を思い出し、そして照れながら歩いていると、「名前ちゃん」と知った声に名前を呼ばれた。

立ち止まり、声がする方へと視線を向けると、そこにはりんご飴を舐めながら手を振ってくるヒュウガさんがいて、私は自然とコナツさんの姿を探していた。


「残念ながらオレ一人だよ♪」

「すみません…そ、そんなわかりやすい顔してましたか…。」

「コナツほどじゃないけどね☆」


素直な事は良いことだよ。と笑うヒュウガさんは、コナツさんは先に軍へと戻っているのだと教えてくれた。
聞きたかったことを問う前に教えてくれた彼もまた、店長と同じ香りがする。
人の感情を読むのがとても得意な部類の人間だと。


「早く帰りたいから早く仕事するんだってさ☆愛されてるねぇ♪」


店長といいヒュウガさんといい、その言葉は嬉しいけどとっても恥ずかしくもあるんです。
穴があったら入りたくなるんです。

肩を丸めながらも、嬉しい事には違いなくて小さく微笑んだ。


「名前ちゃん今帰り?暇ならお茶しない?」


まるでナンパのようだと内心苦笑しながら首を横に振る。


「コナツさんが帰ってくると言ってくれたので気合入れて夕御飯作るつもりなんです。だからまた今度誘って下さい。」

「コナツも愛されてるねぇ♪」


コナツさんの職場でのお話も聞きたいし。と思ったところでふと脳裏にあることが過ぎった。
ヒュウガさんはコナツさんの上司で、とても仲が良さそうだ。
つまり私のことを話したりしていないだろうかと。

もしかしたらコナツさんが『名前ってば僕との出会いを覚えてなくて』なんてことをヒュウガさんに言っているかもしれない。
そう考え付くと次の行動は早かった。


「一つお尋ねしてもいいですか?」

「ん?」

「ヒュウガさんはコナツさんから私の話とか聞いたりするのでしょうか…?」

「何、相談?コナツと上手くいってないの?」


そんな風には見えないけど、と首を傾げたヒュウガさんは何を思ったのか、慰めのつもりなのかりんご飴を私の手にそっと握らせた。
なんだろう、この憐れまれている感じ。

いえ、そうじゃなくてですね。と言いながらもりんご飴はありがたく頂戴した。
お祭りもあっていないというのに、この人は一体どこでこのりんご飴を仕入れてくるのか不思議だ。


「その、私……コナツさんと初めて出会ったのは不動産屋の前だと思ってたんですけど、どうも違うみたいで……ヒュウガさんは何かコナツさんから聞いてませんか?」

「んー?あれでしょ、コナツとの出会いって確か、コナツが戦死した友人に手向けるお花を買いに行ったら名前ちゃんに会ったって聞いたよ。」


…やっぱりか。と思うのとほぼ同時に『戦死』という言葉が重く圧し掛かったような気がした。


「戦死…ですか……。」

「戦場で戦う人間には付き物だよ。名前ちゃんは覚悟できてる?コナツももしかしたらって。」


大通りのこの場所は人がたくさんいて、その上たくさんの声が聞こえてくるはずなのに、妙にヒュウガさんの言葉だけが大きく耳へと届いた。
正確には耳というより胸と言ったほうが正しいかもしれないけれど。

ヒュウガさんは目も口も笑っているのにその瞳はまっすぐに私を見つめていて、コナツさんがこの人を尊敬する理由が何となくだけどわかった気がした。

ヒュウガさんはコナツさんが大切で、そのコナツさんが傷つかないように私を見定めているのだ。
彼の望む答えを私は持ち合わせているのかどうかはわからないけれど、私は嘘偽りなく胸の奥にある思いを口にした。


「コナツさんがブラックホークだと知った時点で覚悟はしてました。コナツさんがいつも遠征から元気に帰って来ることを願う日々を。願う覚悟はしてますけど、生憎とコナツさんが亡くなる覚悟はしていないんですよ。」

「…」

「人間、誰だっていつ死んでしまうかなんてわからないものですから。確かに私達一般人よりも死に近いかもしれません。それでも私は、彼と生きていく覚悟しかしません。」


黙って私の言葉を聞いていたヒュウガさんは口の端を吊り上げて笑うと、私の頭をよしよしと撫でてくれた。
どうやら私の覚悟は間違っていないらしい。
しかしこの子ども扱いはちょっと恥ずかしい。
街中だからたくさんの人が見てるのに。


「コナツはさ…。きっとシズカを亡くしてから『自分もいつかは』って死ぬ覚悟ばっかりしようとしてるみたいだし、それ聞かせてやってよ。」

「…シズカ??」

「死んだ友人の名前だよ。そういえば名前ちゃんってシズカに雰囲気は似てるかも♪外見は全くだけど。」


シズカ………。
女の人??


「コナツってばシズカといつも仲良かったからね。切っても切れない縁って感じでさ♪お互い信頼し切ってた分、虚無感は半端なかったと思うよ。まぁそこに癒しという名の名前ちゃんが…って、名前ちゃん?聞いてる?」


シズカさんとコナツさんの仲を語るヒュウガさんの声がやけに脳へと入り込んでくる。
あの真面目なコナツさんが信頼していた女性…切っても切れない縁………。
思い返せば花を買いに来た時もコナツさんはひどく悲しい顔をしていたような気がする。
もしかしてコナツさんはシズカさんのこと好きだったのではないだろうか。
だから雰囲気が似ている私を……


遠くでカラスの鳴き声が聞こえた。




***




コナツごめん、何かオレ余計な事言ったかも。そう謝るつもりだったのに、執務室に戻るとコナツはすでにいなかった。

あの後急に『引き止めてしまってすみません、そろそろ帰りますね』と青い顔をして半ば足早に去っていった名前ちゃんを思い出しながらクロたんにコナツの居場所を聞けば、『もう帰ったよ。』とのことだった。

クロたんもハルセももう帰ろうとしているところで、皆遠征で疲れているらしく、早く帰って休みたいようだ。
コナツもその中の一人だったようだが、コナツが帰る理由としてはもう一つあると思う。
そりゃぁ可愛い彼女が家でご飯作って待ってるとなれば溜まってる書類を必死こいてでも終わらせて帰りたいことだろう。

しかしタイミングが悪かった。
シズカの事を話したかったが、コナツはすでに入れ違うようにして帰宅したらしいし、名前ちゃんと分かれた後、まっすぐ軍に帰って来るんだったと若干後悔しながら椅子へと腰を下ろす。

久方ぶりに会うカップルの家に訪ねて行くような野暮をする気はサラサラないし、さてどうしたものか。

とりあえずメールでも打っておくか。と携帯を取り出し、一言『ごめんシズカのことしゃべっちゃった☆』という文章を送った。

でもコナツは鈍感だからなぁ…。


すぐに返ってきた返事は『別に隠してもいませんから平気です』という内容で、そうじゃないんだよなぁ…と呟いたが本人に聞こえるわけもなく、誰も居なくなった執務室に小さく木霊した。


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