あぁ、体が重い…。
やっぱり何が何でも一緒にお風呂なんて入るんじゃなかった…。
どう考えてもお風呂入るだけで終わるわけないんだから。

若干後悔しながら鈍く重たい体で寝返りを打てば、隣で眠っていたコナツさんが目を覚ましたのか私の肩に腕を回して引き寄せてきた。
触れる素肌が恥ずかしいのに心地よいなんて。


「おはよう、もう起きるの?」

「おはようございます。いえ、二度寝しようか迷ってたところです。」


せっかくの休みだからゆっくり眠っていたい気持ちと、掃除やら買い物やらしないといけないことを済ませてしまいたい気持ちが脳内で戦っているが未だ決着はつかない。

コナツさんは軍での規則正しい生活の賜物なのか、一度目が覚めてしまった今、すっきりとした表情を浮かべている。

カーテンの隙間から差し込む太陽の光によって彼のはちみつ色の髪がキラキラと輝いて綺麗だなとボーっと思った。
思い返せば不動産屋の前で初めてコナツさんに出会った時も同じことを…って、そういえばあれが初めての出会いじゃなかったことを思い出した。

コナツさんにすり寄りながら「あの、」と一言謝りたくて口を開く。


「あの、私、謝らないといけないことがあってですね…。」

「何?」と謝られるようなことをされた覚えがないと、コナツさんは不思議そうな表情を浮かべて続きを促す。
私は一瞬言いよどみはしたものの、謝るなら早めがいいと思いながら「実は、」と意を決した。


「コナツさんと初めて会ったの不動産屋の前だと思ってたんですけど、…本当はうちのお店だったんですよね…すみません、覚えてなくて。」


私の言葉に目を丸くしたコナツさんだったが、すぐに「あー…」と苦笑した。


「少佐に聞いたの?シズカのこと話したってのは聞いてたけど。」

「それが…店長がコナツさんのことを覚えていて。」

「なるほど。そっか、ごめんね、黙ってて。あの時軍服だったし、なんていうか一歩間違えればストーカーだし…。」


どこか遠い目をして恥ずかしそうに目を逸らしたコナツさんに、私は吹き出すように笑った。
だって私はそんなことまったく思ってないのに、店長然りコナツさん然り、同じことを思っているのだ。


「気にしてないです。」


むしろ気になるのは…


「シズカさん…でしたっけ。あの時のお花を捧げる相手。」


「うん。あの時シズカに手向ける花を買ったんだけどさ、シズカのおかげっていったらあれだけど、名前に会えたこと感謝してるんだ、僕。」

「…シズカさんのこと、好きだったんですね。」

「まぁね。同期だし、士官学校時代からの友人だったからね。男の中の男って感じでさ、ものすごく逞しかったのにあんなにあっさり死んだって聞いたときは正直ショックだった。」

「男の中の…男?え、シズカさんって男性ですか?!」

「へ?うん。…あぁ、中性的な名前だよね。」


そ、そんな……男性だったなんて!!
シズカさん、羨ましがってごめんなさいー!!

とりあえず私が死んだら速攻シズカさんに謝りに行こう。
うん、そうしよう。
土下座でもなんでもします!!
今度お墓にもお礼に行きますから!


「何、女だと思ってたの?」

「コメントは控えさせていただきます。」


今度は私が彼から目を逸らす番だった。
お願い、そんなジト目で見ないでください。


「まさか僕とシズカが…とかって思ったりしてないよね?」

「…」

「…シズカって筋骨隆々だったからそんなの想像もしたくないんだけど。」

「す、すみません!」


顔を引きつらせたコナツさんに素直に謝ると、「誤解が解けたならいいよ」と若干苦笑を浮かべながらも私の頬にキスを落とした。


「変なこと想像する前にちゃんと僕に聞いてね。何か悩んでることがあったらちゃんということ。」

「じゃぁコナツさんも言ってくださいね。」

「僕?」

「はい。ヒュウガさんが言ってました。シズカさんを亡くしてから『自分もいつかは』ってコナツさんは死ぬ覚悟ばかりしようとしているって。」


コナツさんは急に黙りこくると、体を起こしてヘッドボードに背中を預けた。
かわいいベビーフェイスとは裏腹な、いつもは服で隠れている鍛えられた筋肉が露わになって、特に筋肉フェチというわけでもないのにときめいてしまった。
空気を読もうよ私の心臓!と内心叱咤しながら、私も彼に倣って体を起こし、ヘッドボードに背中を預けた。
もちろん掛布を胸元まで手繰り寄せるのは忘れずに。

静かにコナツさんの次の言葉を待っていると、彼は前触れもなく私の肩に頭を預けた。
そして言う。


「名前といると、すごく幸せだけど、それと同時にその幸せが怖くなるんだ。」


その気持ちがまったくわからないわけではない。
でもきっと、コナツさんは私より何倍も幸せに恐怖しているのだろうことが彼の声色から伺えた。

軍人で戦地に立つ彼は、私みたいな一般人より死に触れる機会が多いだろうから、強くそう思ってしまうのだろう。


「コナツさんって不器用さんですね。」


私は彼の頭にコツンと頭をくっつけて、それから布団の中で彼の手を握った。


「でも、私はそれでいいと思うんです。怖いと感じるということは、今が幸せだと実感できているということですし、幸せを求める力に繋がると思うんです。」


それは何よりも幸せへの近道ではないだろうか。
人は、幸せを感じられるから不幸せを不幸せだと感じることができる。
逆を言えば、不幸せを感じられるからこそ、幸せを幸せだと感じられるのではないだろうか。


「私も、コナツさんが遠征に行くときは不安です。だから私はコナツさんが元気に帰ってきてくれますようにって祈ることにしてるんですよ。私に、貴方が死ぬかかもしれないなんて覚悟、させないでください。だって私、コナツさんのことが好きすぎて今にも死んじゃいそうなんですから。」


そう言った私に、コナツさんはしばらく口を閉ざした後、ゆっくりとだが、しっかりと頷いてくれた。

こめかみに当たる彼のはちみつ色の髪がサラサラとくすぐったいのを感じながらそっと瞳を閉じる。
しかしそれも一瞬のことで、私は「そうだ!」と元気よく声を出した。


「コナツさん、デートしませんか?」


ね?ね?久しぶりに休日が重なったんですし、ね?と笑顔を向けると、私の肩から顔を上げたコナツさんは一瞬眉を寄せてから「名前ってば全然デートに誘ってくれないから、僕とデートしたくないのかと心配してたんだけど。」と口を尖らせた。


「そんなまさか!コナツさん仕事お忙しいし、家でのんびりしてたいかなってわがまま言わないようにしてだけです!」

「…あのさ、全然わがままじゃないから。」


心配して損したー。とコナツさんは疲れたように笑って、ベッドの下に放られていた服を手に取った。


「30分後に玄関ね。」

「えぇ?!?!女は支度に時間がかかるんです!せめて45分がいいです!」

「じゃぁ45分ね。」

「その代わり、いつもよりおしゃれしてきます!」


やった、デートだ!デートだ!と、鈍く重たい体ではしゃぎながら、ほとんどシーツとしての役割をはたしていなかったそれを体に巻きつけて彼の部屋を出た。




***





「おしゃれなんかしなくても十分可愛いよ、名前は。」


嬉しそうに僕の部屋を出て行った名前の後姿を見送って、ポツリと呟きベッドから降りる。
なんとなく振り返ってベッドを見てみれば、それはもうぐしゃぐしゃで、見るだけで昨晩の行為が思い出された。

あーお風呂場で嫌だ嫌だと恥ずかしがった名前も可愛かったよなぁ…と邪なことを思い出せば嫌でも体が緩く反応する。

あんなに喜んでいたのだから、さすがにデート中止でまたベッドに連れ込むのは忍びなくて、深く息を吐き出してどうにか熱が冷めるのを待った。


それからは、思っていたよりも45分はあっという間で、僕が支度を整えて部屋の扉に背中を預けて待っていると、名前は「お待たせしました」と、部屋から顔を出した。


「その服似合ってる。可愛いよ、名前。」


頭のてっぺんからつま先まで見下ろし、素直に褒めると名前は嬉しそうに「ありがとうございます」と、はにかんだ。

心配だ。
こんな可愛い恰好で無防備に笑顔を見せるなんて、今日も今日とて男共にジロジロと見られないか非常に心配になってくる。

やっぱり今日は家で…と言いたいが、名前はすでに玄関で靴を履いていて、僕はここにきてやっと覚悟を決めた。

まぁいいや、近づいて来ようものなら蹴散らせばいいだけの話なのだから。



「どこ行く?」

「私見たい映画があるんです!」

「なんてやつ?」

「009/シルバーフィンガー!」

「アクション?!意外なんだけど!」

「そうですか??」

「名前、寝不足で疲れてるからって映画館で寝ないようにね。」

「コナツさんのせいでしょー!」


恥ずかしそうに顔を赤くしながら玄関を開けた名前は、「あ、見てくださいコナツさん!デート日和ですよ!」と晴れた空よりも鮮やかに笑った。

あぁ、君と初めて出会ったあの日のように、今日もいい天気だ。


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