03



「その2日間の遠征、私もお供させてもらいます。」


明日からの2日間、賊の討伐に出向かわねばならないため、欲しい書類があるなら早目に言えと告げると、名前=名字から思わぬ言葉が転がり落ちてきた。
その落ちてきた言葉を一纏めにして彼女の口の中に押し込めるように戻したいものだが、それができないことが非常に悔やまれる。

すでに名前=名字の休憩室と化しているこの参謀長官室のソファで、彼女は自分で淹れたコーヒーを啜った。
ご丁寧に毎度のことながら私の分まで用意されるが、未だに何が入っているのか恐ろしくて飲めたものではないため、彼女が淹れた段階でこのコーヒーは恐らくこのまま冷えていく運命なのだろう。


「遊びではないのだが。」

「知っています。その討伐にはヒュウガ少佐も行かれるのでしょう?立会させていただきます。」


休憩中だった名前=名字の顔つきが仕事モードに切り替わった。
次いで『立会』という言葉に不安が過る。
立会とは現場に監査官が出向いて、その実施状況がしっかりと定められたルールに沿って適切に行われているかどうかを確かめるものだ。
ヒュウガは『敵が逃げるために建物破壊したんだよ!』とか『敵がオレのホークザイル壊しちゃうんだよね』と非常に聞き苦しい言い訳を並べ、そしてその言葉通りに書類が進んでいるようだが、今回はそれを確かめに彼女はついてきたいらしい。

不安だ。
非常に不安だ。
故意ではなくとも、ヒュウガがブラックホークの扱いが雑なのは紛うことなき事実であるし、仕事に真面目な名前は書類との相違があればすぐに疑ってくるであろう。
それに恐らくどんな小さな差異も見逃さないはずだ。


「因みに好きなお弁当のおかずは何ですか?」

「ピクニック気分はやめろ。討伐地でシートを広げて弁当を食べる趣味はない。」

「私もありませんが、アヤナミ参謀とお弁当を食べられるのであれば周りに死体が転がっていようと血が飛び散っていようと気にしません。」


気にしろ。
内心で呟き、やっと名前=名字から数日でも離れられる日が来ると思っていた遠征の日だったが、今確実に気が重たくなった。




***




「外から見たよりも随分と中は広いんですね。」


はー、すごいです。と名前=名字は忙しなく目線を移動させる。

昨日から一転、気が重いながらもやってきた今日から逃げることはできず、討伐地へ向かうためリビドザイルに乗り込んだ私たちは討伐地へと出発していた。
今回、ハルセとクロユリ、そしてカツラギを残してきたものの、その選択をすでにもう後悔していた。


「少佐?!?!少佐一体どこ行くつもりですか?!部屋で書類してくださいと言いましたよね?!」

「リビドザイルに乗ってまでデスクワークなんて野暮だよコナツ!」

「少佐!逃げないでください!少佐ぁあぁぁ!!」

「アヤナミ参謀、あちらはどういった機能を果たしているんですか?それと私の部屋はどこでしょう??アヤナミ参謀の隣の部屋が希望なのですが。それよりもアヤナミ参謀のお部屋はどちらに?」


……うるさい。
カツラギとハルセたちを連れてくるべきだったか。
ヒュウガさえ置いて来れば名前=名字というおまけもついてこなかったであろうに。


「ここは幼稚園とは違うのだがな。」


逃げるヒュウガを追いかけていったコナツの背中を見送りながら、未だあちらこちらへと興味津々の名前=名字に嫌味を一つ。
しかし彼女はそんなこと気にも留めないとばかりに「知っていますよ」と答えた。


「それよりリビドザイルでの参謀長官室はどちらですか?私アヤナミ参謀と同じ部屋で構いませんが。いえ、むしろそっちの方が好都合で、」

「何が好都合なのか敢えて聞かぬがな、部屋は別だ。」

「そうですか…。私お弁当を作ってきたんです。討伐地では何かと嫌だとおっしゃられていたので、お昼はそちらでお弁当を食べましょう。」

「本当に作って来たのか…。」

「はい。」


何でもないような顔をしているが、今の時刻は午前6時。
一体何時に起きて作って来たのか。
彼女を動かす原動力が何なのかを是非知りたい。

ジッと見下ろしていると、名前=名字は何を勘違いしたのか「母性的なところを見て孕ませたいと思われましたか?」と小首を傾げてきた。
その様は可愛らしくもあるのだが、如何せんその口から紡ぎだされる言葉に肩を落とさざるを得ない。
『アヤナミ参謀の子どもが産みたい』という言葉、もしくはそれに類似する言葉をこの2週間で幾度となく聞いてきたが、そろそろ否定するのも面倒臭くなってきて、あからさまに眉間に皺を寄せてやったが、名前=名字は「無言は肯定と取らせていただきますね」と微笑んだ。
どうやら彼女に無言の抵抗という効果は意味がなかったようだ。


「勘違いするな。思わないに決まっているだろうが。第一まだ食してもいない。」


いくら作ってきても味が悪かったら台無しじゃないか。


「弁当には何も入れていないだろうな。」

「はい。その代りと言っては何ですか、すっぽんの生血を用意してきました。今晩は是非一緒のベッドで、」

「断る。」


バッサリと斬り捨てたのが悪かったのか、何を勘違いしたのか名前=名字は口元に手を当て、「……童貞でも気にしませんよ?」と恐る恐ると言った風に告げた。


「貴様、そろそろ一度死んでみるか?」

「冗談ですよ、冗談。生血はたくさん用意してきましたから、たくさん飲んでくださいね、今晩伺いますから。何だか生血ってアヤナミ参謀に似合いますね。」

「…。」


名前=名字の部屋は私の部屋から一番遠いところにしよう。




***




「おやおやまぁまぁ、賊と聞いていたので少数かと思っていたんですが、意外に多いんですね。」


午後3時、目的地に着くとすでに敵地にも関わらず名前=名字は私たちについてリビドザイルから降りてきた。
中の安全なところから見ているんだろうと思っていた私は、彼女に戻るように言うが聞く耳持たずといったところだ。


「名前さん、本当に危ないですよ?怪我でもされたりしたら…。」

「いいじゃん♪きっとアヤたんが守ってくれるよ☆」


せっかくコナツが心配そうに告げ、やんわりと中へ帰そうとしていたというのに全て台無しにする男、ヒュウガ。
案の定名前=名字は『守ってくれる』辺りに目を輝かせた。
あぁ、面倒くさい。


「そうですね、ぜひ万が一何かあった時にはよろしくお願いします。アヤナミ参謀に守っていただけるなんて夢のようです。」


期待していると微笑みを向けてくるが、「ですが、」と彼女は続ける。


「私だってこれでも軍人の端くれです。できる限り自分の身は守りますのでお気遣いなくどうぞ。」


さぁ、行きましょう。とこの場にいる誰よりも真面目な顔をして、彼女は一歩踏み出した。
そんな彼女の背後で、コナツがヒュウガに「本当に大丈夫なんでしょうか」と耳打ちしているのを視界に入れながら、背筋を伸ばし、前を見据えている名前を見下ろす。
短くも長くもない髪が風に揺れ、その風に運ばれてくるのは彼女の甘く、清潔感のある香り。
そういえば昼間に食べた弁当も悪くなかった。
生血は突っ返しておいたが。
こうして黙っていれば…、とそこまで思って考えるのを止めた。
この女の手のひらの上で踊らされているようで馬鹿馬鹿しくなったのだ。


「行くぞ。」


静かに告げた言葉は風に乗り、その場に余韻のように広がった。

ヒュウガとコナツが先陣を切って打ち合わせ通りの配置に向かう。

私に守られることが夢のようだと言って目を輝かせていた割には、随分とあっさりヒュウガについて行くものだ。
ヒュウガの立会だから当たり前と言えば当たり前なのだが。



(少佐、何故かアヤナミ様に睨まれているようですが??また何かしたんですか?)
(んーしたっていうか、ついてきたっていうか……。まぁ、表面化してなくても少しは進展してるってことじゃない?)


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