04



ヒュウガの邪魔にならないようにつかず離れずの位置でしっかりと仕事をした名前=名字は、特に守られるわけでもないのに傷一つ追うこともなく帰艦した。

意外だったのは、ヒュウガの様子を見ながらも、自分に襲い掛かってくる敵をなぎ倒すことができるほどの実力者だったことで、その細い腕や腰で自分を支えているのが不思議に思えたほどだ。
仮に名前=名字がブラックホークに入ったとしてもまだ使えるほどではないが、少し鍛えてやれば恐らく戦闘技術に磨きがかかるであろうことは伺えた。

ブラックホークはすでに帰艦し、参謀長官室に集まって報告をしている中、他のものは事後処理やら捕縛者の連行、死体の処理に手間取っているようで、ここを出発できるのは今から2時間後の午後9時ごろだろう。


「名前ちゃん、思ってたよりも強かったんだねぇ♪」

「僕もビックリしました!」

「確かに、デスクワークだけでなく意外と実践でも使えるようだな。」


各々が賛辞を贈ると、名前=名字は嬉しそうに笑った。
そんな彼女の右手にはこれから作成しなければいけない書類が握られている。
立会を終え、恐らくはこの後すぐにでも書類に取り掛かるつもりなのだろう。


「あら、アヤナミ参謀の側で働かせてくださるのでしたら、この仕事が終わり次第すぐにでもベグライターになりますよ?」

「結構だ。」


うるさい毎日は今だけで十分だ。
ただでさえ今は『あと4週間』『あと3週間』と指折り数えて時が進むのを待っているというのに。


「でも名前さんがブラックホークに入ってくれたら書類に追われることも少なくなりますよね…きっと。」


僕も定時で帰ることができそうです。という切実な叫びに名前は苦笑すると「この間路地で惚れ薬買った時『上司が仕事をしてくれる壺』も売ってたから、今度一緒に行ってみる?」と慰め始めた。


「お願いします…。」


名前さんは優しいですね。とコナツは涙ぐんだが、よく考えて欲しい。
この間の惚れ薬は見事な紛れもので、馬鹿高い値段をふっかけられていたことを。
2人して悪徳商法に引っかかってどうするんだ。


「ヒュウガ、貴様のベグライターが悪徳商法に引っかかりそうだぞ。」

「うーん…。引っかかるのは可哀想だけど、ディスクワークしないといけなくなるのはもっと嫌だなぁ…」


ヒュウガの根っからの不真面目さを半分名前=名字に。
名前=名字の真面目さをヒュウガに半分あげることができたらいいのだが、そうもいくまい。


「アヤナミ参謀、私そろそろ休ませてもらいますね。仕事もありますし。」


名前は案の定仕事をしたいからと、宛がった部屋へと下がって行った。
『一緒の部屋がいい』と言っていた割にはあっさりと引き下がったものだな、と奇妙に感じながらも、各々休息を取るように告げた。




***




皆が寝静まっているであろう深夜、部屋に入ってきた気配でふと目が覚めた。
そろそろと足音を立てずにゆっくりと忍び込んでくる気配は、確実にこちらへと向かってきている。
この気配が誰であるかなど、すでにもう知れていることだ。
あのまま引き下がるような女ではないと思ってはいたが…。

安眠を邪魔されたことといい、この大胆さといい、頭が痛くなってくる。

眠っているふりをしていると、気配はベッド脇にまで来た。
明らかに不審者として捕まえてやりたいが、『アヤナミ参謀という手錠に繋がれるのでしたら喜んで』と言いそうな予感がしてならない。
何だか最近彼女の言動パターンが読めてきたあたり、感化されているような気もする。


「アヤナミ参謀…、」


暗闇の中、延びてきた腕を掴むと、彼女は小さく肩を上下させて驚いた。
まったく、驚きたいのはこちらの方だ。
こんな夜中に女が男の寝室に忍び込んでくるとは。


「起きていらっしゃったのですか?」

「貴様の気配で起こされたのだ。一体何しに来た。」


もぞりと上半身を起こそうとしたが、それより早く名前=名字は私の上に跨った。
正気かこの女。


「夜這いしにきました。既成事実の一つでも作っておこうと思いまして。」

「この状況、本当に襲われても文句は言えないが?」

「ですから、それを私は望んでいるのですが。」


キッパリと言い切る名前=名字にため息を吐き、彼女の腕を掴んで上から退かすなり背中を向けて再び眠る体制に入る。
薄着の恰好は目にも毒だ。


「据え膳くわぬは男の恥ですよ、アヤナミ参謀。」

「そんなもの恥でもなんでもない。男にだって選ぶ権利くらいある。」

「はい、ですから私を選んでください。」

「どこでも誰にでも股を開くような女など願い下げだ。」

「私が足を広げるのはアヤナミ参謀にだけです!」


そんな風に力説されても、今まさに襲い掛からんとする女を抱くような趣味はない。
何より気分じゃない。


「先日ヒュウガ少佐にアヤナミ参謀が好んでいるプレイをお聞きして、しっかりと予習してきましたからご安心ください。」


何を安心しろというのだこの痴女め。
布団越しにペシペシと叩き続ける名前=名字の顔面に使っていない枕を投げつけたが、彼女はむぅとふて腐れるだけ。
むしろそんな子どもっぽい表情は初めて見た気がする。


「アヤナミ参謀との子どもでしたらきっと才色兼備ですよ?それでも駄目ですか?」

「あぁ。」

「一生のお願いでも?」

「あぁ。」


尚も食いついてくる名前=名字は、ベッドの上で正座しながら私を寝させるまいとユサユサ揺さぶってくる。
本来ならここらで部屋から強制的に追い出しているところなのだが、彼女が相手では何度追い出そうともすぐに舞い戻ってきそうな気がしてならないのだ。
何というホラーだろうか。


「じゃぁ…、せめて私のこと名前で呼んでください。『貴様』とか『おい』とか『お前』とか、フルネームではなく、名前とお呼びください。」


彼女なりの譲歩なのだろうか。
少しずつ進み始めた会話に、寝ころんだまま彼女の方を向くと、しょんぼりとした表情をしていたが、その目は期待に満ちていた。


「わかった。」


これは私なりの譲歩だ。
据え膳くわぬは男の恥とはよく言ったものだが、逆にこういう女だからこそ抱くことができないのだと、彼女は知るべきだ。


「名前、お前はもう少し自分を大切にしろ。」


決して安売りをするな。そういったつもりだったのに、名前はキョトンとした顔で「大切にしてますよ?」と首を傾げた。


「だって、アヤナミ参謀の子どもが産みたいって、日々を自由気ままに謳歌してますから。」


だからそろそろ落ちてくださいよ。と私の手に触れた名前の手は、とても冷たかった。
空調は24時間過ごしやすい気温に調整してあるが、こんな深夜に薄着でいるからだと叱りたくなる。
しかしそうしないのは、今、彼女が嬉しそうに微笑んでいるからだ。


「…名前の手は冷たいな。」

「心があったかいからです。なんて。実は冷え症なんですよ。」

「冷え症ならそんな薄着で出歩くな。」

「悩殺したいなと思いまして。」


そう言いながら何故か人の布団の中に入って来ようとする名前に「何をしているんだ」と問いかけると、「襲いませんから、だから一緒に寝るくらいはいいでしょう??」という答えが返ってきた。
ひんやりと冷えている彼女の手と足が触れ、体温を奪われていく。


「アヤナミ参謀、あったかいですね。」


名前があまりにも幸せそうに笑うものだから、『帰れ』という言葉は何故か出せなかった。




***




「コナツ、オレやめた方がいいと思うな。」

「何言ってるんですか。名前さんが部屋にいないんですよ?!?!食堂の勝手がわからないだろうから『明日の朝、迎えに行きますね。』と言ったのにどこ探してもいないなんて、もしかしたらリビドザイルから落ちたのかも…。」


いや、それはないだろう。とまだ寝ぼけているのか自分のベグライターを一瞬心配したが、すぐに『でも名前ちゃんなら、アヤたんにここから飛び降りたら付き合ってやらんこともない、とか言われたら喜んで飛び降りそうだな。』と思ったので否定はしないでおいた。

そこで何故か違和感を感じた。
コナツの言葉というより、自分の内心で呟いた言葉に引っかかった気がしたが、イマイチどこにひっかかったのかはわからない。

首を捻って考えていると、コナツが「名前さんが大好きなアヤナミ様ならご存知かもしれませんし、聞いてみましょう」と、止める間もなくアヤたんの自室をノックした。


「コナツ、だからやめた方が…。」


名前ちゃんが何処にもいないということは、きっと彼女はこの部屋だとオレは睨んでいるのだが、純粋コナツは思いつきもしないらしい。


「アヤナミ様、お話があります。失礼します。」


まだ寝てるんでしょうかと、ぐいぐい進むコナツの背後で頭を掻きながら開けた扉の中へと進む。
やめた方がいい、と言いながらも楽しんでいるオレ、万歳。


「アヤナミ様、お休みのところ申し訳ないのですが、名前さんがいな、……」


開きっぱなしの寝室を覗いたコナツは顔を赤くして石化した。
あーあ、だからやめた方がいいっていったのに。と苦笑しながらオレも寝室を覗いた。

案の定、名前ちゃんはここにいた。

アヤたんに抱きつくような形で、何も知らない人が見たら2人はきっと付き合っているのだと思われなくもない光景を目の当たりにしたオレは、やっとオレたちの気配に不機嫌そうに起きたアヤたんに「おはよ☆」と手を振った。

彼女はまだ起きていないようで、コアラのように必死にアヤたんに抱きついている。

コナツは素敵な勘違いをしているようだが、何もなかったことはすでに分かっていた。
服は2人とも着ているし、まずアヤたんは襲ってくるような女を抱きそうにも思えない。
むしろ怯える女をじっくりと快感で染め上げていきそうだ。
恐らくだが、夜這いしに来た名前ちゃんをアヤたんは相手しなかったが、名前ちゃんは負けじとせめて『ここで寝る』くらいは言い張ったのだろう。
何も聞かなくても、言われなくてもわかったが、この状況を瞬時に悟ったオレも、ただ一つ、アヤたんに言いたいことがあった。



(アヤたん、意外と押しに弱いんだね。)
(違う、名前の押しが強すぎるのだ。)
(ふーん、一晩で名前で呼ぶような仲になったんだ♪)
(……)


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