05



賊の討伐から帰ってきて1週間が経った。
これで名前ちゃんがこのブラックホークにいられるのは残り2週間弱となったわけで、本人は『おかしいですね…。私の予定ではすでに……。』と呟く始末。
すでに半分の期間を終えたせいか、少しばかり焦りの色が見える。
予定ではすでに…の後がとっても気になる。
『付き合っているはず』なのか『子づくりしてるはず』なのか、少し普通からかけ離れている彼女の思考には首を捻るばかりだ。

そんな彼女はいつものように休憩でブラックホークへ来ると、オレたちに挨拶だけして早々に参謀長官室へと入って行った。

この執務室とは窓で仕切られているため会話こそ聞こえないが、名前ちゃんがアヤたんに迫っているのは見える。
迫って、話して、それでも迫って、また話す。


「アヤたんさぁ、最近何だかんだ言いながらも名前ちゃんのこと構ってるよね。」


誰に言うでもなく小さく呟いた言葉だったのに、この場にいるブラックホーク全員が頷いて見せた。
それは偏に名前ちゃんの努力の賜物…なのだろうか。
もしかしたらアヤたん、意外と押しに弱いのかもしれない。
そう考えると何だか笑いがこみあげてきて、小さく吹き出した。


「お2人、何だかいい感じですよね。」


参謀長官室を眺めながら呟いたハルセに、オレも一つ頷いた。
名前ちゃんとアヤたんの間に本当に子どもが出来たら、それはもう帝国は安泰かもしれない。
別にこの帝国がどうなろうとオレ的にはアヤたんがてっぺんに立っていればどうでもいいことだけれど、次世代のことを考えるのもまた今の大人の役目だと思うのだ。
……と、オレらしくもなく真面目なことを考え、そしてその思考を放棄した。
自分で言うのも何だが、鳥肌が立つ。

それからたっぷり1時間の休憩を参謀長官室で取った彼女は、監査官が陣取っている隣の部屋へと戻るのか、参謀長官室を出てきた。
その顔は晴れ晴れとしており、意外にも楽しい会話ができたことが伺える。
チラと見たアヤたんの表情も特に悪くなく、ただ書類が進んでいないことに気が急いでいるように見えただけだった。
名前ちゃんを分度器に例えるなら、一見90°でストレートのようにも見える。
しかし実際は130°くらいにひん曲がっていてその想いは突っ走っているのだ。
そんな名前ちゃんを相手にしていたら、アヤたんだって仕事も捗らないだろう。
それに、その130°に何だかんだと構っていたら尚更だ。


「そうだ、名前さん。今日シフォンケーキを作ったんです。食べて行かれませんか?」

「わぁ。ぜひいただきます。」


ハルセのお誘いに乗った名前ちゃんを切欠に、こちらも休憩タイムに入る。
元よりオレは書類に落書きしていただけなので、コナツには一睨みされたけれど。

机の上にシフォンケーキが乗せられ、それを切り分けていくハルセを見ながら、名前ちゃんは「おいしそうですね。」と嬉しそうに笑っている。
甘いものが好きなところは普通の女の子だ。


「名前さんは嫌いな食べ物とかないんですか?」


コナツの質問に名前ちゃんは一つ頷き、「ないですよ。」と少しだけ自慢げに微笑んだ。


「あ、でも嫌いなものもないですけど、秀でて好きなものも特にはないんですよね。それはそれで残念な気もしますが。」

「なんでもおいしく食べられることはいいことですよ。」


カツラギさんは微笑んでそういったけれど、オレはまた違和感を感じていた。
オレは先日も感じたこの違和感の正体がなかなか掴めないでいる。


「嫌いな食べ物が多い人は人間の好き嫌いも多いといいますしね。」


ハルセが切り分けたシフォンケーキを口に入れたところで、コナツの今の言葉に何かストンとすべての謎が解けたような錯覚に陥った。
まるで口の中のシフォンケーキの甘さがじんわりと広がっていくような、そんな感覚。


「……なるほどね♪」


『シフォンケーキ、とてもおいしいです』と笑っている名前ちゃんを眺め見ながら、やっとわかったこの違和感の正体に小さく息を吐き出した。

そうだ、オレは名前ちゃんがアヤたんのことを好きだと言っているのを聞いたことがないのだ。

『アヤたんが付き合ってやらんこともない』とか言い出したり…とあの時予測してみたものの、名前ちゃんはアヤたんと付き合いたいと言ったことは一度たりともない。
日々、耳だこが出来たんじゃないかと思うほどアヤたんの子どもが欲しいと言っているが、彼女がアヤたんに求めているものは何なのだろう。
子どもだけなのか、それとも付き合うのも結婚もすべて含めてなのか。
ただの不器用にしては心底不器用すぎる。


「ねぇ名前ちゃん、アヤたんの子どもをどうして産みたいって思ったの?」


談笑している皆には聞こえないように、囁くように彼女へ問うと、名前ちゃんは案の定こう答えた。


「強い人の子ども、遺伝子を残したいというのは女の本能ですよ?」

「じゃぁさ、もしアヤたんより強い人が現れたらどうするの?」

「え??……そうですね……どうでしょう、何だかそれはそれで嫌な気もしますが、………わかりません。」


やっぱり、ね♪
彼女は自分の恋心に気付いてないんだ。




***




「あの先輩…、」


ブラックホークの執務室の右隣、今はそこが私の執務室と化している。
部類別に並べられているとはいえ、数年分の書類は山のようでいつ雪崩が起きてもおかしくない。
辛うじて足の踏み場があるのは、優秀な部下である水輝が毎日気を配って整理してくれているからだということを私は知っている。
上司というものは、部下の行いを見ていないようで実は意外と見ているものなのだ。


「何?水輝。次の書類ならそこに置いておいて。」


溜まっている書類に目を通しながら水輝の言葉に耳を傾ける。
目指すは東の国にいたとされる聖徳太子だ。
私もぜひ豊聡耳になりたい。


「いえ、そうじゃなくて、アヤナミ参謀長官がおいでです。」

「それを先に言って!」


書類から顔を上げるなり、アヤナミ参謀の入室を許可する。
今、この部屋は極秘の書類があちらこちらにあり、たとえ参謀長官と言えど、私の許可なしには入れないのだ。

水輝が扉を開けると、いつもと変わらず凛々しい姿で彼は部屋へと入ってきた。
やはり、私が子どもを産むとしたら、この人の子どもしかないと思う。


「アヤナミ参謀から会いに来てくださるなんて初めてですね。逢瀬の誘いでしたら仕事ではない時にぜひしていただけると。」

「勘違いもいいところだな。」

「え?勘違いするそういうところも私の良いところ、と?」

「そんなわけないだろう。この書類が欲しいと言っていたから持ってきただけだ。」

「アヤナミ参謀直々に持ってきていただけるなんて……。もしかして私に会いたかった、とか?」

「調子に乗るな。」

「…そうですよね。私、男じゃないですもんね。」


先ほど通路ですれ違った際に、ヒュウガ少佐に教えてもらったことをふと思い出した。
だから今日私は休憩の時間になってもアヤナミ参謀のところへ行かなかったというのに、まさかこうしてアヤナミ参謀自ら書類を持ってくるためだけにここへ足を運んでくださるなんて。


「神様の悪戯って残酷ですね…。」

「名前が何を言いたいのかさっぱりわからないのだが。」


呆れたとばかりにため息を吐くアヤナミ参謀だったが、その表情はすぐに元に戻る。
それは私の扱いに慣れてきてくれているからだと思う。
監査期間は残り少なくなってきたが、確実に私たちの距離が近くなってきているようだ。


「だってアヤナミ参謀、殿方がお好きなんでしょう?ヒュウガ少佐からそうお聞きしましたよ?私、男になれなくてすみません。」

「名前、お前はいつになったら学ぶんだ。その優秀な頭には仕事の事しか入らないのか?ヒュウガの言うことをまともに受け取るなと言っているだろうが。」


そうか、よかった。と安堵していると、水輝が書類を持ったままアヤナミ参謀の背後でフルフルと震えていた。
空気の調整はされているはずで、至って過ごしやすい気温のはずなのに一体どうしたのだろうか。


「せ、先輩、え、ちょっと名前で呼ばれてるって、この数週間でどのようなご関係になられたんですか?!」

「そうねぇ、知り合い以上恋人未満というやつかしら。」

「勝手に飛躍するな。ただの参謀と監査官だろうが。」

「まぁそうおっしゃらずに。」


アヤナミ参謀の冷たさにも随分と慣れたのだが、水輝はまだ慣れていないようで自分の腕を暖を取るようにさすり始める。


「別に知り合い以上でも恋人未満でもいいんですけどね、先輩、監査の対象であるブラックホークの方と仲良しやっていたら上から怒られますよ?」

「私はやるべきことはしているわ、文句は言わせない。ですよね、アヤナミ参謀?」

「お前たち監査官のいざこざに私を巻き込むな。」


書類で強かに頭を叩かれたが、また一つスキンシップが出来たと内心ホクホクだ。
こういうのが部下である水輝に引かれる要素なのだとわかっていても、少しずつ近づいていく子づくり計画に期待で胸がいっぱいになるのだ。


「そうだ、アヤナミ参謀、今日一緒に夕食でもどうですか?」

「悪いが今日は仕事が立て込んでいる。」

「そうですか…。それは仕方ないですね。」


そのまま酒で酔わせて既成事実を作ろうと思っていたのに。

あからさまに肩を落とした私をアヤナミ参謀はしばらく見下ろしていたかと思うと、「明日の夜なら空いているが。」と言いながら、何でもないような表情で私の机の上に持ってきてくれた書類を置いた。


「いいんですか?!」

「あぁ。」


よし、これで私の素晴らしき子づくり計画が進められる!!



(言っておくが、私は酒には弱くないからな。酔わせてどうこうしようと思わぬことだ。)
(…え……そ、そんな…。しかもなんでわかって…)
(名前の考えていることは手に取るようにわかる。)
(…今の口説かれたんですかね、私。ってあぁ待ってください!無言で帰らないでくださいっ!!)


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