06



「名前ちゃんって黙ってれば可愛いよね♪夜這いとかなかったらもっといいんだけど。」


含みのある笑みを浮かべてヒュウガが参謀長官室に入って来たと思えば、何やら名前の話をし始めた。
つい先ほどまで名前がいて仕事が滞っているというのに、まだ邪魔する奴がいるとは。
しかも身内に。
黙々と書類に目を通していると、「否定しないんだね♪」と何やら楽しそうな声が。
こいつはとにかく面白ければ何でもいい、というわけではないくせに、私や名前のこととなるとそれはもう楽しそうに話しかけてくる。


「名前ちゃんには構って話し相手になってあげてたのにオレの話は聞いてくれないの?」

「仕事を済ませてから言え。名前はやるべき仕事はしてきている。」

「いつからか名前で呼んでるし、名前ちゃんが慕ってきたらアヤたん満更でもなさそうだし、」

「言いたいことがあるのならはっきり言え。」

「べっつにぃ♪♪」


何が『別に』だ。
全て悟っています。みたいな表情を浮かべて目線をこちらに向けるな。

人差し指でコツンと机を叩いて苛立ちを露わにすると、ヒュウガは肩を竦めて一歩下がったがその笑みは未だ消えない。


「なんか今の2人って見ててもどかしいけど不器用なところは面白いなって☆」

「悪趣味だな。」


持っていたペンをヒュウガの顔に投げつけたが、ヒュウガがそれをあっさりと避けてしまったためペンは壁へと突き刺さった。


「物騒だなぁもう♪」




***




「あれ?アヤナミ参謀はどちらに?」


おかしい。
参謀長官室は真っ暗だし、朝から姿を見かけていない。
アヤナミ参謀が好んでつけられている香水の香りも漂っていないこの執務室で、私は首を傾げた。
思えばカツラギ大佐もいないのだ。
2人して会議ということは多いけれど、朝から一度だって姿を目に入れていない。
もうお昼を過ぎたというのにだ。


「彼女のとこ行ったよ?」


ケロリとしたヒュウガ少佐の発言に、私はこの世の終わりが来たような表情で壁に寄りかかった。
最近、ちょっと私たちの距離が縮まったような気がする。とか思っていた私が恥ずかしくなってくる。


「嘘嘘!!そんな今にも死にそうな顔しないで!」


息切れ動機眩暈発汗がし始めたころ、ヒュウガ少佐は冗談だと必死に告げた。
よかった、死なずに済んだ。


「ではどちらに?」

「女の人抱きに行ったよ?アヤたんも男だからねぇ。ってこれも、う、」

「近くに私がいるのにですか?私でしたらいいのに…。」

「女性がそんなこと言ったら駄目です!」

「え?そうなの?」

「当たり前です!」


ブラックホークの純粋培養こと、コナツさんが顔を真っ赤にして声高らかに叫んだ。
そんなに恥ずかしがることでも怒るようなことでもないはずなのだけれど、純粋培養の彼からすると駄目らしい。
これでいつか起こるであろう情事の顛末を言った日には地震雷火事親父が一気に押し寄せてきそうだ。


「女性は慎ましやかに、それでいてお淑やかにしてください!きっとアヤナミ様もそういう女性が好みですよ!」

「っ!!…私、淑女目指そうかしら。」

「あの、ちょ、名前ちゃん?オレの話聞いて?コナツも適当なこと言わないで、」

「そうです!その意気です!」

「まずはどうしたらいいのかしら?頭のてっぺんに本重ねて、背筋伸ばして歩く練習から?それとも『教えて、お花さん』な感じで花を愛でるところからかしら?!?!私花粉症持ちなんだけれど…これも試練なのよね、きっと。」

「いや、ねぇ、だから名前ちゃん。名前ちゃんは名前ちゃんのままで十分いいと思うよ?女の人抱きに行ったっていうのも嘘だからね?アヤたん、お金払って女の人抱かなくても、いっぱい寄ってくるからね?」

「それはそれで嫌ですね…。」


知らないわけではなかったけれど、実際言葉にされるとグサリと突き刺さるものがある。
アヤナミ参謀の子どもが欲しいと思う女性の気持ちは痛いほどわかるけれど、私以外の女性がアヤナミ参謀の子どもを身籠る日が来るとしたら、わかった瞬間尼さんになってやろうと思う。


「アヤたん、1週間の遠征にカツラギさんと行ったんだけど…ホントに知らなかったの??絶対名前ちゃんに一言くらい言ってくと思ったんだけどなぁ。」

「し、知らなかったです…。」


どうしよう、ちょっとどころじゃなくショックかもしれない。
一言もなく遠征に出かけてしまうなんて、もう『報告するまでもない女』の格付けしかされていないような気がするのだ。
しかも1週間の遠征って、ちょうど1週間後は私の監査期間が終了してしまう日じゃないか。
もう彼を落とすチャンスがないなんて…。


「そんな…。」


今日は私からアヤナミ参謀をご飯にお誘いして、それでこの前は私の方が酔いつぶれたけれど、今回はアヤナミ参謀を酔わせに酔わせてベッドに連れ込み、めくるめく大人の世界へ2人でイこうと…、


「名前ちゃん、考えてること顔に出てるよ?」


ヒュウガ少佐の指摘にも聞く耳持たず。
よよよと足取り怪しく参謀長官室前まで歩き、扉を開けてせめて残り香だけでもと深呼吸を繰り返す。
そうしていると、クロユリ中佐とコナツくんに引かれてしまった。
それでもいいのだ。
だって私は『どうでもいい女』に位置づけされた女なのだから、今更誰に引かれようと困りはしない。
むしろ哀れな女だと罵られても今なら感受できそうなほどだ。


「名前ちゃん、本当にアヤたんのこと想ってるんだねぇ。」

「アヤナミ参謀の子どもを産みたかったのに…。今日から監査期間最終日まで毎日夜這いして一度でも気の迷いがあって事が起きたらそれをネタに脅してでも子ども産もうと思っていたのに…。ゴムには針で穴開けて、それで、」

「名前、さん…落ち着いてください。」

「わかった、名前ちゃんの重たいくらいの想いはわかったから!なんか怖いよ!さすがにオレ鳥肌立ったよ!」


顔を引きつらせながらも必死に慰めようとしてくれるハルセさんとヒュウガ少佐の気持ちが嬉しく、私は出そうな涙を、鼻を盛大に啜って引っ込めた。
その視界の隅ではクロユリ中佐とコナツが更に引きつった顔でどん引きしていた。




***




「よかったのですか、名前さんに何も告げてこられなくて。」


眼前に広がる青空に目を細め、ゆったりとした椅子の背もたれに背を預けて座っているとカツラギの声が聞こえた。
リビドザイルの中では人の声が反響し、どんなに小さな声でもよく耳に届く。


「最初から「すぐ帰ってくる」と告げて遠征期間が延びるより、気を落とさせてから早く帰った方がいいだろう。名前もあれでいて意外とせっかちだからな。」

「そうですか、早々に終わらせて早く帰ってさしあげるつもりだったのですね。」


いまいち素直に頷けない解釈の仕方をされてしまった。
間違ってはいないが、あっさりと頷いてしまうのもだんまりを決め込んで無言の肯定をしてしまうのも気恥ずかしいものがある。


「そんなことはない。」

「そうでしょうか?アヤナミ様は名前さんの元気のない顔を見るのが嫌だったように見えますが。」

「…買いかぶりすぎだ。」


あまりの鋭さに一瞬言葉に詰まった。
咄嗟に言葉を紡ぎだすが、間を空けたのが悪かったのか、カツラギはもうそれ以上言葉を発することなく眩いばかりの空へと視線を向けた。



(名前は今、何を思っているのだろうか)


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