03



月夜の晩。
すっかり月も真上にある夜中。

オレは隣でスヤスヤと眠るあだ名たんを眺め見た。

前に一度抱き寄せた時、パチッと勢いよく目を開けた時はさすがに驚いた。
髪を撫でるだけで、小さく身じろぐだけであだ名たんは夜中であろうと目を覚ます。

それは人の気配に敏感な暗殺者として当たり前であり、同時にそんなあだ名たんを見ると悲しくもなった。

気持ち良さそうに眠っているあだ名たんを起こすのは可愛そうなので、見るだけに止めておく。

黒い髪に白い肌。
整った顔に長い睫毛を開くと覗くのは黒い瞳。
赤い唇に華奢な体。
それなのに不気味なほどそぐわない強さ。

聞けば訓練を3日受けただけで実戦の場に立ったらしい。
こういうのを天才というのだと思った。
下手したらコナツだってやられてしまうだろう。

だけどその身体と不相応な心。
言ってしまえば未発達。

人と関わってこなかったことが災いしてか、人の気持ちを読み取ることに欠け、自分の気持ちに疎い。
しかし頭が悪いわけではないからちゃんと説明してあげればしっかりと理解し、先を読むことができることは幸いだ。

この月夜の晩、あだ名たんをアンバランスの象徴のようだと思った。


「…ん…ヒュウガさん?どうかしましたか?」


ずっと見ていたからだろうか。
あだ名たんは視線を感じたようで薄っすらと瞳を開いた。

無防備じゃないようで無防備だなぁと苦笑する。
人の視線や気配に敏感なくせに、こうして男と同じベッドで眠っているのだから。

意識されていないというか、何というか。
お父さん扱いされたのだからもう苦笑いするしかないだろう。

だけどそれで引き下がるオレじゃない。


「何でもないよ。寝顔可愛いなぁって見てただけ。」


せっかくだからあだ名たんを抱き寄せて腕の中に閉じ込める。
ついでに額に小さくキスを送ると、あだ名たんは寝ぼけているらしくヘラリと笑って瞳を閉じた。


「早く寝なきゃダメですよ。」


返事をする代わりに一度だけ髪を撫でて、オレも瞳を閉じた。





「少佐!!おはようございます!今日こそはお願いですから仕事しに来てください!」


今日は掃除を重点的にしよう!と心に決めてまずは朝ごはんだ!と冷蔵庫を開けようとしたところで、見知らぬ青年が入ってきた。


「あ、あれ?」


二人見つめあったまま首を傾げる。


「すみません、部屋間違えてしまったようで。」

「いえ。」


何だ。
お部屋の間違いか。と青年が部屋を出て行ったのを見て、もう一度気を取り直して冷蔵庫を開けようとしたところで、またさっきの青年が扉を開けた。


「すみません、やっぱりここ…ヒュウガ少佐の自室では…。」

「ヒュウガ少佐…?あぁ、ヒュウガさんですね。そうですよ。今はまだ寝室でお休みになっていらっしゃいますが。」

「え、えっと……その…」

「起こしてきましょうか?因みにお名前は何と仰るのですか?」

「…コナツです。」

「わかりました。よければそこのソファに座ってお待ちください。」

「あ…どうも…。」


青年がソファに座るのを視界に入れながら寝室に足を運ぼうとしたところで、タイミング良くヒュウガさんが起きてきた。


「ヒュウガさん、おはようございます。」

「ん〜おはよ。」

「コナツさんと仰られる方がお見えになられていますが…。」

「なんで?」

「なんでじゃありませんよ!2日も仕事サボって何やってるんですか!!し、ししししかも女性まで連れ込んで!」


コナツさんは少し頬を赤らめていて何だか可愛らしい。


「連れ込んでないよ。名前は名前。あだ名たんはオレが捕まえた暗殺者の一人なの。見張ってるんだからこれも仕事の内だよ☆あだ名たんコーヒー。」

「はい。」


ニコリと微笑んでコーヒーメーカーに準備万端のコーヒーをヒュウガさんとコナツさんの分をカップに注いで持っていくと、コナツさんは本当ですか??と疑いの目をヒュウガさんに向けていた。


「ヒュウガさんの仰られていることは本当ですよ。これでも暗殺者なんです。」


コーヒーを出しながら微笑むと、少しばかり瞠目された。
そんなに暗殺者に見えないだろうか。


「な、なんでそんな人が少佐の部屋に??」

「一目惚れしたから側に置いてるの。」


あっけらかんと言ったヒュウガさんにコナツさんは怒りの色を露にした。


「私情挟みまくりじゃないですか!書類がどれくらい溜まってると思ってるんですか!!」


山ですよ、山!!と大げさに言うコナツさんに小さく笑うと、本当なんです。と至極真面目に返されたので、そんなまさか…とヒュウガさんに目線を向ける。
するとヒュウガさんはウインクしてきた。
どうやらコナツさんの言うことが本当らしい。

それと同時に罪悪観が沸々と湧き出てきた。


「あ、あの…私もお手伝いさせてくださいませんか?」

「え?」

「少なからず私のせいでもあるわけですし…。」


ヒュウガさんが私を見張っているせいでお仕事できないのなら、私が仕事を手伝えばヒュウガさんだってお仕事できるはずだ。


「あだ名たんは執務室出入り禁止だよ。リーたんと鉢合わせしちゃうかもだからね。」

「あ…そうですね。」


一目会って少し話したいだけで殺す気はないけれど、信用されていない内は大人しくしておくに限る。


「でも…ヒュウガさんお仕事どうなさるんですか??」

「ん〜…。」

「わかりました。少佐は名前さんから離れるつもりはない。名前さんは執務室に出入り禁止。なら行動は一つですね。」


コナツさんは大きな独り言を言うなり立ち上がって部屋を出て行った。

…と思ったら、数分後すぐに戻ってきた。

たくさんの書類と共に…。


私はあからさまにヒュウガさんの顔が嫌そうに歪んだのを見逃しはしなかった。


「ここに運びますから、ちゃんと仕事してください。」

「え〜…。」


ヒュウガさんは文句言いながら嫌そうに書類に手を伸ばした。
しかしコナツさんが部屋を出て行くと、すぐにそれは後ろへと放られて、ヒュウガさんはコーヒーを一口飲むなり「二度寝してくる♪」と寝室へと歩いていった。


なるほど。
ヒュウガさんが今まで仕事をしなかったのは、私が理由で仕事が『できない』ではなく、『したくなかった』のだと理解した。

私は苦笑しながらその放り投げられた書類を広い、軽く目を通すと代わりに筆を走らせた。


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