06



「ん〜」


お昼寝をしていたら目が覚めるとあっという間に夕方になっていた。
陽は沈みかけ、部屋の中に太陽の赤が差し込んできている。

思い切り伸びをしながら、何だか久しぶりにまともに眠ったような気がすると思った。

ここ数日、毎晩やってくる暗殺者のせいで眠りはいつも浅く、ただでさえ気配に敏感な私は更に感覚を研ぎ澄ませていた。

もちろん、久しぶりにヒュウガさんがお仕事に行かれたのだから昼間であろうとも襲ってくることは目に見えていたはずなのに…。

なのになんでだろう。

昼間は誰一人としてやってこなかった。

おかげでゆっくり眠れた。
けれど何かがひっかかる。


「あ、夕御飯の準備しなくちゃ。」


あまり料理は得意ではないけれど、頑張って作る毎日。
それをヒュウガさんが美味しいといって食べてくれるから、もっと頑張ろう、もっと美味しく作れるようになろう、と頑張ってしまう。

人を殺すこと意外で一生懸命になることなどなかった私にはあまりにも平和で平穏な幸せだった。
最初は違和感こそ感じていたが、今はそれがとても愛おしい。



冷蔵庫の中を見て今晩は何を作ろうかなと考えていると、思ったよりも早くヒュウガさんが帰ってきたようだ。

まだ扉は開いていないけれど、気配がこちらに近づいてきている。


冷蔵庫を閉めて扉の前までパタパタと駆け寄ったちょうどその時、ヒュウガさんが扉を開けた。


「おかえりなさい。」

「ん♪ただいまあだ名たん。良い子にしてた?」

「はい。お昼寝してたらもうこんな時間で。ごめんなさい、まだ夕食の準備が全くできてないんです。できれば先にお風呂に入ってきてください。その間に用意しますから。」

「わかった♪」


スルリと頬を撫でられて、そのくすぐったさに目を細める。


「どうかしましたか?」

「おかえりのちゅーは?」

「……ありません。」


顔を赤くしてジト目で見やると、ヒュウガさんは小さく笑って頬にキスを落としてきた。


カチン、と固まった私にヒュウガさんは更に笑みを深くしてお風呂場へと消えていった。


避けようと思えば避けれるほどのゆっくりとした動きだったのに、私は避けなかった。
何をされるのかわかったはずなのに、避けなかった。


ギュウッと胸元を押さえて、『心臓が、うるさい』と赤い顔を隠すようにその場にしゃがみこんだ。






「あだ名たんあだ名たん。」


食事を済ませてソファに座っているヒュウガさんは、隣に座れとばかりにソファを数回叩く。

ヒュウガさんはよくこうして私を隣に座らせたがる。
嬉しくないわけではないが、ヒュウガさんはスキンシップが過激なので結構恥ずかしい。

言われた通りに隣に座ると、やはり腰に腕が回された。

やっとの思いでさっきのほっぺにちゅーされたときの頬の赤みを引かせたばかりだというのに、これではまた赤くなってしまいそうだ。

近づいたヒュウガさんからは同じシャンプーの匂いがした。


「あだ名たん、リーたんに会いたい?」


急な問いかけに私は素直に頷いた。

だって私はそのためにここに居る。
もちろんそれだけではないけれど。
メルモット様から逃げるためでもあるのだから。


「じゃぁ明日会わせてあげる。」

「え?!?!」


まさかこんなに早く会わせてくれるとは思っていなかった。


「信用…してくれたんですか?」

「それもあるけど…。メルモットは今日の夜に第3区に飛ばされるからね。」


意味がわからなくて首を傾げる。

メルモット様が第3区に飛ばされる??
一体どういう意味なのだろうか。


「メルモットの悪事がバレて、今日決着がついたんだよ。」


悪事がバレた。
決着がついた。
第3区に飛ばされる。


言葉のピース一つ一つが頭の中で形を成し、嵌っていく。


そうか、メルモット様が左遷されるから暗殺集団はボスを失う。
ボスを失った暗殺集団は目的を見失うわけだ。
リーを殺すように命じられていた暗殺者もボスがいなくなっては動く意味がない。

だがそれは暗殺者だけだ。
術者はそうではない。


「違う……まだ終わってない……。」


私が小さく呟いた言葉に、今度はヒュウガさんが首を傾げた。


「暗殺者は暗示をかけられているだけなんです。そこに意思はありません。でも術者は違う……。メルモット様をどうこうしただけではダメなんです。術者がメルモット様を助けるために暗殺者にそういう暗示を掛け直すかもしれません。」

「なるほどね。でもアヤたんがそこまで頭が回らないはずないから、明日にでも処分しにいくんじゃ?」

「推測ですか?」

「推測だけど確信してるよ。あのアヤたんが敵の助かる方法を残しておくわけがないから。」

「……すごいですね。」

「アヤたんだからね☆もしアヤたんが行かなかったらオレが行くよ。」

「お供します。」

「ダーメ。」


お小遣いをねだった子供に言い聞かせるかのような口調と声色だ。
全然そんな話ではないのに。
むしろかなり思い切って言ったのに。


「あだ名たんはここでお留守番。」

「でも…」

「オレのこと信用できない?」

「できます。」

「即答してくれるんだ〜嬉しいなぁ♪じゃぁお留守番決定ね☆」


私はテコでも動いてくれそうにないそのヒュウガさんの笑みに渋々頷いた。


「良い子良い子。」

「あ、あの…。」

「ん?」


お供できないことは仕方ないので諦めよう。
でも、もう一つのことが気がかりだ。


「明日リンに会わせてくれるという約束は…変わりませんか?」


私の暗示だって完璧に解けているわけではないし、不安要素だって残っている。

もしかしたら…と思って聞いてみると、ヒュウガさんはキョトンとした顔で見下ろしてきた。


「撤回する気ないよ?だってあだ名たん、リーたんのこと殺すつもりないでしょ?」

「もちろんです!」

「最初からわかってたんだけど、そうしたらあだ名たんのメリットがほとんどなくなるでしょ?できるだけ側に置いておきたかったんだよねぇ、オレ。」


長い指で優しく髪を梳かれながら、そんな言葉を囁かれたら平常に戻っていた脳みそもまたショート寸前だ。


「お、ぉ、お、おふろにはいってきます!!」


私は脱兎の如くその場から逃げ出した。


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