07



どっぷりと陽も暮れた宵の晩。

一瞬だけ漏れた殺気で目が覚めた。


目を開けるとすでにオレに向かって振り下ろされているナイフ。
その振り下ろしている華奢な手首を掴んでナイフが喉に刺さる手前というギリギリで止めた。


なんて物騒な夜だ。


「女の子に寝込み襲われるなんてオレドキドキしちゃう♪」


オレの上に跨って、掴まれた手首を振りほどこうとしているあだ名たんに笑いかける。

必死に振りほどこうともがいているが、悪いけれど離す気は全くない。


「でもどっちかっていうと、襲うほうがスキ☆」


掴んでいた右手を引っ張って左肩を掴んで押すと、形勢逆転。
オレがあだ名たんに跨る形になった。


あだ名たんが掴まれて動かせない右手で、持っていたナイフを左手に持ち替えてオレの喉下に即座に突きつけようとしてきたので、その手首も掴んでベッドの上に押し付けた。

あだ名たんの両手首を頭上で一纏めにして左手で掴んで押さえ、持っていたナイフを取り上げて床へと放る。

「物騒なもの持っちゃダメだよ。せっかく綺麗な手してるんだから。」


さっきから無表情を貫き通しているあだ名たんの唇に少し強引に唇を重ねた。

舌を入れると噛み切られそうな勢いなので今はまだ入れないけれど、これだけでも十分効果があったようだ。

やっと暗闇に慣れてきた瞳で唇を重ねたままあだ名たんの瞳を見つめていると、魂の色がみえない瞳が一瞬だけ揺れたのだ。

キスをするときは目を閉じるのがルールだけれど、今はお互い見つめあいながら重ねている。


「っ、ん…」


息が苦しくなってきた様子を見せるあだ名たんが目を細めたと思ったら、横腹に膝蹴りを入れられた。

反動のない状態だったのであばらが折れるほどではなかったが、ミシリと嫌な音が聞こえた。
とどめとばかりにもう一度来る前にあだ名たんの上から退いて立ち上がると、あだ名たんも素早く立ち上がって体勢を整える。


あだ名たんの瞳が揺らいだこととキスに夢中になっていたとはいえ、殺気を微塵も漏らさなかったことと膝蹴りをオレに気付かせなかったあだ名たんに素直に拍手を送る。


「やっぱ強いね、あだ名たん♪」


素直に賛辞を送ってあげたというのに、喜びもしないあだ名たんは面白くない。
いつもなら「ヒュウガさんほどじゃないですよ」というのに、反応がない人間なんてまるで人形と同じだ。


足元にナイフが数本刺さり、軽く避けるとザイフォンで攻撃された。
それをザイフォンで打ち消すと、シーツが覆いかぶさってきた。
それを手で払い、姿が消えていたあだ名たんの気配が微かに漏れたのは背後。

背後に回ってきていたあだ名たんのさらに背後に一瞬の内にして回り込むと、あだ名たんはすかさず反応してオレから距離を取った。


先程から殺気がもれたり気配がもれたり。
肝心なところでオレに危険を回避させるような行動を取るあだ名たん。

瞳が揺れていることといい、暗示のかかっている自分と戦っているように感じる。


勝ったり負けたりしているようだけれど、完全に暗示を振りほどくことはできそうにない。
あまり追い詰めると自殺される可能性だってあるわけで、オレはどうしたものかと考える。


あだ名たんに自殺させず、そして傷一つ付けずに暗示を解かせるためには。


「…あだ名たん、スキだよ。」


本音ではあるけれど、この一言でいつものあだ名たんに戻ってくれたらなぁなんて思ったのでとりあえず言ってみた。

いつもならワタワタと慌てふためくであろう一言。

目の前のあだ名たんは無表情のまま微かに目を大きく開いて少しだけ顔を赤くした。
何だかそのアンバランスさにリーたんを連想させた。

でもあだ名たんに無表情なんて似合わない。
笑っている時のあだ名たんが一番可愛いと思うから。


「あだ名たん、戻っておいで。」


一歩近寄ると、あだ名たんは一歩下がり、距離を詰めることを許さない。
一歩進めばあだ名たんは下がって、進んで、下がって。

ついにはあだ名たんの背中は部屋で一番大きな窓に触れてそれ以上下がれなくなった。


「あだ名たん、」


やっと距離を縮められると思った瞬間、あだ名たんは何を思ったのか後ろの窓ガラスを右手で叩き割った。


ガシャンと派手な音が鳴り、小さなガラスのカケラも大きなガラスも落ちていく時にあだ名たんの手を傷つけて床へと落ちた。

飛び散ったガラスは手だけでなく肩や腕までも傷つけた。
頬からも微かに血が流れているそんな状況に唖然とする。

赤い鮮血が腕から手、そして指を伝って床へと落ちる。
鉄臭いような血生臭さが鼻を掠めた。


「ヒュ、ガさ…、」


か細い声。


「たすけ…て、もう…誰も、殺したくない…傷つけたく、ない…」


しっかりと聞こえたあだ名たんの本音に、オレはこの状況というにも関わらず喜びを感じた。

初めてあだ名たんがオレに助けを求めた。
それがとてつもなく嬉しい。

だが、あだ名たんはまたすぐに無表情に戻り、落ちていた大き目のガラスを素手で掴むと鋭い部分をオレに向けて突撃してきた。
ガラスにはザイフォンで攻撃を強化している。


掴んでいる手からは血が滴り落ちているにもかかわらず、あだ名たんは無表情だ。
まるで痛みさえも忘れているかのように。

またも襲ってきた攻撃形ザイフォンを避け、すかさず拘束のザイフォンを出したがあっさりザイフォンに打ち消された。

鋭いガラスを振りかぶられた瞬間、あだ名たんの生温かい血が頬にかかったけれど気にせずに一瞬のうちに背後に回って首に手刀を入れた。

これで気絶するはずだと思った。
が、あだ名たんは少しだけふらりとしただけだ。

結構強めに入れたんだけどなぁ、と思いながら、ふらついたあだ名たんの鳩尾に拳を入れた。

あんまり痛い思いをさせたくなかったけれど、強いあだ名たんが悪い。うん、そうだ。と思いながらも「ごめんね」と呟く。


聞こえたのか聞こえていないのかはわからないが、あだ名たんの手からガラスが落ち、倒れていくその体を支えてやった。
やっと気絶してくれたようだ。

さっきは赤かった頬も今は血を流しすぎたのか青白い。


傷だらけの体を横抱きにして抱き上げる。


あだ名たんは思っていたよりも、ずっとずっと軽かった。





「リーたん、アヤたん、ちょっと起きて。」


人がせっかく気持ちよく眠っていたというのに、気分の悪い声で目が覚めた。
正確に言うと、気分の悪いやつの声で目が覚めた。

不法侵入してきた挙句、まだ朝日も見えていないというのに何の用だと更にテンションが下がる。


「何でしょうか、ヒュウガ様。」


情事後じゃなくてよかったと思いながら体を起こすと、ヒュウガ様は抱えていた女の子を私の隣に横にさせた。

怪我をしている、ということにも瞠目したが、それ以上にその人物に驚いた。


「…名前…??こ、これ名前じゃないですか?!なぜヒュウガ様が!」


久しぶりに見た名前は右肩から指先にかけて傷だらけの血だらけ。
その上頬にも微かに血が滲んでおり、交戦した様子が窺える。


「敵として捕らえたんだけど一目惚れしたから側に置いてたの。でも今暗示にかかったみたいで。」

「殺してないでしょうね?」

「もちろん。オレちょっと用事できたから出かけてくる。リーたん、あだ名たんの手当てしてあげてくれる?さすがに医務室だと怪しまれるからさ。アヤたんはあだ名たんが暗示にかかってるままだったらどうにかして押さえつけといて♪横腹にヒビ入れられないように気をつけてね☆」


でも殺さないでね☆と言って出て行ったヒュウガ様の後ろ姿を呆然と見送ったあと、恐る恐る隣を見ると、アヤナミ様は体を起こして不機嫌を思い切り顔に出していた。


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