03




ある一通のメールがきっかけだった。



「お姉ぇ!!いや!お姉ぇ様!!」


私が今、姉のマンションでその姉に向かって土下座をしているこの状況をなんと説明したらいいやら。

姉は私が何故土下座をしているのかわからないといった顔であるが、満更でもなさそうに椅子にふんぞり返って足を組んでいる始末。

何故姉はいつもこう偉そうなんだ。と質問したら絶対『偉そうじゃなくて偉いのよ姉は』と返ってきそうなので喉の奥でその質問は留めておく。


「愚妹よ、控えおろう。」

「もう控えめな態度とってますお姉ぇ様。」

「うむ、何なりと申せ。」


何だこの時代劇風は。
いやいかん、ここは下手下手に出ようじゃないか。
それが一番。
穏便かつ平穏な方法なのだから。


「ははー。ありがたき幸せ。あ、あのですね、その…」

「うん。何さ。早くいいなよ。時代劇ごっこ飽きたから。」


急に芝居を止めてコロッと態度を元に戻した姉にガックリと来てしまった。
ここまできたら貫いてくれたらいいのに、このゴーイングマイウェイな姉のペースには毎回ついていけない。


「あのね、この部屋を私に譲ってください!」

「……は?」


姉のマヌケな声を聞いたのは随分と久しぶりだと思う。
そりゃそうだ、仮に私に妹が居たとして自分が住んでいるこの部屋を譲ってなんていわれても「は?」しか返せない。

しかも譲ってほしいという願いだ。

このマンションのこの一室は姉が2年前に購入している。
その姉がこの一室を誰かに売って、別のところにまた住もうとしているのだから、こんなチャンスは二度とないと私は泣きついているのだ。

そして、こんな無茶なお願いを必死にしている私にも理由がある。


事の発端は、


「いいよ。」

「…は?」


私が姉に事の発端を話そうと口を開いたまではいい。
なのに口から出たのは姉の言葉に対しての「は」という一言のみ。


「だからこの一室、欲しいんでしょ?あげるよ?名前に。」

「え、理由とか…聞かないの??」

「この前のヒュウガって男と関係してるのは何となくわかってるけど?」





「ははー。さすがお姉ぇ様!」


私はもう一度ひれ伏しておいた。


姉は私が持ってきた貢物というケーキの箱をいそいそと開けながら「名前、紅茶。」と命令にも似た…いや、命令をしてきた。
今の私に逆らえるはずもなく、私はリビングへと赴き紅茶を淹れてゆく。


「でー?彼になんて言われたの?」


数ある中からケーキを選び、手づかみで食べようとするワイルドすぎる姉にカウンター越しに問いかけられたので、私は戸棚からフォークと皿を取り出して姉に差し出した。

姉はそれを受け取るなり手づかみを止めてケーキをお皿に乗せて大人しくフォークで食べ始める。

やはり一番最初にフルーツタルトに食いつくと思っていたよ、お姉ぇ。


「最近メールしてるんだけどね、ヒュウガが遊びに来てもいいかって聞いてきて…。」

「あぁ〜、なるほどね〜。」


その一言で姉は悟ってくれたらしい。
ずぼらな性格をしているのに聡いなんていいのか悪いのかわかりゃしない。


彼から『家に遊びに来てもいい?』とメールがあって、『うん』とすでにもう返事をしてしまったことは絶対黙っていよう。


「名前はあれだもんね、臆病だから自分が軍人してるってお母さん達にも言えてないもんね。そうだよねーそうだよねー、そんな名前が気になってる男に軍人してるなんて言えないわよねぇ〜。」

「悪かったな臆病で。」


そりゃお父さんとお母さん、いや、まぁ…姉以外には『OLしてます☆』で通してるけどさ。

だってお母さん、『女の子が戦闘職なんてありえないわ!』『傷なんてついたらどうするの!』って人だし…。
お父さんも心配性で、私が戦闘職してるって言ったら絶対心労で倒れそうだし…。


淹れたての紅茶を姉の前に置いて、ため息を吐きながら私もカウンターに座って紅茶を啜る。


「嫌われるのが怖いのは嫌ってほどわかってるけどさ、嘘がバレた時どうするの。」

「…あや、まる…」

「謝っても許してもらえなかったら?」

「……謝る。」


苦し紛れの回答に、姉は嘆息してやれやれと首を振ってもう一つケーキを取り出した。


「あ!私のチョコケーキ!」

「お黙り名前。」

「…ハイ。」


私は泣く泣くショートケーキを箱から取り出してもそもそと食べ始めた。


「ま、いいけどね。この一室譲るくらいで名前が幸せなら安いもんでしょ。あーこのチョコケーキ甘すぎ。」

「お姉ぇ〜。」


お姉ぇ、何だか今日は神々しく見えるよ。
水戸黄門より輝いて見えるよ、と思っていると、ショートケーキの苺を取っていかれた。


「甘いもの食べたら酸っぱいもの欲しくなった。でもちょっとこの苺酸っぱすぎ。」

「……お姉ぇの人でなし。」


ショートケーキの苺取ってったら私に何が残るっていうのさ!
クリームだよ!
ただの生クリームとスポンジだよ!
価値がガタ落ちだよ!
しかも妹の大好物のチョコケーキ食べておきながら甘すぎって!苺酸っぱいって!
それ全部あんたのせいだよー!!!





〜ピロリン♪


「名前、携帯鳴ってるよ。」


名前の携帯が鳴って、教えてあげると名前は苺を私が食べたのが悲しかったらしくうな垂れながらそれを手に取ったが、「あ。」と呟いたと思ったらすぐにパァッと花が咲いたように笑った。

たったそれだけで誰からのメールか一目瞭然だ。


「彼から?なんて?」

「今から会えないかなって。」

「お熱いこって。まだ付き合ってもないのにねー。」

「うん、でもね…。片思いも…切ないけど、楽しいよ。」


へーへーホント、お熱いこって。


私は最後の一口のチョコケーキを名前の口に突っ込んだ。


「楽しんでらっしゃいな。」

「うん!じゃぁまた来るね!」

「はいはい。今度来るときはフルーツタルト2つ買って来てよー。」

「わかったー!」


玄関に向かっている名前の声が段々と小さくなっていく。


「あ、私のショートケーキ食べていいから!いってきまーす!」


ガチャンと扉が閉まる音がしてから隣に置かれている名前の食べかけのショートケーキを横目で見やった。


「苺の乗ってないショートケーキなんてただのスポンジと生クリームじゃん」


まぁ、そのただのスポンジと生クリームにしたのは私なんだけど。


私は立ち上がってベランダの窓から街の方へ走っていく妹の背中を見送って、物足りないショートケーキを食べ始めた。


(あーあー名前がついに男を連れ込む日が来たのかぁ。…お姉ちゃん寂しい。)


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