04




ついに、ついにこの日がやってきた!!


今まで姉の家だったこのマンションだが、すでに姉は私が見つけてきた別のマンションの一室を買ってそこに住んでいるし、ここはもう私のマンションの一室というわけだ。

『えぇい、引越しめんどい!家具は全部あげる!』とクローゼットや冷蔵庫など機器類は全て姉のお下がり。あ、でもベッドだけは持って行った。
後は全てマンションと同時に家具まで一新したようだ。

…お姉ぇ、貴女はどれだけ儲けてるんですか?


しかしさすがに全て姉の部屋のままというのも気がひけたので、私好みに模様替えしたしカーペットも敷き変えた。

後はベッドも買ったし、服も軍の私室からこの部屋に少し移したし、冷蔵庫には食材もたっぷり入ってるし、これで怪しいところはないはずだ。
それに元々人が住んでいたので生活観はありすぎるくらい。

軍の部屋は共同部屋なので、何だか一人暮らしというこの空間の居心地が良くて、忙しい時以外は常に帰って来てしまいそうだ、と和やかな気持ちにさえなる。


さぁ!準備万端です!
いつでも来い!と腕まくりさえしてしまいそうな意気込みで、今日ここに来るという約束をしている待ち人を待つ。

そわそわ、そわそわ、と落ち着かずに緊張で喉が渇いて冷蔵庫の前に立ったその時、チャイムの音が鳴った。


「は、はーい!」


彼だ!
絶対彼だ!

と思って扉を開けてみたら宅配便だった。

緊張して損した気分にもなったが、少し肩の力が抜けてホッとした。


「お疲れ様です。」と印鑑を押して荷物を受け取り、『あ、お姉ぇからだ』と内心呟きながら扉を閉めようとすると、スッと扉の隙間に影が差した。

配達の人だろうかと顔をあげると、そこには待ち人ことヒュウガが立っているではないか。


「び、びっくりした!」

「ちょうど宅配便と重なったから後ろで待ってた☆」


気配感じなかったぞ?!?!
これでも私、一応軍人の端くれなのに…。

緊張しすぎてたのかなぁ…。と思ったが、ヒュウガを部屋に招きいれた頃にはすでにそんなことは頭の中から消えていた。


「結構広いんだね。名前って結構綺麗好き?」

「んーまぁ、どちらかというと。」


姉がずぼらなんで掃除をする癖がついてるというか、つかざるを得なかったというか…。


「コーヒーでいいですか?」

「ん♪」


ヒュウガをリビングのソファに座らせてコーヒーを淹れる。
お砂糖を一杯半入れて彼の待つリビングのテーブルに置き、私も彼の隣に腰を下ろした。


「綺麗なの、意外でした?」

「思ってた通りだった。」


彼は至極当然のような顔でそう告げるなりコーヒーに手を伸ばした。

んー意外と好感を持ってくれているのかもしれない。
部屋が汚さそう、と思われていなくてよかったと心から思う。


「お砂糖入れてくれたの?」

「あ、はい。一杯半…ですよね??」


違いましたっけ??と今更になって不安になってきて恐る恐る聞くと「よく知ってるね」と彼は少し嬉しそうに微笑んだ。


「カフェでお砂糖を一杯半入れているのを見てたので。」

「なるほどね♪ところで名前って仕事何してるの?」


きたー!!

知り合って数週間、これで会うのは5回目。
そろそろくると思ってましたよー。
むしろくるのが遅かったくらいだ。


「普通のOLです。」


あえて『普通』を強調させておく。


「ヒュウガは?」

「オレ?オレも普通のサラリーマン。」

「サングラスでサラリーマン?」


ぷっ、と小さく吹きだせば、彼は「別にいいでしょー」と拗ねるように笑った。


「ちょっとギャップが激しすぎて。」


腹の底から笑ったような気がする。
あー腹筋が痛い。


ツボってしまった私が笑っていると、ふと彼の真っ直ぐな視線を感じて何となく彼を見上げた時だ。


「名前ってさ、オレのこと好きでしょ?」


脈略のない会話に頭の中が一瞬止まった。
きっと表情はキョトンとしていたと思う。

彼はテーブルに肘をついて手を組み、その手の甲の上に顎を置いてニコニコと毒のない笑顔をこちらに向けている。

私はどんな反応をしたらいいのかわからなくて、言葉に詰まった。


「オレの気のせいだったらゴメンね。」


追い討ちをかけるような言葉に更にどうしたらいいのかわからず、私はギュッと口を引き結び、俯いた。


これは、このタイミングは好きというべきタイミングなのだろうか。
いや、待て私。
じゃぁ笑って誤魔化すのはどうだ?
『ヒュウガってば自分に自信があるんですねぇ』とか。
いやいや、聞く人によっては嫌味にしか聞こえないかも。

お姉ぇ、私一体どうしたら!


「初めて遊びに来たのに急にごめんね。」

「いえ…」


それは別に構わないんだけれども。
この雰囲気が困るというかなんというか。


「でもオレあんまり気が長いほうじゃなくてね。気になることは聞いておきたくて。ほら、オレ名前のこと好きだから。」

「そうなんですか…へぇ、私の事が………は?!」


俯きがちだった顔を上げると、ヒュウガは先程となんら変わらない笑顔をこちらに向けていた。
さっきの言葉は聞き間違いだったのかもしれないとさえ思わせるほどに。


「名前の返事は?」


返事を催促されるということは、やはり先程の言葉は聞き間違いなんかではなかったらしい。


「…その…私のどこがいいのかわからないっていうか…。」


ヒュウガは顔もいいし、女性の扱いが上手っていうか何か慣れてるっぽいし、女の人が好きになるところをいくつももっているけど、私はそうではない。

男性との経験は全然数え切れるほどだし、顔だって至って普通だと思う。


「この間、名前の表情がコロコロ変わるのが面白いって言ったよね?覚えてる?」

「そりゃ…もちろん。」

「だから、そういうところ。」

「ですから面白いって言われても褒められてる気にはならないっていうか…」

「そこも名前の魅力的なところの一つだよ。そういうところが可愛くて好きなんだから。」


ニコリと微笑まれて私はその言葉と視線から逃げるように目を逸らした。


「…私、今やっと気づいた事があるんです。」

「ん?」

「ヒュウガさんって女たらしでしょう??」


女性の扱いが上手いとは前から思っていたけど、絶対そうだ。
女がこうされたら落ちるっていうポイントをそれとなく突いて来てるんだもん。


「どうかなぁ。寄って来る子は多いのは事実だけど、こうしてオレが欲しいと思ったのは名前だけだよ。」

「それも常套句ですか?」

「名前限定のね。」


私は一体どこに視線を一定にしたらいいのかわからなくて、顔を赤くして視線をさ迷わせる。


「名前、ちゃんとこっちむいて。」


ヒュウガの大きくて節くれだった指が私の両頬に触れた。
両手で顔を挟みこまれて顔を覗き込まれれば、嫌でもそちらに目がいってしまう。

だけど恥ずかしさは増すばかりで、私は金魚のように口をパクパクとするしかない。


「名前ってばホント可愛いね。」


そう言われたと思ったら唇にふんわりと押し当てられた彼の唇。
それはすぐに離れたが、私はただでさえ赤い顔を更に真っ赤にさせた。


「手!手が早いです!まだ私何も返事してないのに!」

「返事〜?」


んーそんなのもう顔に書いてあるからなぁ〜。なんていいながら、彼は私を持ち上げて自分の両太ももの間に座らせるなり後ろから抱きついてきた。


「だから何か色々早いですってばー」


ジタバタと暴れる私なんてものともせずに抱きしめる彼。
これではまるで恋人のようではないか。


「名前はオレのこと嫌い?」

「す、好きですけど…」


まだ心の準備ができてなくて。


「なら両思いなんだから抱きしめても問題ないね。」


嬉々として抱きしめてくるヒュウガに私は顔を真っ赤にしながらももう何も言えなくなった。


(お姉ぇ!彼ってばね普通のサラリーマンだった!私も普通のOLで通しちゃったよ。)
(…普通のOLで普通のサラリーマンって何さ。(OL、サラリーマンってだけで普通なんだからそこ強調する必要ってある?))


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