04
「ねぇ、名前って何でヒュウガと別れたの?」
子供っていうものはとても恐ろしいものだと私は学びました。
何故突発的にこんな質問をされているのか、今の今まで書類に目を通していた私はさっぱりだ。
「その、えっと…」
純粋な子供に率直に聞かれている私は大人なのに及び腰。
不甲斐ないけれど、自分より年下の、それも上司である中佐に問われてはどう答えたらいいのか迷ってしまう。
いつも通りの昼下がりの執務室。
遠征や会議などでこの部屋には私とクロユリ中佐とハルセさんしかいない。
アヤナミ様はいつも通り隣の参謀長官室でお仕事中。
つまり助けてくれるのはハルセさんしか…
チラリ、とハルセさんを横目で見ると、申し訳なさそうに目を逸らされてしまった。
そうだった、ハルセさんは完璧クロユリ中佐の味方だった…。
「名前、ヒュウガのこと嫌いになったの?」
小首を傾げるその姿はとても可愛らしいのだが、私は変わらずしどろもどろ。
だけど否定するとこはちゃんと否定しておかねば。
そして認めるところは素直に認めよう。
「そんなことないです。絶対、そんなことないです…。」
そういえばヒュウガもそんなことを言っていた。
彼は今も私に嫌われたと思っているのだろう。
しかし正確には嫌いになったというより、好きじゃなくなったと思っているみたいだった。
私にとってはどちらにしろ大きな問題だ。
「ヒュウガの浮気?」
「まさか!」
ヒュウガが浮気だなんて全然想像つかない。
休みの日は仕事が忙しい時以外会いに来てくれていたし、たまに夜フラッと現れては「会いたかったから」なんて抱きしめて帰っていくこともあった。
思い出せばつい微笑んでしまう出来事だけれど、それと同時に今はその思い出が胸に突き刺さる。
しかしよくよく今になって思えば、彼の仕事が忙しい時って遠征ぐらいだ。
つまりあの会いに来れなかった日は遠征だったのだろう。
別れてからの彼の発見も多い。
切ない声とか、少佐としての表情とか、毎日会えることが嬉しいのに、なんて皮肉だとも思う。
だって別れてからなんて…もうどうしようもない。
そういうヒュウガも好きだよって言えないこのもどかしい気持ち。
「私が…悪いんです。私、ヒュウガにはただのOLってずっと嘘ついてたんです。ヒュウガもサラリーマンだなんて私に嘘ついてたんですけどね。」
今思えばホント、サングラスかけたサラリーマンなんて、世界中どこを探してもいないだろうに。
「私、アヤナミ様の元で働くのが夢だったんです。でも仕事と恋愛の両立なんてできそうにもないなって思って…。」
「名前はさ、アヤナミ様の元で働くのが夢っていうの、言い訳に使ってるでしょ??ホントは嫌われたくなかっただけじゃないの??」
ホントに夢だったのかもしれないけど、ボクにはそう聞こえるよ。と的確な意見を述べた。
歯に衣着せぬ言い方だから、余計に言葉が突き刺さる。
私は持っていたペンをキツく握った。
「名前は今のままでいいの?」
究極な質問だ。
でも私にはその答えを持ち合わせてなんかいない。
持ち合わせてはいけないんだ。
「私から別れようって言ったんですよ。」
私が寄りを戻したいと思っていても、このままでいいと思っていても、どちらにしろそれを口にしてしまえば厚かましいことこの上ないだろう。
「もう言うことはないです。」
「クロユリ様、そういえば新作のマグロキャンディを作ったんです、召し上がりませんか?」
私に助け舟を出すように、ハルセさんがクロユリ中佐の気を引いてくれた。
クロユリ中佐はそれに反応して、すっかりマグロキャンディに夢中だ。
こういう彼はとても子どもだ。
だけどふとした瞬間にとても鋭いことをいうものだから、私はどう応えていいのかわからずに困ってしまう。
なんだか私の方が子どもに見えてしまって、居た堪れない。
話を逸らしてくれたハルセさんに心の中でお礼を言うと、私は書類に視線を落とした。
「なんで…なんでいるのよ!」
クロユリ中佐からの止め処ない質問をされたすぐ後、アヤナミ様に書類を届けてこいと言われれ他部所に行ったまではいい。
だけど帰りの際、『近道だ!』と中庭を突っ切ろうと思っていると奴らはいた。
2本足で歩く赤い目の奴らが。
「ここ通った方が近道なのに…」
と呟くが、奴らこと鳩は堂々とあちらこちらに鎮座している。
走って突っ切るか…。
いや、私にはそんな鳩の間を歩く度胸はない。
下手をしたらそのくちばしで突かれたりして…。
「ぎゃぁ!歩いてる!!」
なんで顔揺らしながら歩くんだ君たちは!
なんで目が血走ってるみたいに赤いんだ!!
と心の中で叫び、こうなりゃ遠回りするしかないと踵を返そうとすると、あははとヒュウガの笑う声が聞こえた。
「相変わらずの鳩嫌いだね♪」
振り向くとヒュウガの姿。
私のビビリ具合をとても面白そうに見ているその姿は、小学生並のいじめっ子そのものだ。
「そう簡単に克服できるようなものじゃないんですー。」
「トラウマってすごいねぇ。」
「うるさいなーもう。笑いに来たんならどっかいって!」
ポップコーンを持っていた幼い私に鳩が大群で羽ばたいてきて以来、私は鳩が恐くてたまらない。
そのトラウマを昔に話したことを覚えていたようで、ヒュウガは更に楽しそうに笑った。
「笑いすぎですけど。」
「だって、女の子が『ぎゃぁ!!』って。」
笑い過ぎのヒュウガをジト目で睨んで、気を取り直す。
そうでもしないとヒュウガは笑っぱなしなのだ。
「そういえばコナツさんは…?別々に帰って来たんですか?」
コナツさんと遠征に行っていたヒュウガが帰って来たということは、コナツさんも居ておかしくないのに。
別々に帰って来たのだろうか??
いや、そんなことないか。
怒って怒られてな2人だけど、仲がいいのはブラックホークに入って知ったのだ。
少し、コナツさんが羨ましいくらいに。
「コナツは先に執務室帰ったよ。オレは名前がここにいるの見えたから。」
見えたから…何??
…もしかしてわざわざ、来てくれたの?
不思議と浮上していく気持ち。
今の私にはたったその一言だけで幸せな気持ちになれる。
「ほら、行くよ。」
鳩を散らすようにして先を歩くヒュウガが手招きした。
付き合っていた頃は手を引いてくれたけど、今は2人の間に微妙な距離がある。
けれど優しさは何も変わっていない。
ビクビクと鳩に怯えながらヒュウガの後ろを歩けば、また笑われた。
付き合っていた頃と変わらない笑顔。
あぁ、やっぱり好きだなって思った。
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