END
「名前、」
唇が離れても放心している中、苦笑交じりにヒュウガが私の名前を呼んだことで正気に戻った。
「いいいいいいいま、今っ、」
両手で口を覆うと、してやったりとヒュウガが笑う。
その笑顔はまるで付き合っていた頃のようだ。
「結婚なんてヤメてオレにして。」
そこに疑問符はない。
軽い命令口調に私は目をパチクリとさせた。
結婚、結婚って…
さっきから思っていたけれど…
「ヒュウガ、あの…何か勘違いしてない??」
口元から手を離して首を傾げると、ヒュウガも同じように首を傾げた。
大の大人が二人そろって首を傾げている様は少し笑えた。
「私結婚なんてしないよ?」
「え、だってクロたんが。お見合いとか結婚とか話してたって…」
「お見合いの話は来てるけど断るつもり。それに結婚するのは私の姉。今日結婚式なの。お姉ぇってば何するにもいつも急で。」
「…姉?」
「そう、お姉ぇ。」
私が頷くと、ヒュウガは玄関の扉に手と額をつけてうな垂れた。
「なんかクロたんにハメられた感じ……」
一体どういう話をしてここに来たのやら。
私には推測することすらできないが、ヒュウガが私が結婚すると思って止めに来てくれたことが嬉しくて私は彼の顔を横から覗き込んだ。
「でも私は来てくれて嬉しかった。それに、寄りを戻そうっていってくれたのも…。それともやっぱりやめとく?」
別に私が結婚するわけじゃないんだし、と自嘲気味に呟くと、彼は少しだけ目を細めてから私の額にデコピンを喰らわせた。
「った〜〜」
「やめるわけないでしょ。」
少し赤くなっているであろう額を押さえて彼を見上げると、今度は押さえている手を掴まれてそこにキスを落としてくる。
「…昨日話してた女の人はいいの?」
「女の人?誰だっけ??」
「通路で親しそうに話してたじゃない。」
「あぁ。別に仕事の話ししてただけだよ。何?ヤキモチ?ヤキモチ?」
「…うんって言ったらどうする?」
ヒュウガは少し考えた後、唇にキスを落とした。
「こうする♪」
「馬鹿…」
照れ隠しにそっぽを向いて呟く。
「オレ一つ名前に訂正したいことがあるんだよね。」
「何??」
「名前さ、ホントはアヤたんとオレを天秤にかけたんじゃなくて、『アヤたん』と『オレに本当のことを言って嫌われたくない』って気持ちを天秤にかけたんだよね?」
仕事と恋愛、それを同じ天秤にかけることは許されない。
元々価値が違うのだから。
「…でも、私は…アヤナミ様を選んでしまって…」
「そこなんだよねぇ〜。そこが一番悔しいっていうか…。でもいいよ。仕事に真面目な名前も好きだから。」
ヒュウガに手を伸ばせば、その手を掴まれて抱きしめられた。
「ありがとう、ヒュウガ…」
あれほど欲した体温がここにある。
それがどれほど私の心を安定させてくれることか。
「でもヒュウガはもうちょっと仕事した方がいいと思うよ、私。」
「考えとく♪でもね名前、一つ覚えておいて?」
抱きしめられていた腕が緩んだことで私が彼を見上げると、そこには真っ黒い笑みでこちらを見下ろしてきているヒュウガの瞳があった。
「二度目はないから☆」
「き、肝に銘じておきマス。」
「ん♪」
満足そうに笑ったヒュウガはちゅ、と触れるだけのキスを落とした。
「向き合わなくてごめんね。怖がりでごめん。」
「もういいよ。もう怒ってない。」
「傷つけてごめん。」
「それは許してない。だからさ、名前が癒してよ。」
ほんの軽く顔を近づけたヒュウガは、私からのキスを待っているようにその場で止まった。
「せめて目、瞑ってよ。」
「嫌。」
「じゃぁできない。」
「してくれなきゃ嫌。」
子どもか。
大きな子どもがここにいるぞ。
「触れたら閉じるから。」
「それまでは見るってことでしょ?!恥ずかしいよ!」
「今更だね。前は名前からキスしてくれてたじゃん。」
「それはヒュウガも私に合わせて目を閉じてくれてたからで、」
「するの?しないの?」
拗ね始めたヒュウガ。
大体私達は玄関先で何やってるんだ。
ご近所のおば様方に見られたら恥ずかしいことこの上ないだろう。
穴があったら入りたい状況になってしまうのは目に見えていたのだけれど、私達2人の雰囲気はすでに甘くそういう雰囲気だ。
キョロキョロと辺りを見回す。
よし、誰もいない。と確認しているとヒュウガはそれが気に入らなかったのか少しムッとして顔を更に近づけた。
だけどやはり唇には触れてこない。
「〜ッッ、」
恥ずかしくて両手でヒュウガの両目を塞ごうとすると、お見通しだったのか両手首を掴まれてしまった。
じゃぁヒュウガが掴んでいる両手に気を取られている隙に!!と精一杯背伸びして唇を寄せるとヒュウガと瞳が合う。
全然気なんて取られていないじゃないか。
私の抵抗なんてものともしていないなんて。
さすが少佐というべきか。
サラリーマンはどうしたサラリーマンは。
触れるまでの瞬間も、触れてからもヒュウガは瞳を閉じることさえせずに私とずっと瞳を合わせていた。
私も瞳を閉じるタイミングを見失ってしまい、もう唇を離してしまおうと思っていると今度は後頭部に手を回されて逃げられないように押さえつけられる。
舌をねじ込まれて歯列をなぞられる。
視界一杯にはヒュウガ、そして彼の香り、感じる体温もヒュウガのもの。
欲していた彼がここにいる。
彼の心がここにある。
嬉しくて、嬉しくて、キスは少し長く息苦しかったけれどそれでも必死に彼を受け入れた。
しばらくしてから唇が離れ、私が息を整えていると、ヒュウガが私の頭を抱き寄せたので額が彼の胸板にくっついた。
「名前、改めて結婚を前提にお付き合いしてください。」
「はい。って、えぇ!?結婚前提?!?!」
驚く私を尻目に『本当ならもっと早くする予定だったんだから…』と呟くヒュウガを見て、私はコナツさんから教えてもらっていたヒュウガのプロポーズの件を思い出した。
彼は彼なりに私の事を考えてくれている。
もしその時が来たら…とびっきりの笑顔で頷いて、溶けてしまいそうなくらいの甘いキスを贈るとしよう。
「ダメ?」
不安げに顔を覗き込んでくるヒュウガに、私がにっこりと微笑んでから「喜んで。」と答えると、彼は至極嬉しそうに笑った。
「帰ろっか♪」
「うん。」
「アヤたんには黙って来ちゃったから怒られるかなぁ〜。」
「黙って来たの?!?!」
「だって名前が結婚とかお見合いとか聞いて急いでたんだもん。」
「それは…ありがとう。ん??結婚????…って、あぁあぁぁー!!お姉ぇの結婚式忘れてた!!!乗せてって!式場まで乗せてって!」
「はいはい。」
別れて遠くなった私達の距離。
だけど笑うヒュウガに、何故か不思議と前より距離が近くなったように感じた。
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