01
最近の休日のすごし方は、行きつけのカフェで美味しい紅茶を飲みながら読書をすること。
人それぞれブームがあり、その中で今の私のブームがそれだった。
ぽかぽか陽気に誘われてふらりと街へ出かけ、偶然入った店の雰囲気が好きでそれ以来贔屓にしているせいか、ここ最近では店員に顔まで覚えられたらしく「いつもので。」という会話をできるほどまでになった。
何だか「いつもので。」と言うのは不思議と誇らしく感じてしまう。
余程の常連じゃないと顔といつも頼む紅茶なんて覚えては貰えないだろうから。
今日も「いつもので。」と店員に告げて、いつもの紅茶が出てきたことに満足していたところだ。
「あの、相席よろしいですか??」
人が多くなってきたなぁと思っていた丁度その時、店員さんが申し訳なさそうに告げてきた。
どうせこの一杯を飲んだらすぐにでも街へ買い物でもしに行こうかと思っていたところだ。
ほんの少しくらい構わないと、私は迷うことなく頷いた。
早々に紅茶を飲み干して本を閉じ、さー行こうかなと思っていた時だ。
先程の店員に案内されて向かい側に座ったのはサングラスをかけた黒髪長身のスーツの男性。
私は浮かしかけた腰を下ろし、もう一度メニューを開いた。
好みだ。
久しぶりに目の保養みたいな男性を見た気がする。
奇跡的に相席になったのだからもう少し眺めていてもいいだろう。
それくらいの時間はたっぷりとある。
店員にもう一度『いつもの』を頼むと、目の前の彼はそのついでにコーヒーを頼んだ。
メニューを見た意味はなかったけれど、それを壁際に立てかける。
チラチラと彼を見ながら紅茶を待っていると、ふと彼と目が合って、私はサッと目を逸らした。
人をジロジロと見るのは不躾だ。
不快に思っただろうか。
でも好みの顔をしているのが悪い。だなんて責任転嫁をしているとタイミング良く店員が紅茶とコーヒーを持ってきてくれた。
壁際にあるシュガーポットに手を伸ばそうとすると、彼が先にそれを手に取って私に差し出してくれた。
「どーぞ。」
「ありがとうございます。」
受け取る際にガッツリと彼の顔を見ると、やはり好みだった。
歳は同じくらいだろうか。
タメ口か敬語か一瞬迷ったけれど、迷うくらいなら敬語が間違いないだろう。
砂糖をスプーンで掬って紅茶に入れ、「使いますか?」と問うと、「うん♪」と彼はシュガーポットを私から受け取って1杯半砂糖を入れると壁際に戻してくれた。
「ミルクは?」
「大丈夫です。」
気遣ってくれたことにもう一度お礼を言って、スプーンでクルクルと紅茶をかき混ぜる。
あんまり見るのも悪いので、これで最後だとばかりに彼をチラ見するとまた目が合った。
「何かオレの顔についてる?」
「いえ!」
むしろドストライクな顔が張り付いてます。とはさすがに言えず、紅茶に目線を落とす。
何だか私が居心地の悪い雰囲気を作ってしまったかもしれない。
ここはやはり早々に引き上げて買い物にでも…
「いつもの。って注文してたけどよく来るの?」
カップを持ち上げると、彼がテーブルに肘をついて話しかけてきた。
まさか話しかけられるなんて思っていなくて、私は少し驚きながらも頷く。
「休日だけですけどね。」
「じゃぁ今日は休みなんだ。」
「はい。」
紅茶を飲み干してソーサーに戻す。
「じゃぁ私はこれで。」
「もう行くの?」
「今日はお買い物をしようって決めてるので。では。」
ペコリと小さくお辞儀をして席を立つ。
会計を済ませて扉に手をかけようとして何となく視線を感じて、先程の席を振り返ったら先程の彼がこちらを見ていた。
目が合ったと思ったらニコリと微笑まれて手を振られてしまった。
私は恐らく年上であろう彼に果たして手を振っていいものか迷った後、振り返さないのも失礼かなと照れたようにはにかみながら小さく手を振って店を出た。
「う〜ん顔だけじゃなく声も好みだったなぁ。」
名前くらい聞いておけばよかった、と今更ながら思ったり。
アドレスとかも…あぁ、もったいないことしたかもしれない。
かといって今から引き返すのもちょっといかがなものか。
「あ、あそこセールやってる!」
ま、運がよければまた会ったりできるかもしれないし。と私は切り替えて買い物に夢中になった。
「…買いすぎた…」
両手に持ちきれないほどの大荷物を抱えて街中を歩く私。
これを抱えて軍に帰るのか…。
なんか少し一息つきたくて適当なカフェを目線だけで探したが、ちょうど午後3時というお茶時で、どこもかしこも人が多い。
それなら、と私はケーキ屋でケーキを二つ買った。
フルーツタルトとチョコレートケーキが斜めにならないように慎重に手に持つ。
せっかく買ったのだから箱の中で仲良しこよしされても悲しすぎる。
「腕千切れそ…。」
「じゃぁ持ってあげよっか?」
独り言のつもりだったのに返答が返ってきた。
ふと隣に並んだ人物を見上げると先程カフェで相席をした彼の姿。
並んでみると、見ただけよりもかなり身長が高いなぁ、と一つ発見した。
「結構買ったんだねぇ。」
「久しぶりだったので。今までカフェに?」
彼のことを問うと、「一旦仕事に戻ったよ。でも今、上司のお遣いが終わったトコ。」と彼は手に持っている本屋さんの袋を小さく掲げた。
「家どこ?」
持つよ、とばかりに右手を差し出しながらそう問う彼に私は必死に首を振った。
「大丈夫です!」
「そう必死に否定されると傷つくなぁ。」
喉の奥で笑いながら言うその様はあまり傷ついているようには見えない。
だが人の厚意を無下にするのも躊躇われるが…
いやしかし、私が軍人だと知られるのはやっぱり避けたい。
こんな好みの男性に、ムッキムキの男に混じって日々鍛錬や人を殺しに遠征に行ってます、なんて言えるわけがない。
こうなりゃ『なるようになれ』作戦だ。
別の名を『嘘八百』とも言う。
「じゃぁ…お言葉に甘えて…。」
「ん♪」
彼が嫌な顔一つせず私の右手の荷物を全部引き受けてくれたおかげで、左手の荷物を右手に半分分けて持てばとても楽になった。
どちらからともなく歩き出す。
「家近いの?」
「はい…、ここから5分のところです。それにしてもまた会えるなんて思ってなかったからビックリしました。」
「オレも。たまたま本屋から出たら何か重そうにフラフラしてる子がいるなぁって思ったらたまたま君だったから運命かと思っちゃった☆」
「運命…、そうですね。」
カフェを出たときは私も『また会えたら運命かも』なんて思っていたけれど、実際口に出してみると思っていたよりもくさいセリフだなぁ、なんて思いながら小さく笑ったけれど、彼は何でもなさそうな顔で「うん。」と頷いた。
「だってさ、偶然同じカフェに入って、偶然相席になって、偶然目が合って、偶然また再会して。これってもう運命だよ♪」
何故かトクンと心臓が跳ねた。
こんなくさいセリフにときめくなんて。と思うけれど満更でもないなんて。
今までの恋人の中でこんな言葉を言ってくれた男がいただろうか。
そんなの思い出すまでもなく否だ。
彼は私の隣で、小さく笑っている。
かぁっ、と頬が熱くなるのを感じた。
「こ、ここです!!着いたのでもうダイジョウブです!」
何だか照れくさくて、私はつい到着地点であるマンションを指差してしまった。
私の計画だと『あ、もう近くなのでここで大丈夫です』と言うつもりだったのに。
「ここでいいの?部屋の前まで持って行こうか?あ、でもイロイロ警戒されたら嫌だから今日はやっぱりここまでにしておこうかな。」
け、警戒されたら嫌なんですか?!?!
荷物を受け取りながらテンパる私。
えっと、それはどういう意味で…
「じゃぁね。また会えるといいね。」
「あ、ありがとうございました。」
踵を返した彼にお礼を言うと、後ろ手で手を振られた。
何だか嬉しいのと恥ずかしいので感情が入り混じって、私は重たい荷物を握りなおしてエレベーターではなくわざわざマンションの階段を昂ぶる感情のままダッシュでのぼった。
その勢いで部屋のチャイムを連打すると、ガチャリと扉が開く。
「お、お姉ぇ、近くに、来たから、寄ってみた。ケーキ、買ってきた、よ。」
「……変態さんはお断り。」
姉に訝しげに見られた後、扉を閉められそうになって、私は「お姉ぇ、そんなご無体なー!」と叫べば、姉はやっと私を部屋へと入れてくれた。
「なんでそんな息切れてるの。」
呆れている姉が麦茶を差し出してくれて、私はケーキを手渡しながらそれを受け取って喉に流し込んだ。
「はー生き返った。いやーなんか階段のぼりたい気分で。」
「顔真っ赤よ?」
「こ、これは!これはいいいい今階段のぼって来たからで!断じて!断じて何かあったわけでは!!階段をっ!階段をっ!!」
「…うん、それさっきも聞いたし。無理矢理聞かないから安心してよ名前。」
焦る私に苦笑しながら姉はケーキの箱を開けた。
「前言撤回。妹よ、道中何があった。」
「へ?」
見事なほどに箱の中でケーキが仲良しこよししていた。
「…ごめん、お姉ぇ。」
「これフルーツタルトだよね?私の好物が…フルーツタルトもどきになっちゃった…」
ふるふると震えて悲しみに打ちひしがれている姉の背中を撫でる。
「すまん、姉よ。また今度買いなおしてくるから。」
とりあえず、今日はフルーツタルトもどきで我慢してください。
私もチョコレートケーキもどきで我慢するので。
(お姉ぇ!このチョコレートケーキもどき美味しいであります!)
(私のはカオスじゃ!)
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