縺れ合うのは赤い糸



あなた方は運命の赤い糸で結ばれています。

とある日のとある時間、半信半疑で入った占いの店で告げられた言葉は、私の胸を打った。
隣に立つ同期であり、恋人でもあるヒュウガは、どうでも良さそうに耳の穴を穿っているが、そんなことこそどうでもいい。
この言葉を言われたことこそが大切なのだ。
赤い糸なんて今まで大して気にしたことなんてなかったけれど、好きな人と繋がっていると言われて嫌な気持ちになる人なんていないだろう。

そうか、私たちは赤い糸で繋がっているんだ。

柄にもなくロマンティックなことに胸をときめかせた。




***




「って、聞いてるコナツ!?!?」

「あーハイ。」

「もーちゃんと聞いてよね。それでね、街角の『星読みの母』っていう占い師さんからは運気も巡ってるって言われて、」


日々の残業のせいで少し頬が痩せこけているコナツがうんざりしたような表情をするものだから余計辛そうだ。
それでも書類と向き合おうとする彼は見ていて涙ぐましい。
しかしだ。
私の話も聞いてほしい。
迷惑極まりないとわかっていながらも、つらつらと昨日の出来事を話していると、ついにコナツはギブアップとばかりに右手を挙げた。


「あの…名前さん、」

「何?」


我ながら白々しいと思う。
コナツの言わんとすることがわかっていながらも首を傾げる私。
嫌いじゃない。


「名前さんは、この机の上に山積みの書類見えてますか?」

「見えてるわよ?」

「でしたら、」

「そんなのヒュウガにさせたらいいじゃない。元はヒュウガのでしょう?」

「その上司がなさらないから僕がしてるんですが。」


今はどこにいるかもわからない、サボりに出かけたヒュウガを思い出すように、どこか遠い目をするコナツの肩をポンっと軽く叩いた。
軽く同情の意も込めて。


「死ぬ気で頑張れ。」


助言にも慰めにもならない言葉を一つ告げると、『邪魔してきたの名前さんじゃないですか』、と泣く泣く書類に目線を戻したコナツ。
私は憐みの視線を送って今度はクロユリに向き直った。
私のおしゃべりが落ち着いたら、手伝ってあげるとしよう。


「ね、聞いてよクロ。」


クロと呼ぶと、昼寝からまだ目覚めたばかりの彼は心底不愉快そうに目を細めた。
今の彼に愛らしさなど欠片もない。
きっといつもの可愛さは夢の中に忘れてきたのだろう。


「クロって呼ぶなバカ名前。」

「まぁまぁ、可愛い呼び名でしょ?それよりさ、」

「ウザイうるさい黙れバカ。」


どうしよう、彼は良心さえも夢の中に落っことして来たようだ。
今すぐ拾いに戻ってくれないだろうか。
でないと目から水分が出てきそうなんだが。


「いいもんいいもん、ハルセとカツラギさんに聞いてもらうもんね。」

「ハルセは今から僕と討伐だからダメだよ。」


そんな!
私の話を黙って聞いてくれるのなんて、仕事が溜まっていない時のコナツか優しいハルセぐらいなのに。
…いや、もう一人いるじゃないか。
大人な彼が。


「カ、カツラギさぁぁんっ!!!!」

「すみませんが、私はこれから会議ですので。お話なら別の誰かにお願いしますね。それではごゆっくり。」


無情にも執務室を出て行ったカツラギさんは、笑顔を一つだけ残して行った。
クロユリを連れたハルセさんもだ。
いらないやい、そんな優しさ。

ぐずん、と鳴き真似をして、じゃぁ残るは、と参謀長官室へ爪先を向けた瞬間、ガチャリと長官室へ繋がる扉が内側から施錠された。

ひ、ひどい…
何も言わずに鍵だけ閉めるなんて。
これだったらまだ『うるさい邪魔だ』と言われた方が幾分マシだ。

アヤの冷たさに心まで氷つくかと思っていた時、サボりからヒュウガが戻ってきた。


「名前、今そこでクロたんとすれ違ったけど、この前の占い師の話しかけてくるしてるんだって??みんなげっそりしてたよ??ちゃんと仕事しようね?」

「嘘だ!あの3人全然話聞いてくれなかったよ!大体ヒュウガに窘められたらなんか私、ヒュウガよりダメ人間みたいなじゃない!」


人間としての私の立場が危うくなるようなことをしないでほしい。
ヒュウガはヒュウガからしくいてくれていいから!
それでこそヒュウガだから!
耳を塞いで常識人ぶるのやーめーてーと叫ぶと、仕事なさらないならせめて静かにしていて下さい、とコナツから怒られてしまった。
言っておくけど、私一応仕事終わらせてるからね?
仕事終わってないのはヒュウガだけだからね??


「皆して何さっ、私のこと邪険に扱うなんて、レディーに対してひどいよ。」

「レディーのつもりならもう少し淑やかという言葉を覚えて下さい。」

「コナツに毒吐かれたー!!!!あーもうダメだ、赤い糸も私の心もはち切れそうだー!!」


書類が散らばっているのもお構いなしに、そのまま机に肘をついてやさぐれ始める。
仕事なんてしてられるかってんだ。

コナツは忙しそうに、今度は新聞を広げて治安情勢を見始めるし、ヒュウガはりんご飴を舐め始めるし、つまらない。
誰も私の相手をしてくれないなんて。
いつもだったらもう少し構ってくれるくせに。
なんてタイミングの悪い日だ。


「ヒュウガもヒュウガで、大して赤い糸に喜んでる感じじゃないし温度差を感じるわー。」


目に付いたいらない書類をグシャリと丸めて、キョトンとしたヒュウガに投げてやった。
案の定ヒュウガの肩に当たって床に落ちたそれを彼は拾い、ごみ箱へ放る。


「んーだってオレ、最初から名前と赤い糸で繋がってるって知ってるし。」

「へ?」


なんてことない抗争の最中、思わぬ言葉に耳を疑った。
貰った飴が塩飴だった時と同じような心境……いや、違うか。

しかしまさかの思わぬ発言に、私は目を丸くせざるを得ない。
何だその急なデレは。
どこから出てきたのそのデレ。
もう少し早くそのデレ発動して欲しかったんだけど。


「あれ?知らなかったの??オレ実は赤い糸が見えるんだよねぇ♪♪」

「うそっ!?!?ホント!?!?嘘だよね!?」


つい腰を上げて話しに食いつくと、ヒュウガはサラリとかわすように「さぁね♪」と得意気に笑った。
我が彼氏ながら相変わらず掴み所のない奴だ。
私が彼を理解できる日が来るのだろうか…。
掴み所がないところもヒュウガのいいところの一つなのもわかってはいるのだが。

喜ぶべきか悲しむべきか、腰を落ち着けながら悩んでいると、新聞を読んでいたコナツがどこか半笑で私の名前を呼んだ。
さっきまで我関せず状態だったのに一体何なのだ。
人を振り回すのが得意なはずなのに、今日は振り回されてばかりだ。
きっと昨日が一年で一番良い日だったに違いない。


「名前さんたちが占ってもらったのって確か街角の『星読みの母』でしたよね?」

「そうだけど、それが??」

「その占い師、昨日の晩、詐欺で捕まってますよ?」

「え゛。」


なんだそれ。
ってことはだ。
私とヒュウガが赤い糸で繋がれているというのも嘘だったと?!?!


「ヒュ、ヒュウガ…」


よろよろと足取りが覚束ないが、自分の椅子に座っているヒュウガに近づく。
まるでゾンビのようだ。


「うーん…ぼったくられたねぇ♪」


決して安くはなかった。
それでも、あの言葉があったから払ってよかったなと思ったのに。

ヒュウガの背後に回り、彼に後ろから項垂れるように抱きつく。

やばい、自信なくなってきたんですけど。
今まで浮かれてた自分が死ぬほど恥ずかしいんですけど。
今すぐ参謀長官室のドアぶち破ってアヤの机の下に入りたいきぶんなんですけど!


「赤い糸の馬鹿野郎…」

「オレも見えるって言ったでしょ??」

「どうせそれも嘘のくせに。」


やさぐれる私にコナツは苦笑いを浮かべた。
喜怒哀楽が激しいとよくアヤに言われるけれど、自分でもそうだと自負している。
ほんと子どもだなぁと思う。


「ね、あの占い師とオレ、どっち信じるの?」

「信じるったって…」


色々納得いかないけれど、「そんなのヒュウガに決まってるじゃん」と呟くと、彼は満足そうに笑って私の頬にキスを一つ落とした。


「はい、よくできました♪」



縺れ合うのは赤い糸

(解いてくれたのは貴方)

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