焼きついた残像を払う術を私は知らない



ここ、ホーブルグ要塞の片隅に建っている資料室は基本的に誰もこない。
日々通っている私を除いては、だけど。
管理の軍人が朝9時に鍵を開けに来て、夜の20時に閉めにくるだけで本当に人気がないのは、この数か月この場所に通い始めて気付いたことだ。

膨大な帝国や軍についての資料に囲まれて、仕事終わりやたまの休みの日に一人この場所で読書をするのが好きな私は、人が来ないことに気付いた時それはもう手放しで喜んだものだ。
まだ軍人として下っ端の私は3人の相部屋だし、皆ではしゃぐのも楽しいけれど、たまには一人になれる空間が欲しかったというのもある。

今日は午前中までの業務だったためお昼ご飯を食べた後、今日も今日とてこの資料室の扉を開けると、窓際には机と椅子が並べられており、私はいつものその定位置で読書をしようと資料が並ぶ棚の間を抜け、足を止めた。

いつもの定位置に誰かが座っている。

そう理解するのと同時に、私はひどく驚いた。
まさかこんな誰も用事などないような古びた資料室に人がいるなんて。

こちらに背を向けているものの、黒髪の彼は机に両腕を乗せ、窓の方を向いて眠っている。
一体誰なのだろうか、こんなところに用事の変わり者は。

そんな好奇心をむき出しにして、私はそっと彼の前方へと移動して顔を覗くと、見たことのある顔がそこにはあった。

確かブラックホークの少佐さん、よね。と内心呟き、次いで名前も思い出す。
記憶が間違っていなければヒュウガ少佐だ。

まつ毛長い、鼻高い、珍しくサングラス外してる…。
その整った顔立ちから、女性の軍人にそれはもう多大な支持を受けている彼が今目の前にいることに少しだけ緊張した。
私もヒュウガ少佐のことが好きだとかそういうんじゃなくって、ただ、手の届かないブラックホークの一員が目の前にいるからだ。

日々の仕事で疲れているのだろうか。
窓から差し込む日差しを眩しそうに眉を寄せている彼のためにカーテンを閉めてあげていると、「ありがと♪」と声がした。
こんな辺鄙な場所にいるのは私と彼しかいなくて、もちろん今の声の主はヒュウガ少佐のもので。
声がした方を見ると、ヒュウガ少佐はふわぁと大きな欠伸をしてサングラスをかけた。


「あー良く寝た。」

「お、お疲れ様です…。」


あまり寝れないほど仕事詰めなのだろうか。
労いの言葉を掛けると、彼も「お疲れー♪」と笑った。

そして訪れる沈黙。
口下手な自分が悔しくて内心歯噛みしながらも、異性と会話をすることにも慣れていないため、早々に小さくお辞儀をしておずおずと彼から離れた位置にある別の椅子へと座った。

彼の背後にいるため、見られることもなく読書ができる。
この人気のない空間に人がいるということに違和感を感じたけれど、別にうるさくはしゃいでいるわけでもないので気にするほどではない。

さて、昨日の小説の続きを…と栞を挟んでいたページを開き、文字の羅列を目で追ってゆくに連れ、物語に引き込まれて…


「何読んでるの?」


もう少しで物語に引き込まれるというところで声を掛けられ、ハッとした。
読書に集中していたとはいえ、いつの間にかヒュウガ少佐は私の目の前に立っていたのだ。
全然気が付かなかった…、と妙にドキドキしながら「大衆小説、です」と答える。


「恋愛?冒険?」

「推理です…。」


ち、近い。
何故か私の隣にヒュウガ少佐が座り、その近さから私は顔を上げられずにいる。


「面白い?」

「は、い…。」


近い近い近い!!
私の手元の小説を覗き見ようとするのは構わないけれど、なんか、なんか、とにかく距離が近い!!


「み、見ますか?読み終えたらで良ければですけど…。」

「んーいいや。文字見てると眠くなるし。」

「そう、ですか…。」


じゃぁ何故興味があるように近寄ってきたのだろう。
相変わらず会話は続かないし間も持たない。
何か話すネタとかないだろうか。
ボキャブラリーがただでさえ少ないというのに、相手がブラックホークの少佐となれば余計に何を話したらいいのやら。


「…し、資料室に他の人がいらっしゃるなんて初めてです。何か用事でも?」


可もなく不可もなく、毒にも薬にもならないような話を振ってみた。
……はずだったのに。
彼は何故か妙な間を開けて「………んー……忘れた☆」と笑ったのだ。
何かマズイことでも聞いてしまったのだろうか。
あまり深追いはしない方がいいかもしれない。


「いいんですか?忘れちゃって…。」

「ん♪」

「そ、ですか…。」

「名前、なんていうの?」

「名前、です…。」

「オレヒュウガね。」

「…は、い……」


知ってます、貴方有名人ですから。とは言えず。

駄目だ。
この微妙な間と、会話と、距離に耐え切れない!!

私はイスから立ち上がると、「用事を思い出しましたので、失礼します!」と足早に資料室を後にした。




***




「…はぁ…。」


今日何度目かのため息を吐くと、相部屋の友人に「それで20回目ね。」と言われた。
いつの間に数えてたんだ。
私はベッドにゴロリと寝ころんで布団を頭から被った。

部屋へ戻ってきても、被っても、目を瞑っても脳裏にはヒュウガ少佐の顔が浮かぶ。
仕事中、『いないかなー』なんて目で探したりもしてしまう。

異性に慣れていないせいか、あの距離感とか、会話とかを思い出すだけで照れてしまう私って…。
自分自身に呆れながらも照れるのだけは忘れない。


「あー……どうしたんだろ、私。」

「それ、私が聞きたいわ。」


友人のツッコミから逃げるように私はもぞりと寝る態勢に入った。




***




あ…、今日もいる……。

休憩中の時間を利用して資料室に来た私は、真っ先に彼の存在に気付いた。
昨日と今日と、ヒュウガ少佐は資料室の椅子に座っており、彼は私が来たことに気付くと手を振ってきたため小さくお辞儀で返す。
彼が昨日と同じ位置に座っているためか、瞼に焼け付いた残像が濃くなったように感じた。


「名前ちゃん、今日も読書?」

「あ、はい。」


また定位置を陣取られているため、私が別の椅子に座ろうとすると、「こっちおいでー」と手招きされてしまった。
これはどうしたらいいのだろうか。
中途半端に屈んでいる腰を下ろすことも上げることもせず、ヒュウガ少佐のしたいことがさっぱりわからないため内心首を捻る。


「あ…いえ、ここで大丈夫です…。」


丁寧に断って腰を下ろすと、彼は何を思ったのか「じゃぁオレが名前ちゃんの隣行っていい?」と聞いてくる始末。
席はまだたくさんあるというのに何故近寄りたがるのか。
こんなところ軍の女性陣に見られたりしたら嫉妬が恐ろしい形で返ってきそうなのに。


「…この本に興味、あるんですか?」


遠回しな断り方をしたものだと自分でも思う。
どうせ彼は『ない』と答えるに違いない。
ないならば私に近寄ることはしなくてもいいですよね、そういった意味を含めて。


「ないけど、」

「あーヒュウガ少佐見つけたっ!」

「今休憩中ですよね?」

「一緒にお昼食べませんか?」


あんなに静かだった資料室が一気に騒がしくなった。
3人の女性は私より明らかに立場が上だし、押せ押せ感が半端ない。
心底ヒュウガ少佐から離れた位置に座っていて良かったと胸をなで下ろしたが、その胸が何故かモヤッとした。

『ないけど、』の後が気にならないこともないが、行くなら早く行けばいいのに、と思う反面、行って欲しくないとも思う。
ヒュウガ少佐の人気を改めて間近で見ると、私なんかじゃ手が届かないようにも思えた。


「ごめんね、コナツがそろそろ戻ってこいって探しにくると思うからもう執務室戻るんだよねぇ。」

「えー!じゃぁせめて執務室に戻るまでの間お話しませんか?」

「執務室まで送ってあげます。」

「話し?んー別に君たちと話すこともないし、子どもじゃないんだから一人で執務室くらい戻れるよ。」


うわっ。
なんか聞いちゃいけない毒舌耳にしたような気がする。
空気もなんだか悪くなってきたし、居心地が悪いままここで読書ができるとは到底思えない。
そう判断すると、私は早々に椅子から立ち上がった。
ヒュウガ少佐の視線を感じる中、本を抱えて資料室を出る。
あぁ、廊下に出た途端空気が美味しいと思うなんて。

全く読書できなかったけれど、このまま部署に戻ろう。
更に濃くなった彼を脳裏から振り払うように頭を振り、つま先をそちらに向けると、急に背後から腕を掴まれ、足を止めた。


「読書もうしないの?うるさくしてごめんね。」


わざわざそれを言うために追いかけてきたのだろうか。
別にうるさくしたのはヒュウガ少佐ではないのに。
どうしてこんな風に気遣ってくれるのか。
ますます私の中で彼の存在が濃くなっていくばっかりなのに。


「い、いえ…、気にしてないです。……では、失礼します。」


話しは終わったはずなのに、ヒュウガ少佐は私の腕を離す気はないようだ。
まだ何か用事でもあるのだろうか。
そろそろ離してほしいんだけれど、と視線で訴えても彼は微動だにしない。


「…さっきの続きなんだけどさ。その本に興味はないけど、名前ちゃんのことは知りたいかな。」

「…え?」



焼きついた残像を払う術を私は知らない

(興味があったのは本の方じゃなくて君ってこと。)

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