凛々しいその背が憎く愛しい



私は、家柄にも容姿にも恵まれていると思う。
お金に不自由したことはないし、欲しいものはお父様に言えば何でも手に入った。
幼少の頃から可愛いと言われ育ち、口々に褒めそやされる。
しかし、誰もが振り返る私をあの男だけはその場にいないもののように振る舞ったのだ。
世間一般でそれを『無視』というのだが、あの時はまさか自分が無視されるなんて思っていなかった私は、唖然とその場に立ち尽くしてしまった。


「今、何と?」


そんなことがあった後日、お父様の権力を使ってアヤナミを呼びつけると、当の本人は何故私に呼び出されたのか少しもわかっていないようだった。
そんな彼に私はソファに腰を下ろしたまま、もう一度同じ言葉を投げる。


「だから、跪いて足を舐めてちょうだい。」


右足を少し前に出すと、アヤナミは不愉快そうに眉間に皺を寄せた。

出入り口は一つ、そこにはお父様直下の部下が2人立っており、逃げ場などない。
今ここで私の言葉を無視して部屋を出て行けば部下がお父様に報告をするのは目に見えている。
参謀に一番近いと称される男とはいえ、父に目を付けられるとなると色々と面倒だろう。
私を無視した時点で、アヤナミに逃げ場など無いに等しいのだ。


「何故名前嬢がそのようなことをご所望なのか理解できないのですが。」

「公衆の面前で私のことを侮辱したのよ。当然でしょ?」


数日前を忘れはしない。
向かい側から歩いてきた紫の瞳を持つ男の存在を。
アヤナミの纏った澄んだ空気、凛とした背中、端整なまでの顔立ち。
私が名前を聞こうと投げ掛けた言葉は、見事なほどにスルーされたのだけれど。
その瞬間決めたのだ、私は絶対、あの男に吠え面をかかせてみせると。


「それについては今しがた謝罪したはずですが。」


面倒くさそうに息を吐き出すアヤナミ。
謝る態度ではない。
なんてふてぶてしいんだ。


「別に私は『許す』と言った覚えはないわ。いいことアヤナミ、謝って済むなら警察はいらないのだと庶民は言うそうよ。」


さ、早くして。と少し前に出している右足のつま先でトントンと床を鳴らせば、アヤナミは無表情ながらも私の目の前に片膝をついた。
私がにんまりと笑ってヒールを上手に脱ぎ捨てるとその素足に彼の手が触れる。
冷たいくらいの指に背筋がぞくりとしたけれど、私はそのままアヤナミの顔を黙ってみていた。

嫌味なくらいに整った顔、跪いてもなお醸しでている高貴さ。
貴族の私よりもどこか驕ったところがあるような気がするのは気のせいだろうか。

そんなことを考えているうちに、アヤナミは私の足の甲に唇を寄せた。
指を冷たいと思っていたけれど、唇も若干冷たい。
満足したというよりもそういった感想が先に出た。

私は、見張りのため部屋に呼んでいたお父様の部下2名を手で払い、退室させた。
アヤナミも謝罪したし、これ以上望むことなんてない。

扉を閉める瞬間、部下2名のやれやれといった表情に気付いたが、そんなものはどうでもいい。
慣れっこだから気にしない。


「これで満足か?名前嬢。」

「えぇ、そうね。」


これでヒールを履かせてくれたら文句はないのだけれど、そこまでこの男に求めるのは酷と言うものか。
ここまでさせておいて今更とも思うが、私は今日一番の親切心を働かせて転がっていたヒールを履くために足を伸ばしたが、それはアヤナミの手によって阻まれた。


「何の真似?」


足首を掴まれ、ヒールまであと少しというのだから腹が立つ。
今更逆らうつもりなら外で待機させている使用人を呼ぶのもいいだろう。
彼の冷たい瞳と怒りを孕んだ私の瞳が交差する。
触れて、こうして側に居るというのに何故彼とはこんなにも温度差があるのだろうか。
瞳の中の熱も、触れている体温も、私とは真逆だ。

そんな冷たい手がするりと私のスカートの中に入ってくるなり太ももを撫でた。


「なっ!?!?!何するの!使用人を呼ぶわよ!」

「どうぞお好きに。」


熱を持たない冷たい声だ。
急に不遜な態度を取り始めたアヤナミの手をスカートの中から追い出そうと、彼の腕を掴むが女の力ではびくともしない。
一体なんのつもりなのか。


「名前嬢は初心でいらっしゃるようだ。」

「っ、こ、こんなことして許されるとでも思ってるの?!?!」


信じられない!と声を荒げると、アヤナミは太ももにやった左手はそのままに、右手をソファの肘掛けについて顔を近づけた。
目を惹く彼の顔が、ほんの数センチ動いただけでくっつくくらいに目の前にある。
心臓が、跳ねた。


「許される許されないなど関係ない。お前が他人に喋らなければいい話だ。」


先ほどまでは『名前嬢』と呼んでいたくせに、態度が180°変わったと思えば『お前』と呼び方も変わった。
腹が立つ。
私にはちゃんとした名前があるのだ。
しかも私に『お前』だなんて、失礼にも程がある。
なのにそう言えないのは彼の瞳から目を逸らせずにいるせいかもしれない。
彼の醸し出す雰囲気も、私の反論を許さんばかりに苦しいものだ。


「お、お父様に言いつけるわよ。」

「お前は言わない。こんなことを自分より下の男にされただなどと人に知られるのはお前のプライドが許さないはずだ。現に今、叫ぼうと思えば叫び、使用人を呼べるだろう?それをしないのは他人にこんな姿を見られたくないから…、違うか?」


うぐ、と言葉が詰まった。
その通りなのだ。
こんな醜態を他人に見られるくらいなら今すぐ舌を噛んで死んだ方がマシだ。
何としてでもそれは避けたい。
避けなければいけない。


「噂には聞いていたがここまで躾がなっていないとはな。」

「うるさい!」

「うるさいのはお前の方だ。優しくして欲しいなら懇願してみろ。」

「誰がお前なんかに。っひ、」


太ももを撫でていたアヤナミの手がひどく緩慢な動作で私の秘部に触れた。
下着越しとはいえ、這うようなその手つきがひどくいやらしい。


「私を一目見た途端、通路のど真ん中で頬を赤らめたくせによく言う。」


バレてた。
一気に熱が顔に集中する。
この体制はとにかく無性に羞恥を煽られる。


「今みたいな顔をしていれば少しは可愛らしく見えるじゃないか。」

「うるさいうるさいうるさい!」

「まったく、躾甲斐のある女だな。」


「躾?!?!貴方頭沸いてるんじゃないの?!?!大体こんなことして何になるとっ。」



恋人同士でもない私たちがこんなことをするなんて信じられない。
お父様やお母様には清く正しくいなさいと教わってきたのに、こんなところで、しかもこんな傲慢な男が私に触れているなんて。


「深い関係になっておけば、後々助かるのでな。」


つまりは私の家柄とお父様の権力を利用して出世しようとしているのか。
何が深い関係だ、ふざけないで。
私に興味など微塵もない癖に…私に、興味なんて……。


「今ここで宣言してあげるわ。絶対貴方を私に惚れさせてみせるんだからっ。」


やられっぱなしはプライドが許さない。


「それは面白い冗談だな。まずはその性格を直して出直して来い。」


私の宣戦布告にアヤナミは喉の奥で笑うと、文句を言うために開いた私の唇をうるさいとばかりに唇で塞いだ。


凛々しいその背が憎く愛しい
あぁ、なんて広い的なんでしょう。

(惚れさせて、いつかその背中にドロップキックかましてやるわっ!!)
(その時が来たら返り討ちにしてやろう。)

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