隔てるものは山ほどあるが
「お前なぁ、もうちょっとわかりやすいところにいろよ。」
シスターたちに言いつけられた仕事を終えて、私はまた何か雑用を押し付けられる前にとサボることにした。
いつも違う場所で昼寝をしているせいか、見つけるのが困難とされるのは、決して私が隠れ上手過ぎるわけではないと思う。
この教会が広いのだ。
そして今日も今日とて、フラウは私を探しに来た。
『名前さんがどこにもいらっしゃらないんです!』とシスターたちが口を揃えて、ほぼ私の保護者と化しているフラウに伝えたのだろう。
いつもと変わらぬ光景と現状に、今の私は少なからずとも満足している。
「わかりやすいところにいたらシスターたちに見つかるじゃない。」
いつも私を見つけるのはフラウだ。
それは、私の今の主人がフラウであるからだろうと、カストルさんが推測した。
フェアローレンの鎌である私と、今の主人であるフラウはやはり引き寄せられるのだと。
実際、フラウは大抵そう迷わずに私を探し出すことができる。
フラウだけだ、私を見つけることができるのは。
「だからってこんな茂みに隠れたところにいねぇでもいいだろーが。」
芝生の上に寝転がっている私の隣に、ぶつぶつと文句を言いながらもフラウはドカッと腰を下ろした。
司教とは思えない動作と顔と髪と口調と……とにかく、全てが司教に見えないフラウに、私はゴロリと寝返りを打ってピタリとくっついた。
彼が着ていると違和感しか覚えない司教服を左手で握れば、頭に振ってくるのはフラウの大きくて優しい手。
隠れるのが上手なおかげで、誰かに邪魔されることも見つかる心配もなく、こうして二人きりになって彼に撫でられる瞬間が私は好きだ。
「今日ちょっと暑いね。」
「名前の子ども体温だと余計そう感じるだろうな。」
憎まれ口を叩くフラウの太ももに、寝転がったまま軽くパンチをお見舞いしておく。
この場にラブラドールさんがいたら、『相変わらず仲がいいね』と笑っていただろう。
仲が良くて当然だ。
私はフラウのことが好きで、フラウも私のことが好きだと言ってくれたのだから。
私がシスターから逃げるように隠れるのは、こうしてフラウと2人っきりになりたいからだということも、フラウはきっと気付いてる。
もちろん、雑用から逃げたいというのも嘘ではないけれど。
「フラウ、フラウ、」
名前を呼べば、彼は「物欲しそうな顔しやがって」と呟くなり私の唇に自分の唇を押し付けた。
なんて至福な時なんだろうか。
こんな時がくるなんて、まだ前の主人の時には想像もつかなかったのに。
天界の長によって作られた私の主人は、神の最高傑作と称されしフェアローレンだった。
凛々しく、気高く、真っ直ぐな人。
表情こそ乏しいものの、その心の中は誰よりも清く美しく、私はずっと彼の側に居るものだと思っていたし、また、ずっと側に居たいとも思っていた。
息をするように、それはごく当たり前のことだと。
だけどそれは違った。
神の娘であるイヴがフェアローレンに出会った時から、運命は私にとって歪な形へと成りを変えたのだ。
イヴはよくフェアローレンに会いに来た。
そしてまた、フェアローレンもイヴが会いに来るのを心の中で密かに待ちわびていた。
そんな2人を私はずっと見ていたし、2人の気持ちも知っていた。
主人を取られた気持ちに私はなったけれど、2人が幸せになるならそれでいいと思っていたのに…。
気が付けば、私は全てを失っていた。
主人であるフェアローレンも、イヴも、私の側にはいない。
噂はすぐに耳に入った。
フェアローレンは天界を追放され、イヴは死んでしまったのだと。
ならば私ができることは一つ。
フェアローレンが天界へ戻ってくるのを、今か今かと待ちわびることだけ。
しかし、それすらも許されなかった。
私の次の主人は斬魂だった。
結局、私の運命はいつも天界の長の手のひらの上。
何一つ、自分自身で決めることなんてできないのだ。
自分の運命に、そして唯一私を誰よりも理解してくれていたフェアローレンも失ってしまったことに愁いていると、斬魂は私の涙を強引に手で拭うと、そのまま広い胸板に顔を押し付けてきた。
『いつまでもビービー泣いてんじゃねぇ。オレが自由にしてやっから、自分の道は自分で決めろ。』
そう言って彼は、斬魂という縁を断ち切る07-GHOSTとして、私と天界の長との縁を切ってしまった。
それはあまりにも重罪であるのにも関わらず、驚愕する私を余所に、彼は何事もなかったかのように笑ったのだ。
それ以上に驚いたのが、そんなことがあったのにも関わらず、天界の長は斬魂に何一つ罰を科せなかったことだ。
天界の長は私の愁いを知っていたのだろうか。
だから見逃してくれたのだろうか。
天界に戻ることのできない私には、長に真実を問うことすらできない。
安堵している私に、彼はさらに声を掛けてきた。
『お前、名前ないのか?そうだな…じゃぁ、名前だな。…あ?誰って、お前の名前だろ。』
『それ誰』と問う私に、フラウと名乗った彼が『今決めた』『オレが決めた』『文句は言わせねぇ』と矢継ぎ早に言うものだから、私は押しに負けるとはこういうことかと学んだ。
私の主はフェアローレンただお一人だと心を開かなかった私の心の中に、土足で踏み入ってきた男は、名前をくれた、自由をくれた。
そんな彼に私が恋心を抱くようになるのは、地球が丸いのと同じくらいごく自然な事だったと思う。
カストルさんがシスタードールを愛しているのと同じくらい、いや、もっとそれ以上、私は彼のことが好きだ。
「鼻で息しろって。」
何回重ねても慣れない口づけに、私はいつも息を止めてしまうものだから酸欠気味だ。
フラウは呆れたように、でも愛おしそうに目を細めて私を見るものだから、「だって…。」と言い訳の言葉を一つ呟いた。
こうしていると自分がとてつもなく子どものように感じてしまうのは、いつもフラウに翻弄されてしまっているからなのだろう。
そんな私の服の裾から入ってくるフラウの手は最初こそからかい半分だったが、それは次第に熱を帯びてゆく。
いつの間にか覆いかぶされ、ブラの上からフラウの手が胸を這う。
軽く抱えられて背中へと手が回されたと思うと、ブラのホックをいとも簡単に外された。
ブラ独特の締め付け感がなくなっただけで何と心許ないことか。
「ちょっ、人来たらどうするの、馬鹿フラウっ。」
自分でもフラウの愛撫に溺れていくのがわかる。
わかるけれど、全く抵抗せずにはいられなかった。
何せ今は太陽も高く上っている真昼間なのである。
しかも施錠されている部屋でもなく、外だ。
脱がされずに事に及んでいるとしても、不安要素が多すぎる。
「見つからねぇだろ。誰かさんがご丁寧に見つかりにくいところに隠れててくれたおかげだな。」
別にそういうことがしたくて隠れて待ってたわけじゃないことを、この馬鹿男の脳みその中に叩き込みたい。
私はただ、フラウとキス程度の触れ合いがしたくて……いや、私が馬鹿だった。
私はそれで満足しても、この男はそんなことで満足する男じゃなないことくらい知っていたじゃないか。
「っ、ん、は、」
「声出すとバレっぞ。」
このド変態!と声を高らかにして叫びたい。
じゃぁ私の胸に直に触るその手を離せっての!
恥ずかしくて目が開けられなくなる。
「名前、お前感度良すぎ。すぐ硬くなるな。」
「うっさ、い。」
せめて黙っててくれないだろうか。
むしろその口をシスターたちに頼んで縫い付けてもらうのもいいかもしれない。
そう思った時だ。
ガサリ、と草木が揺れる音がして、私は閉じていた瞳を開くなり驚愕した。
「フェ、アローレン……??うそ、そんな、マスター??」
いや、今の名前をアヤナミといったか。
どうやら私は失念していたらしい。
私を見つけることができるのはフラウだけではないことを。
そう、以前仕えていたフェアローレンも、未だに私の気配を感じ取ることができるのだ。
「邪魔するぞ。」
久しぶりに聞いたフェアローレンの声に、私は鼻の奥がツンとした。
懐かしい。
イヴの前ではその顔、その声で彼女を愛おしそうに見つめていた。
しかしそんな思い出に浸る暇はない。
状況が状況だ。
組み敷かれているこの状況を打破すべく、私は乗っかっているフラウを足蹴にして体制を整えた。
一方、急に蹴られたフラウは、心底不機嫌そうに目を細めている。
まぁ、目を細めているのはマスターも同じなのだけれど。
「ホント邪魔くせぇ。」
空気読めとばかりの声色に、私はワタワタと慌てる。
敵対するフェアローレンと斬魂が対面しているなんて、教会だというのに戦場になってもおかしくない状況だ。
いざとなったら……逃げよう。
私は使われるだけであって、一人で戦うことなんてできないのだ。
「で?参謀長官様がわざわざ教会に足を運ぶなんて、祈りにでもきたのか??」
「笑えない冗談だな。私のものを返してもらいに来た、といえばわかるか?」
フラウへの返答なのに、マスターの目は真っ直ぐに私を見ていた。
ドクリと胸が一際大きく鳴っ……あぁ、とりあえず外されたブラのホック付けたい。
フラウほどの手練れなら、マスターが近くまで来ているのくらい察せただろうに。
わざとか、わざとかなのかこいつ。
「それこそ笑えねぇな。悪いが、こいつは今は俺のものだ。」
「貴様の意見など聞いていない。私が聞きたいのは…」
マスターの視線と私の視線が絡み合う。
それが面白くなかったのか、フラウは自分の背後へと私を隠した。
それなのにどうしてだろうか、未だマスターから見られている感が拭えない。
まるで逃げも隠れも、誤魔化すことさえさせないと告げられているようだ。
フラウはすでに戦闘態勢に入ってるし、マスターは殺気を隠しもしていない。
それが私に向けられている殺気ではないとわかっていても、この辺りの空気は重く、使われるばかりの私には辛いものがあった。
立っているのもやっととばかりに、私はフラウの袖口を握った。
暗に『ちゃんと話させて』という感情も込めて。
「マスター……。私は、今の名前がとても、とても気に入っています。」
この名前をくれた人の側にいたいんです。
そう告げた私に、マスターは最初からその返答がわかっていたといったような笑みを薄らと浮かべると、「そうか。」と呟いた。
何回も転生する間に妥協というものを覚えたのだろうか。
大変失礼なことを思いながらも、人の心の変化というものに関心する。
しかしマスターは「お前の気持ちはわかった」と頷くと、踵を返すなりフラウへと殺気たっぷりに宣戦布告をしてきた。
「今はそれでも良いだろう。しかし忘れるな、お前の主はこの私だ。」
今度は奪いに来る。と言い残して私たちの前から立ち去ったマスター。
以前に比べて少しあくどくなったようだ。
「お前、今が最初で最後のモテ期なんじゃねぇか?」
さっきまでの重苦しい一触即発の雰囲気はフラウの一言で跡形もなく消え去った。
というか、喧嘩売ってんのかこの男。
「どういう意味よそれ。大体マスターとはそういう関係じゃないんだけど。」
マスターは今度は奪いに来るって言ってたけど、果たしてこんな男に身を委ねてしまってもいいのだろうか。
実に不安だ。
「いや、いい男に挟まれてっからどう考えたって生涯最後のモテ期、」
「張り倒すわよ。大体ねぇ、マスターがこっちに来てたの私より先にわかってたでしょ?!?!」
最っ低。
隔てるものは山ほどあるが
何だかんだ言いながらも、私は貴方を信じてるから
(あれ?フラウ、その手形の付いた頬っぺたどうしたの?)
(ラブ、そっとしておあげなさい。)
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