誰よりも君を想う
吐き出した息は白く、空気に溶けるようにして消えていく。
その様を見るだけで寒さを余計感じてしまい、冬も本格的にやってきたなぁと心の中で呟きながらポケットの中へと両手を突っ込んだ。
ポケットの中のカイロが温かく、右手が温まると次はその回路を左のポケットへ入れ替え、左手を温める。
夕方になって急に冷えてきたせいか、街は輝くイルミネーションに彩られ、街行く人は鼻の天辺を赤くして温かい家へと足早で、買い物に来ていた私も早々に帰宅したくなって軍に向かって歩いている。
視界の端に映る幻想的なイルミネーションを見るにしても、一人では寂しいものがあると思う。
何が悲しくてカップルで溢れかえっている夕暮れ時の街に一人でいないといけないのか。
記念日であるというのに、丁度一年前に恋人になったヒュウガは日頃の行いが悪いのか、運が悪いのか、今日に限って遠征中ときた。
恐らく前者だろうとは思う。きっと、必ず、多分。
「あの、すみません、」
明らかに声を掛けられたようで、足を止めて振り向くと、そこには小柄な女性が私に向かってハンカチを差し出していた。
モコモコのマフラーがとても温かそうだ。
「落としましたよ?」
差し出されていたハンカチは間違いなく私のハンカチのようだ。
私は昔から結構ポケットの中の物をよく落としてしまうところがある。
コートを買うときにポケットの深さなどもちゃんと確かめるのだが、今日はそれでも落としてしまったようだ。
きっとポケットの中のカイロを反対側のポケットに移した表紙に落としてしまったのだろう。
今みたいにハンカチを失くすこともあるし、口さみしい時のための飴やガムもいつの間にかなくなっていることが多々ある。
思えば、一年前に書いた手紙もこうして失くしたんじゃないだろうか。
ヒュウガと付き合い始めたばかりの頃に書いた、人に言うのは恥ずかしすぎる私の彼への想いを綴った手紙だ。
あの頃はそんな手紙を渡そう渡そうと思っていたが、いつの間にか入れておいたポケットからなくなっていたし、どこかに落としてしまったのだろう。
今思えば渡さなくて良かったと思う。
若さゆえの過ち、若気の至り、そういった言葉で片付けてしまいたくなるほど浮かれていた気持ちを感情のままに綴ったものだったから。
しかし一年も経った今となっては、あれはあれで良い思い出だ。
あの時の手紙の内容は一人墓場までぜひとも持って行きたい。
「ありがとうございます。」
拾ってくれた女性からハンカチを受け取りながらお礼を言うと、彼女は少し先で待っていた彼氏と思われる男性と腕を組んで広場の方へと歩き出した。
私もハンカチをポケットの中に入れると、そんな2人を背に歩き出す。
軍内に入ればジンジンとしていた耳の痛みも引いていき、そのまま自室へ向かおうとすると、玄関ホールにて受付嬢が私を呼びとめた。
「名前さんに花束とお手紙が届いておりますよ。」
「はぁ……?」
一体どこのだれが私に花をプレゼントするっていうんだ。
思い当たる人物が出て来なさ過ぎて一瞬耳を疑ってしまった。
受付嬢から花束を受け取り、宛名を見ると予想もしなかった人物の名前が書いてあった。
ヒュウガだ。
もしかして遠征に行くからと、前もって届くようにしていてくれたのだろうか。思わぬ気遣いに内心驚く。
こんなことをしそうな男なんてハルセさんかカツラギさんくらいのものだと思っていたのに、意外とマメな男だったのか、彼は。
自室に戻り、ソファに座るなりお次は手紙の封を開けた。
職業は同じだけれど、部署が違うためあまりヒュウガの字は見慣れない。
彼はどちらかというと気持ちを文字にしたためるより言葉にしてしまうから。
こんな珍しいことばかりしている彼がちゃんと帰ってくるのか、自分の死期を悟ったんじゃないかと不安になりながら文字に目を通す。
そこには彼の気持ちが綴られていた。
付き合えて嬉しいとか、出会えたことに感謝してるとか、読んでいるこちらが照れくさくなってしまうような内容で、どうにも居たたまれない。
彼は一体どんな顔をしてこれを書いたのだろうか。
手紙を読み終わり、テーブルの上に置いていた花束を見つめていると、背後から現れた両腕に抱きしめられた。
彼の気配がないのは相変わらずで、心臓に悪いったらない。
「ただいま♪」
「おかえりなさい。」
いつもだったらここで『気配消して入って来ないでっていつも言ってるでしょ!』と叱るところだが、今日はそんな気持ちにはなれなかった。
「遠征、思ったより早かったんだね。」
「ん♪名前が待ってるかなぁって♪」
安易に私のために頑張って終わらせてきたんだと告げる彼は隣に座るなり「ごめんね」と謝って来た。
「せっかくの記念日なのに仕事でごめんね。」
「まぁ、こればっかりはどうしようもないわよ。…花束も貰ったし、これで許してあげる。」
一年経った今日もまた一つ、彼の一面を見れたことだし、これで±ゼロのような気もする。
私は私で今日の休日をショッピングをしたりして楽しんだことだし。
「それに…、手紙も、ありがと。」
いろいろと照れくさい気もするけれど、私はこの手紙をいつまでも大切に取っておくのだろう。
シンプルなデザインの中に、シンプルな愛の言葉。
それはあまりにもストレートだったけれど、それが紛うことなき彼の想いなのだろう。
「手紙?何それ?」
キョトンとした彼に私もキョトンとし返す。
宛名は確かにヒュウガのはずなのに。
もう一度宛先を見直して、私の名前を確認する。
良かった、間違っていないようだ。
これで別の女の名前が書いてあったら、ヒュウガはきっと明日から仕事に行けない体になっていただろう。
しかしよくよく見ていると、消印が一年前ということに気が付いた。
「あれ?この手紙、消印が一年前だ…。」
「あぁ!あれ!あれだよね?!?!」
思い出したように声を上げるヒュウガを睨む。
「あれって何よ。覚えてるなら最後の一文くらい言葉にして言ってみてよ。」
私の感動を返してくれ。
頬を膨らませると、彼は意外にもあっさりと口を開いた。
「『誰よりも名前のことを想ってるよ。』…でしょ?」
「……忘れてたくせに…。」
一年前の消印ということは、私と付き合い始めた日に書いたのだろう。
最後の一文を言葉にされて照れくささを思い出した私は憎まれ口を叩きながらそっぽを向いた。
そんな中、彼に抱き寄せられたが抵抗する気はない。
「出したことは忘れてたけど、内容とその手紙を書いてる時の気持ちは今も覚えてるよ♪なんなら全部音読してあげよっか??」
「いいいいらないっ!そういうのいらないっ!!!」
こっちは手紙の内容だけでお腹いっぱいなのだ。
それ以上されたら息切れ動悸眩暈がしてしまう。
「そ?♪でもオレの方こそお礼言わなきゃね☆手紙ありがと♪」
今度は私の方が『手紙??何それ』と首を傾げる番だった。
手紙なんて最近書いた覚えがない。
ヒュウガのように粋なことをした覚えだってとんとないのだ。
「いやいや、私は手紙なんて書いてないけど?」
「書いたでしょ?一年前☆」
『一年前☆』とウインク付きで言われた私は瞬時に顔を引きつらせた。
一年前…となると、思い出すのはあの恥ずかしい手紙だ。
結局ヒュウガに渡せずにいたまま失くしてしまったと思っていたのに、何故彼があの手紙の存在を知っているのか。
ぶわぁぁぁと顔が一気に赤くなってゆく。
「え?な、は?え?なんで、手紙のこと……う、わぁあぁぁぁ!なんでっ?!?!なんであの手紙のこと知ってるのっ?!?!」
「拾った☆」
「嘘つけぇっ!!絶対盗ったでしょ!絶対盗ったでしょ!!」
いたたまれずにわたわたと何故か慌てだす私を、ヒュウガは楽しそうに傍観しながらも抱きしめて離さない。
私としては必死に別室にでも逃げようとしているのに。
なんて男だ。
「あーもう駄目だ、恥ずかしい。このまま消えてなくなりたいー!!」
「なくなったら困るんだけどなぁ。」
「うるさいうるさいうるさい!あぁー破り捨てるからあの手紙返して!!」
そうだ!
それが一番だ!!
後頭部殴って記憶を消さないだけありがたく思ってほしい。
しかし、名案が浮かんだというのに、ヒュウガはニッコリと笑ってばかりで頷きやしない。
「ヤダ☆」
「うぁあぁぁぁ恥ずかしいよー!!」
「じゃぁ恥ずかしいついでにもう一つ。」
「…何よ。」
これ以上の恥ずかしいことなんて何もないと思う。
ジト目で見る私の手に自分の手を重ねたヒュウガはその黒い瞳を真っ直ぐに私に向けた。
「これからの名前の人生、オレに預けてみない?」
誰よりも君の事を想う
(それってつまり…、)
(まぁ、答えは『イエス』か『はい』しか受け付けないけどね☆)
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