少佐←こっちむいてホイ→兵長



暖かい陽気に誘われるかのようにやってきた睡魔を振り払うため、数回頭を振ってみたが効果は薄く、眉間を軽く揉んでみるがこれまた効果なし。
これではダメだ。仕事中なのに眠ってしまいそうだと、ペンを置いて一息入れることにした。
んー、と伸びをすれば、静かだった執務室の全員が顔を上げて息を吐き出す。
どうやらみんなも休憩を入れたかったようだ。


「コーヒーでも淹れましょうか。」


いつものようにカツラギ大佐が腰を上げようとする中、珍しくもヒュウガが我先に「オレがいれるよ。」と腰を上げた。
いつもならダラリと四肢を投げ出して気だるげに椅子にふんぞり返っているというのに、珍しいこともあるものだ。


「どうしたの?具合でも悪いの?」

「ん〜?なんかいったかなぁ〜?」


給湯室に行く前に頬を軽く抓られて、今度は憎まれ口を閉じてコーヒーを待つ。
しかしやはりというか、コナツもクロユリ中佐も天変地異の前触れじゃないかとすら騒いでいる。
どうしてだろう、ものすごく気持ちがわかる。
内心強く頷きながら、引き出しから読みかけの小説を取り出し、1ページを読み進めた頃ヒュウガが戻ってきた。
机に置かれたコーヒーを一口啜り、ん?と首を傾げる。
なんか、甘い気がする。


「ヒュウガ、私の砂糖入れた?」

「入れてないよ。」


しかしもう一口飲んでみたがやはり甘い気がする。
これは絶対入っている。


「えー入ってるよー。ほら、飲んでみて?」


カップを差し出したが、ヒュウガは一向に受け取らず、首を横に振る。
別に入っていても気にならないのだが、…何故だろう、むしろヒュウガの反応の方が気になった。
いつもなら『あだ名たんと間接キスだね☆』とか言って茶化してくるのに。

怪しすぎるヒュウガの反応に、これは何か入れたなとセンサーが働いた。
ヒュウガ専用(面倒事に巻き込まれる)センサーだ。
上司が優しくしてくれるようになる壺とか買ってるヒュウガを知っているからこそ、嫌な予感が拭いきれない。


「…なんか、入れてるよね。」

「いれてないよ☆」


爽やかなくらいの笑顔に、私の直感は正しかったのだと思い至った時にはカップとヒュウガの胸ぐらを掴み、無理矢理コーヒーを飲ませていた。
何を入れたのかさっぱりわからないが、道連れだ。何が何でも道連れにしてやる。
どうせヒュウガのことだから惚れ薬とか媚薬とかしょうもない薬を入れたに違いないと確信していると、そらきた。
瞬きをした瞬間、私の周囲の景色は変わっていた。


「あれ…?」


広くて綺麗な執務室でも、第一区でもないその見たことのない土地に私は一人立っている。
と思っていたら瞬間的にヒュウガが隣に立った。
やはり、あのコーヒーに何か入っていたんだと頭が痛くなってくる。


「ちょっとそのサングラス叩き割ってもいい?」

「ここどこだろうねぇ?」

「それ私のセリフ!」


見渡せば人っ子一人いない町のようだ。
当の昔に人は住んでいないのか、寂れ、壊れ、崩れている。
しかも少し離れた場所に見える、高く聳えた壁が異様な雰囲気を醸し出しており、その圧迫感に押しつぶされそうな錯覚さえ覚えていると、家々の間から私達以外の誰かがこちらに向かって来ているのが視界に入った。
人だ。…なんか、でかいけど。
8mはあるであろうその人は服を一切纏っておらず、私達を踏みつぶさんばかりに迫ってくる。
なんだろう、この光景、前にもどこかで見たような気がする。


「巨人だねぇ♪ここがどこか話し聞いてみよっか☆」

「うーん…なんかさ、ちょっと…ヘンじゃない?」


あの巨人、まるで獲物を捕らえたような目をしている。
そう思っていると、目の前に差し迫った巨人は無遠慮に私をその大きな手で掴み、あろうことか盛大に開けた口の中に放り込もうとした。


「…は?」


私なんか食べてもおいしくないんですけど。そう叫ぶ前に、ヒュウガの刀によって助け出された私は地面に落ちながら体制を捻り見事に着地してみせた。
どうやらヒュウガが巨人の腕ごと斬り落としたようで、その時に飛び散った巨人のちはまるで蒸発するように消えてゆく。
しかし巨人は雄叫びのようなものを上げながら更に私たちを捕食せんばかりに追ってきた。
どうやらここで食物連鎖の頂点に立っているのは人間ではないらしい。
そう理解した時、緑のマントと共に風が駆けた。
うなじを削がれ、地に伏した巨人は先ほどの血や腕と同じように蒸発して跡形もなく消え、代わりにその場に降り立ったのは一人の小柄な男だ。


「お前ら、こんなところで何をしている。」


射殺されそうなほどの目つきは、元からなのか、それとも今向けられている敵意からくるものなのか。
ヒュウガは消えた巨人と、瞬時に巨人を殺した彼に興味を持ったのかどこか楽しそうに笑っている。
その一方で私は、見たとこのある彼に漸く自分たちがどこにいるのか理解した。
人を食べる巨人、そしてこの緑のマントに描かれた自由の翼。
なるほど、私たちは今、自室の本棚に並んでいるであろう『進撃の巨人』という本の中というべきか、とにかく異世界にいるようだ。


「リ、」


ポツリと呟いたたった一言にヒュウガと彼の目線が私へと向いた。
恐らく彼らの目には、瞳をキラキラと輝かせた私が見えているに違いない。


「リヴァイ兵長だー!!!」

両手を合わせて飛び跳ねんばかりに喜ぶ私は、ドシンと重たい足音を立てて新たにやってきた巨人になど見向きもせずに彼に近寄る。
何だこの女。としかめっ面でこちらを見られるが、それもまた良し。
人類最強と称される彼が、本の登場人物の中で一番好きだったのだ。
まさか会えるとは思っていなかったせいで興奮も一入。


「おいてめぇら、この壁の外にどうやって出たかは知らねぇが話しは後だ。」


ブレードを構えた兵長はどうやらこちらに向かって来ている巨人を倒しに行ってしまうようだ。
もう一度兵長が巨人を削ぐところを見たい気もするが、一口しか飲んでいない薬の効果はどうせ長くは持たないはず。
今までの経験から察した私はヒュウガに目線を向けた。


「ちょっとヒュウガ、あそこの巨人倒してきて。うなじ削がないと殺せないからね。よろしく!」


労いの言葉は不要だろう。
リヴァイ兵長が一個旅団並みの戦力を持ち、ミカサが1人で100人の兵士に匹敵すると言われているのならば、ブラックホークでありヴァルスファイルのヒュウガはどう称されるのか。
ヒュウガであれば傷一つ負わずに戻ってくるのはわかりきっている。

ヒュウガは若干不満そうではあったが、巨人という見たこともない生き物と闘いたいという男の性なのか軍人の性なのかわからない興味にも似た感情を優先させることにしたようで、こちらへ向かって来ていた巨人を一体、二体とうなじを削いでいく。

そんなヒュウガを尻目に、私はリヴァイ兵長に会えた興奮は未だ冷めやらず、ヒュウガの動きに目を瞠っていた兵長と半ば無理矢理握手をして、潔癖症の兵長には嫌われるだろうが、今日はもう手を洗わないと誓った矢先。
視界がボヤケ始めた。
どうやら時間はもうないらしい。


「リヴァイ兵長、私兵長のこと応援してますから!女型の巨人には気を付けてくださいね!足怪我しないようにですよ!」

「おい、何言ってやがる。女型?てめぇら何者だ。」

「兵長のファンです!」

「あ゛?頭沸いてんのか。」


もっと兵長とおしゃべりしたかった。
帰るまでの時間が短すぎだ。
兵長の刈り上げ触りたかったし、独特な紅茶の飲み方もこの目で見たかったし、一回でいいから蹴られたかった。
怪訝な顔をしているリヴァイ兵長の背後から、オルオやぺトラちゃんたちの姿が遠くに見えたが、瞬きをした瞬間にはもういつもの執務室にヒュウガと共に居た。


「帰ってきちゃった…。」


残念すぎて肩を落とすが、ヒュウガはつまらなさそうにこちらを見ている。
なんだろう、巨人との戦闘があっけなさすぎて面白くなかったんだろうか。


「少佐も名前さんも、一体どこ行ってたんですか?!?!急に消えたからびっくりしたんですよ!」


コナツくんが心配したと近寄ってくる。
時計を見ると時間の進みは同じだったようで、ものの15分と経っていない。


「ちょっと兵長に会ってた。」

「…はい?」


執務室に居た皆が首を傾げている中、私はヒュウガに向かって手を差し出した。
差し出された彼はキョトンと首を傾げたが、どうせヒュウガの事だからどうして私が手を差し出しているのかわかっているはずだ。

無言を貫いて手の平をヒュウガにより近づけると、彼は天井を仰いでため息を吐き、渋々といった顔で内ポケットから透明な液体の入った小瓶を取り出した。


「はいありがとう。私、他にも会いたい人いるんだよねー。またリヴァイ兵長にも会いたいし。次は誰に会いたいかなー。」

「…やっぱりあげなーい。」


あのキャラにも会いたいし、あのキャラにも…と一人想像して頬を緩ませていると、ヒュウガの手によって小瓶が取り上げられ、しかも隠すかのようにポケットへと早々に仕舞われた。


「なんで?!?!」


ひどい!
私が見つけた癒しを奪うというのかこの男は。
私はまだ薬を盛られたことを怒ってるんだからね、と腰に手を当てると、ヒュウガは周りに聞こえないように私の耳に口元を寄せ囁いた。



少佐←こっちむいてホイ→兵長

(あのさ、あだ名たんはオレだけ見てればいいと思うよ。)

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