共通語の行方
「ヒュウガ!ちょっとそっち押さえてて!!」
まだ陽も高い平日に仕事もしないで私は準備に慌ただしく動いていた。
仕事よりもやる気に満ちているのは自分でもわかっている。
だって今日は特別な日なのだから。
『アヤナミ様、お誕生日おめでとう!』と書かれた紙を壁に張ろうとしたが、思っていたよりも大きいその用紙を押さえきれずにヒュウガを呼ぶと、輪つなぎを天井から吊るしていたヒュウガは、手を止めてこちらを手伝いに来てくれた。
「これで良し!と。」
腰に手を当てて斜めになっていないか確認するが、きっちり平衡を保っているようだ。
アヤの性格上、きっちりしていないと文句を言われそうなので、とりあえず安堵する。
模造紙に文字を書くときには『HAPPY BIRTHDAY』と横文字にしようかどうか迷ったが、手書きの文字といい、味があるな…と一人満足して数回頷いた。
アヤが仕事終わって帰ってくるのを皆で待ち構えて盛大に祝っちゃおう大作戦は本日決行のため、次は何をしようかとアヤの自室を見回すが、結構飾り付けも終盤のようだ。
子どもっぽさもありながら、少し派手すぎただろうかと思うほど部屋全体に飾り付けしてあるが、これも私達ブラックホーク(アヤを除く)の努力の結晶だ。
だって今日は上司であり、恋人でもあるアヤの誕生日なのだから、頑張らない訳がない。
ヒュウガは例に違えずサボりでこの場にいるのだが、ヒュウガと私以外は、飾りを作るのこそ手伝ってくれたが、今は仕事中のためこの場にいないことが残念だ。
「オレそろそろアヤたんに怒られそうだから、先に戻るね☆」
「わかった。またあとでね。」
背が高いヒュウガは高い位置の飾り付けに大いに役に立った。
これほど役に立ったことがあろうかと思うほどに。
そんな彼を見送って、私は飾り忘れがないかチェックしながら床に散乱しているガムテープやら紙屑やらを拾って回っていたが、ヒュウガに張り付けて貰った高い位置の飾りが取れそうだったため、もう一度脚立に上る。
「アヤ、喜んでくれるかな…。」
発案者はヒュウガだが、我先にその案件に乗ったのは私だった。
恋人同士になって初めての誕生日となれば気合も入るというもの。
仕事の関係上、今日はお互い休みが取れなかった分、仲間同士で今日は祝い、後日二人だけで祝うというのもいいかもしれない。
まだ2人で祝えるとわかっていないのに、想像しながらふふふ、と内心ワクワクしていると、ガチャと部屋のドアノブが回り、今まさに想像していた人物と目が合った。
何故こんな陽も高い時間に彼が自室に帰ってきたのか。
「え?アヤっ?!?!なんでこんなに早くっ?!?!っ、わっ!」
思いもよらぬ人物に、自分が脚立に乗っていることなど忘れた私は態勢を崩し、落下しそうになったものの、アヤが寸でのところでキャッチしてくれたおかげで床との顔面衝突は避けられたようだ。
「死にそうなほどの頭痛はどうした。」
今朝、アヤには『もう動けないくらの偏頭痛で、吐き気眩暈腹痛もしてきたから今日は休むね…。』と伝えた手前、この状況は芳しくない。
むしろ、マズイ。
夜にはどうせバレることではあったが、今バレるのと後でバレるのとでは違うのだ。
私の精神的に。
実際、アヤは鋭い双眸でこちらを見下ろしている。
寿命が縮まるんじゃないかとすら思えるほどだ。
戦場では味方だからいいものの、これで敵だったら裸足ですたこら逃げ出している、絶対に、間違いなく。
「えっとー…。な、治っちゃった。ハッピーバースデー、アヤ。」
「誤魔化すな。」
片腕で抱えられたまま、額に強烈なデコピンを食らった。
額が陥没するかと思ったが、窓に映るその額は赤くなっただけでどうやら無事のようだ。
額を押さえながら薄ら涙目でとりあえず謝る。
相手が恋人であれ何であれ、上司は上司。
しかしすぐさま言い訳をできるのは私の特権だ。
「あのね、アヤ、今日お誕生日でしょ?だから今晩は皆で驚かそうと思って。」
「そうか、なら成功だな。すでに驚いた。」
「どこに?」
まだ恒例のクラッカーさえ鳴らしていないというのに。
しかも、今のアヤは平常通りで何に驚いたのかさえさっぱりわからない。
アヤの表情筋はきっと衰退しているんだろう、かわいそうに。
「目に痛いほどの飾り付けがされたこの部屋で、名前が脚立から落ちそうになったところにだな。」
「それはいいから。」
そういうのは忘れて欲しいのに、アヤは意地悪く小さく笑った。
嬉しかったり、楽しかったりした時にはほとんど笑わないのに、どうして私に意地悪言ったりするときはこうして小さくでも笑うのだろうか。
私は全然面白くないのに。
口を尖らせるが、アヤはそんなこと気にも留めていないようで私を抱きかかえたまま寝室へと足を進める。
「ちょっと、え?どこ行くの?寝室?え?」
「名前、お前は今日体調不良で休み…、違うか?」
「そうじゃないような、いや、そうなんだけど…」
仮病です、なんてさすがに言えない。
言ったら絶対私の面の皮は分厚くなる。
「病人はベッドで寝るべき、これも違うか?」
トサリと冷たいシーツの上に下ろされたが、その私に覆いかぶさるようにベッドに乗って来たアヤにものすごく嫌な予感しかいない。
窓こそ閉められているものの、昼間の今、カーテンなんて全開だ。
「そ、そうだけど…寝るの意味がちょっと違う気が…ねぇ、この手なに。」
服の上からといえ、脇腹を撫でて胸に辿りついたアヤの大きな手に嫌な予感は更に増す。
言葉が通じない上に、人の話なんて聞いてやしない。
アヤにも伝わる共通語が欲しいのに、今のアヤに伝わる言葉があるのかすら怪しい。
「ほら、私頭痛で、」
「だから寝せてやっているだろう?」
「だから寝るの意味が…」
「さて、どこが悪いんだったか。ここか?」
首筋に唇を寄せるアヤを必死に押し返そうにも、参謀長官に私如きが敵うはずもない。
アヤは喉の奥で低く笑いながら、「ではここか?」とおでこにキスを一つ落とす。
それから目尻、頬、耳へとキスを落とされる頃にはすっかり諦めもついた。
今日はアヤの誕生日だし、好きになせるのもいい。
「せめてカーテン閉めようよ。」
くちゅり、と耳に舌が差し込まれる音に身を捩ったが返答は返ってこない。
どうやら却下らしい。
「仕事中にいけないんだ…。」
「今は休憩中だ。何をしようが誰も咎めぬ。」
アヤは至極当然のような顔で言ってのけると、漸く私の唇にキスを落とした。
それも、意地悪く笑いながら。
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