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「アーヤーたん♪」


会議から戻ってきた丁度、ヒュウガが訪ねてきた。
あまり歓迎しないヤツだが招き入れる前に勝手に入ってくる。


「何だ。」

「あだ名たんと何かあったでしょ♪」


疑問系ではないそれはどこか確信めいている。


「それが何だ。」

「お遣い、だって☆」

「何だそれは。」

「あだ名たんが逃げ出すためについた嘘♪」


今まで書類に目をやっていたが、ついとヒュウガを見た。


「説明しろ。」

「その前に、何があったのか教えて☆」


ヒュウガは長い足を放り出すようにのばして机の上に座った。

こうなったら話さなければ、ヒュウガも話さないだろう。
それは長年一緒にいる経験がそう言っていた。


「名前が男に絡まれていたのを助けただけだ。」

「絡まれてた??悪い感じで?良い感じで?」


何が悪くて何が良いのかさっぱりだ。

恐らくヒュウガは、怪しまれたことを悪いとし、口説かれていたことを良いとしているのだろうが、私からしたらどちらも気分が悪い。


「後者だ。」

「あは☆あだ名たん可愛いもんね♪嫉妬したんだねアヤたん♪♪」


一体何が面白いのやら。
一度こいつの頭を割って中を見てみたいものだ。


「本人は怪しまれていると思い込んでいたようで俯いていたがな。」

「う〜ん、相変わらず鈍感さんだねぇ。アヤたんが大切にしてくれていることにも気付いてないくらい。」

「黙れ。それより名前の話をしろ。」


机に肘をついて、手の甲に顎を乗せた。


「だから逃げたんだってば♪」


軍の外に。とヒュウガは窓の外を指差した。


「嘘に気づいていたのなら何故止めなかった。」

「だってアヤたんがまたあだ名たん怖がらせたんだろうなぁって思って♪無理矢理側に居させてもどうせ怖がられるだけだから、少しほとぼりが冷めるまで放っておいたほうがいいと思うんだよね、オレ的には♪」


確かにあの時は怒っていたが…。
逃げ出すほどだっただろうか。


「あだ名たん、オレたちとは違うんだから。女の子にはもっと優しくしてあげないとダメだよ♪」

「していたつもりだったのだがな。」

「アヤたんはあだ名たんに甘かっただけだよ。優しくはない。」


鋭いヒュウガの一言にぐうの音も出なかった。

だが、あれは…私のものだ。


「へタレなのに逃げ出すとか、よくやるねあだ名たん♪」

「あれは臆病だが無駄に行動力があるから困る。」


「確かに♪じゃぁとりあえず探さなきゃね。発信機つけてる??」


あぁ、その手があったか。
連れ戻したらつけておくことにしよう。


「いや。名前はおそらく教会に向かったはずだ。」


この世界に居場所のない名前が何も考えずに出て行くはずがない。
名前はそこまで知能は低くない。

だとしたら、この世界の知識が少ない名前が行く場所は、どんな者でも受け入れる教会しかないのだ。

確か、名前が今日読んでいたあの本には教会のことが書かれていたはず。
何せあの本を貸したのは私なのだから。


「でも教会にたどり着くためには区間を出るとき身分証明書がないと通れないよね。」

「あぁ。どこかで行き倒れているかもしれぬ。隈なく探せ。区間警備隊に20歳程の身分証明書を持っていない女が来たら無傷で捕まえろと伝令をだせ。傷つけたら処罰だということを付け足すのも忘れるな。」

「了解、アヤたん♪」








「ここが…教会…」

「体調は大丈夫ですか?」


ホークザイルというものから降りた私は、大きな教会を見て感歎の声を上げた。
すると私を乗せてくれた男の人は私に声をかけた。


この人はカストルさん。

私が歩いて教会への道を歩いていたら出会ったのだ。

いや、それには少々御幣があるのだが…。

つまるところ、行き倒れているところを助けられた。
まさか教会がこんなに遠いところだとは思いもしなくて、お金は一銭も持ってないし、食べ物もないどころか飲み水だってない。

そんな状態で教会まで行けるはずがなかったことを、お説教のようにカストルさんから聞いた。

人気のない道で倒れている私を見つけたカストルさんは、私を乗せて教会へ向かったらしい。
なんていったって彼は教会の司教らしいのだ。

その途中で私は目が覚め、教会へ行くつもりだったと話すと、丁度良かったと意気投合し今に至る。


「大丈夫ですけど…お腹空きました。」


この世界に来てカステラ以外口にしなかった時より幾分はマシだけれど、また倒れる前に言っておこう。
私は学習する女なのだ。


「そろそろ朝食の時間ですからね、行きましょうか。」


柔らかい芝生の上を歩く。
土も芝生もとても柔らかいが、歩きすぎで靴擦れを起こしている足にはやはり痛い。

カストルさんの後ろをピョコピョコ変な歩き方でついて行っていると、後ろから急に誰かに持ち上げられた。


「う、わぁっ!」


私のお尻を腕に乗せるようにして抱き上げたその男はもちろん見知らぬ男。

髪の毛はツンツン、ガラが悪そうなその顔つきは少し怖い。


「カストル、この女どうした。」


男は私ではなく、カストルさんに話しかけた。


「フラウ、女性にそんなことを急にしては失礼ですよ。」


どうやら二人はお知り合いらしい。

司教のカストルさんと知り合いだなんて…良い人なんだろうか。
でもやっぱりガラが悪いからそうじゃないのだろうか。


「オレがしたいんだからいーんだよ。おい、名前は。」


今は抱き上げられているので私の方がこの人より目線が上だ。
そのため、この人は私を見上げた。

近くで見れば見るほどガラが悪い。


「…名前、です。」

「へぇ、名前な。オレはフラウってんだ。」


そういう言うなりスタスタと建物の方へ歩き始めたフラウさんの後を、カストルさんは呆れたような顔をしながらついてきていた。


「何処から来たんだ?」

「えっと、第一区からです。」

「へぇ、一区ね。」


聞いたくせに大して興味がないようにアッサリと復唱された。


「あの、いい加減下ろしてください…」

「ただでさえ重いんだから暴れるんじゃねーよ。」


ひ、ひど!!


地味にショックを受けていると、チラリと横目で見られ、「冗談だ冗談」と頭を撫でられた。


「片腕で持ってられるくらい軽いんだから後でたくさん食え。」


そういえばそうだ。

この人、標準体重の私を片腕で抱き上げてる…。


「重く…ないんですか?」

「あー腕痺れてきたぜ。」

「だ、だから下ろしてくださいって私さっきから言ってるじゃないですか!!」


わたわたと慌てる私に、フラウはケッケッと笑うだけ。
そんな私を見兼ねて、カストルさんが「フラウは鍛えていますから全然平気ですよ。象だって片腕で持てます。」だなんて言ってくれた。

…象…


私は期待の眼差しでフラウさんを見た。
その視線に気付いたらしいフラウさんは私の頬を軽く抓った。


「さすがに象は無理だろ、バカ。」


フラウさんは私を下ろすと、頭に手をポンッと置いた。


「よーく洗ってもらえ。」

「え?」

「まぁ!!」

「なんて可愛らしい子羊さん!」

「隅々まで洗って差し上げますわ!!」


後ろを振り向くと、シスターのような格好をした人が3人立っていた。
いや、『ような』ではなく、おそらくシスターなのだろう。
なんせここは教会なのだから。


「え、ちょ、ちょっと。」


助けを求めるために前を振り向くも、すでにフラウさんとカストルさんの姿はなく。
私はシスター達の好きに洗われるはめになった。


20歳過ぎて人に体を洗われるという体験をした私は、精神的にグッタリとしてお風呂場から出た。

着ていた服は綺麗に洗濯されているらしく、教会の服を貸してもらった。

丁度着替え終わった頃、フラウさんがズカズカと入ってきた。

着替えた後だったからいいけれど、着替え中だったらどうするつもりだったんだろう、この人。


「行くぞ、名前。」


また抱き上げられた私。


「あ、あの…なんていうか…私、別に足が不自由でもなんでもないんですけれど…。」


私のセリフを無視してある一室に入ったフラウさんは、椅子の上に私を座らせた。

部屋にはカストルさんともう一人、おっとりした男の人が立っていた。

ついと足を持ち上げられた私はビックリして椅子ごとひっくり返りそうになったけれど、フラウさんが助けてくれる。


「少しは大人しくできないのかお前。」

「大人しくさせてくれないのはフラウさんじゃないですか…。」

「ラブ。」


フラウさんが私の足を見てそう呟いた。


「うん。」


すると、おっとりしたその人が私の靴擦れを魔法のような何かで治した。


「これで歩けるだろ?」


フラウさんは気付いていたらしい。
私の靴擦れに。

口も目つきも悪いと思っていたけれど、案外いい人なのかもしれない。


「ありがとう…ございます…。」


……


「今の、何ですか??え?魔法??魔法ですか??」


治してもらったことは嬉しいけれど、それ以上に頭がパニックだ。


「ラブは癒し系のザイフォンなんだよ。」

「ざいふぉん??」

「お前、知らないのか?」


コクリと頷くとフラウさんとカストルさんが顔を見合わせた。


「着ていた服は行き倒れていたせいで多少汚れていましたが身なりは良く、お風呂も毎日入っているようでしたが…名前さんはどうして教会へ来ようと思ったのですか??」


カストルさんの質問に、私は目を泳がせた。
泳がせた先には窓があり、その窓からは私の着ていた服を干しているシスターが見えた。

今日は天気がいいからすぐ乾くだろう。


「ま、いーんじゃねーか。ここに来る人間なんて大方訳ありじゃねーか。」

「うん。そうだね、フラウ。」


私の傷を癒してくれた人が頷いた。


「ボクはラブラドール。ここはそういう場所だよ。」



サンクチュアリの掟が存在し、教会に逃げ込み庇護を求めた者は何者でも受け入れる。
そして、軍や政府が手を出すことが出来ない区間。

それが教会のある第7区。


私の頭の中で、アヤナミさんに借りた本の内容が反芻された。


「名前、貴様に神のご加護を。」

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