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「名前、メシの時間だぜ。」
「ご飯?!」
ちょうどお腹が空いたと思っていた頃、昼ご飯だとフラウさんが呼びに来てくれた。
のほほんと木に寄りかかって本を読んでいた私は立ち上がった。
「お腹空いたー!」
両手を挙げて背伸びをし、ハタと動きを止めた。
「…今日のお昼、アイフィッシュじゃないですよね??」
一昨日、この教会に来たばかりの私に出された昼食を思い出して背筋を凍らせた。
あれはいただけない。
食べ物として認識してはいけないと思う。
結局一口も食べきれずに残したっけ。
スープくらい飲めとフラウさんに言われたけれど、アイフィッシュのエキスが入っているだろうから飲めもしなかった。
「あぁ、確かアイフィッシュだって言って…」
「むむむ無理!あれだけは食べれないですって!!」
「ような気がするけど確か違ったと思うぞ。」
意地悪な笑みを浮かべるフラウさんを私はついと睨んだ。
「騙しましたね。」
「人の言葉を遮ったのは名前のほうだろーが。」
乱暴に頭を撫でられた。
というよりグシャグシャにされたと言ったほうがいいだろうか。
「フラウさんの意地悪大魔神!」
「騙されるほうが悪いんだよバーカ。」
「あー!騙したって認めましたね!!」
軽くバシバシと叩くが、彼はびくりともしない。
「暴れるな子ザル。」
「サル?!?!動物ですか私?!?!」
言葉の攻防戦を繰り返していると、カストルさんのシスタードールが私とフラウの頭を叩いた。
「早く来ないとお昼抜きですよ、二人とも。」
私の方は手加減されているようだけれど、これが結構痛い。
というか、それよりカストルさんがお怒りだ。
早くご飯食べにいかなければ本当に抜きにされてしまう!!
私はフラウさんを置いて駆け出した。
が、もちろんあっさりとフラウさんに追い抜かれてしまう。
「置いてかないでくださいよー!」
子供みたいな人だ。
でも、あの日…。
私がアイフィッシュを食べれなくてお腹を空かせていたあの日。
おにぎりを握ってきてくれたフラウさんは誰よりもいい人に見えたのだ。
アヤナミさんが用意してくれたお粥と同じくらいおいしかった。
「ん〜これほど探しても見つからない……となると…」
ヒュウガは一人ごとのように呟いた。
「第一区を出たか。」
アヤナミの耳にはしっかりと届いており、その言葉に続いた。
「どうやって出たと思う?」
「愚問だな。」
身分証を持っていて、検閲に引っ掛かることさえなく、あまつさえ他人を別の区に入れることができる人物など限られている。
「第7区までたどり着いたか。」
「みたいだね♪1区から7区に行くために通る関所に問い合わせてみたら3日前に司教と20歳ぐらいの女の子が7区に入っていったって報告があったよ☆いや〜あだ名たんってば悪運最強♪」
どこかで行き倒れているか人売りに連れ去られたものかと思っていたが、司教と共に7区とはまた厄介なところにまで行ってくれたものだ。
あそこはサンクチュアリの掟が存在する。
軍は表立って侵入することは不可。
そう、表立っては。
「ヒュウガ、密偵を送り込め。名前がそこにいると確証がつき次第連れ戻しに行く。」
「了解♪でもさぁ、あだ名たんにそこまで固執する必要、ある??」
「何が言いたい。」
「側に置いていても利用価値、全然ないよ?後ろ盾も伝も何もない。強くもなければ自分を守ることさえできない。ね、ここでハッキリさせておこうよアヤたん。アヤたんはあだ名たんが好きなの?」
それならオレはアヤたんの恋路のために全力尽くしちゃうよ♪
ヒュウガはそう言って笑った。
「カストルさん、何してるんですか??」
お昼を食べ終え、ひょっこりと後ろから顔を覗かせたら、カストルさんは笑って目の前の席を勧めてくれたので、お言葉に甘えて座る。
「読書をしていたんですよ。名前さんは中央図書館へ何しにいらしたんですか??」
「私はちょうど読み終えた本を返しついでに、新しいものを借りようかなと思ったところなんです。」
「そうですか。ここには歴史書から恋愛小説までたくさん本がありますから、迷われるでしょう?」
「そうなんですよ。」
ニコニコと笑って話していると。私の横にフラウさんがドカッと座ってきた。
その姿はもはや司教ではなくヤンキーでしかない。
「フラウさんが本読むなんて珍しいですね。」
フラウさんは持っていた本を広げた。
私達からは中身までは見えないけれど、何やら歴史書のようだ。
「オレだって読書くらいするんだぜ。惚れるなよ。」
「自惚れ屋さんですね。」
「上等だ名前。喧嘩なら買うぜ?」
フラウは本を閉じて机の上に置くとグシャグシャと頭をかき回してきた。
「いやー!グシャグシャになるじゃないですかー!!」
「お二人とも、ここを何処だと思っていらっしゃるんですか?」
静かに燃える青い炎のようなオーラを出して、カストルさんはピシャリと怒った。
「ごめんなさい。」
帝国で怖い人はアヤナミさんだけれど、教会で怖い人はカストルさんだと最近よく思う。
怖さの度合いが全く違うけれど。
「じゃれ合うのは結構ですが、場所を考えてください。図書館で騒がない。小さい頃に習いませんでしたか?」
「習いました。」
私は反省して大人しく謝ると、髪を整えた。
鏡は手元にないしブラシもないから手櫛で適当にだけれど。
「フラウさんが読んでいる歴史書って面白いですか??私にも見せてください。」
フラウさんが読んでいる本だ、きっと私にも読めるだろう。
色々とフラウさんに失礼だけれど、事実なのだから仕方ない。
閉じられている本をペラリと捲ると、中身は…あはんうふんなせくしーぽーずの女性の姿。
パタリと閉じた。
……何なんだ今のは一体。
見慣れぬ格好な上、無理そうな体勢でえろちっくなポーズの女性が見えたような気がしたけれど、背表紙も表紙もしっかりと『セブンゴーストとその歴史』と書いてある。
「…えっと……」
気のせいかな?と思い、もう一度捲ろうとすると今度はカストルさんに止められた。
「こんなもの見てはいけませんよ。即刻処分しましょう。」
「…カストルさん…、これが司教だなんて世も末ですね。」
エロ本なんて初めてみました、私。
「えぇ、本当に。同じ司教として恥ずかしいです。」
「おい、てめぇら。」
エロ本を没収されてフラウは面白くなさそうに図書室を出て行く。
私は急いでその後を追った。
「フラウさん、ごめんなさい、私のせいでカストルさんにバレて…。その…没収されてしまって…」
フラウさんは私の方を横目で見下ろすと、また頭を撫でた。
「それくらいで怒りゃしねーよ。どうせまた買うから。」
「……懲りないんですね。」
「おぅ。」
私はそんなフラウさんがおかしくて、小さく笑った。
アヤナミさんだったら絶対怒ってた。
あ、でもあんな本を持っているのかさえ疑問だけれど。
一人でそう思いながら笑った。
「ねぇフラウさん、セブンゴーストってなんですか??」
「神様。」
「これがセブンゴーストの像なんですよね?」
「あーそうだな。」
「セブンっていうくらいだから7人いるんですか??」
「だろうな。」
「この像はなんていう名前の神様なんですか?」
私が立ち止まって神様の像を指差すと、フラウも同じように立ち止まった。
「…」
「フラウさん??」
「斬魂。」
「ぜへる??」
「あぁ。」
運命の赤い糸の神様がいることを私は知っている。
なら、この神様はなんの神様なのだろうか。
「フラウさん、この神様って何の神様なんですか??」
「そんなに気になるんならさっきの『セブンゴーストとその歴史』をカストルから返してもらえ。」
「あの本改造してあって中身違うじゃないですか!」
しかもフラウさんのせいでしょう!!
そう怒れば、フラウは頭を掻いた。
「あーあれだ。悪い縁、つまり因縁を断ち切るんだよ。」
……悪い、縁…??
私は小指を目の高さにまで上げた。
私の小指には運命の赤い糸がついているらしい。
それは皆ついているらしいけれど、私の相手はよりにもよってアヤナミさん。
信じたくても信じたくないのが現状だ。
「…ねぇフラウさん…」
「あ?」
「赤い糸も、斬れるのかな?」
そう呟いて、私はハッとした。
何を言っているんだろうか、私は。
「な、何でもないです!!」
私はその場から逃げ出すように駆け出した。
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