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怖い人。
それがまずあの人の印象。
少し優しい人??
それが次の印象。
優しさを見せたかと思うとまたすぐに怖くなるから、結局は怖い人のまま。
私は腫れぼったい目を開けて、天井を見上げながらそんなことを思った。
初めて出会ったとき、アヤナミさんは私を助けてくれた。
殺されそうになった私を、至極当然に。
次に助けてくれたのはコナツさんの書類…正確にはヒュウガさんの書類を経理課に届けに行った帰り、男の人に怪しまれた時。
あの時もアヤナミさんは助けてくれた。
あれ?そういえば…私、アヤナミさんにお礼言ってない…。
助けてもらったのに謝ってばかりいて、肝心なことを言っていない。
ムクリとベッドから起き上がり、適当に着替えて外に出た。
中庭に足を運ぶとラブラドールさんがそこに居た。
何だか引き寄せられたかのような気分でいると、「座って。」と物腰柔らかい声で言われたので座る。
すると、目の前に花の浮かんだお茶を淹れてくれた。
白い花が浮かんだお茶というより、カップの中で咲いているように見える。
「いただきます…」
ゆっくりと口をつけると、それを嚥下した。
「……う゛、苦い…」
何かの薬草か何かだろうか??
「そう…。キミにはそのお茶は苦く感じるんだね。」
…キミには??
「人によって味が違うんですか?」
「そうだね。自分の気持ちから逃げている人には苦く感じるんだよ。」
私は下を俯いてカップを置いた。
「自分の気持ちから逃げていない人は甘く感じるんですか?」
「そうだよ。逃げるということはとても辛いでしょう?」
…ぐ、と息が詰まった。
「キミは何から逃げているの?」
「…人から。」
アヤナミさんから。
「違うよ。名前ちゃんの心から逃げているんだよ。それは恋愛?信頼?友情?」
「…わからない…わからないんです。」
私はアヤナミさんが怖くて逃げてきたの。
どうして皆私を責めるの?
私はその場から駆け出した。
私はこの世界に来て逃げ出してばかりだ。
都合が悪くなったら逃げる。
何だかそれが当たり前になりつつある。
…ううん、当たり前になっている。
アヤナミさんから逃げて、フラウさんから逃げて、ラブラドールさんからも逃げて。
更には自分の気持ちからも逃げた。
全てが怖くて、その場に居たくなくて。
逃げ足ばかりが速くなったような気分だ。
「名前!」
前を見ずに走っていると急にフラウさんの声が聞こえて、腕を掴まれた。
「どうした?」
訝しげな顔をしているフラウさんの横にはカストルさんもいて、同じく訝しげな顔をしていた。
「な、なんでもな…」
ボロリと涙が零れた。
ほら、私はこうやっていつも『なんでもない』と誤魔化すんだ。
「なんでもないわけねーだろうが。」
ギュウッと抱きしめられた。
私は甘えてばかりだ。
誰かに支えてもらっている。
それは人が生きていくうえに必要なことだけれど、私は必要以上に誰かに支えてもらっている。
「私…逃げてばかりだ…」
この答えを出すことにさえずっと逃げていた。
だって怖いから。
自分の非を認めてしまうことが。
強がってアヤナミさんのところを飛び出した。
教会に行けばどうにかなるって、一人でもたどり着けるって強がって。
でも結局カストルさんに拾われて、ラブラドールさんやエリュトロンさんに気付かされて、こうしてフラウに慰めてもらっている私がいる。
甘えることと強がることは結局何も変わらない。
私はこのままじゃダメだと気付いてしまった。
「もし、フラウさんがゼヘルだったら…私の赤い縁、斬ってくれてた?」
「…あぁ。」
フラウさんが呟くようにして囁いた。
でも、フラウさんはゼヘルじゃないから斬れない。
斬って欲しいわけじゃないけれど、斬って欲しかった。
そしたら一からやり直せる気がしたから。
きっとそれも甘え。
だけど、いいじゃない?
今から前を向くから。
最後にそう思ったって。
私はゆっくりとフラウさんから離れた。
「ありがとう。」
そういって笑うと、フラウさんの手が私の涙を拭った。
「…戻るのか?」
「うん。」
帰らなくちゃ。
私はきっと、あの人の側に自分の心を置き忘れてきたから。
それを拾いにいかなくちゃ。
そして、ちゃんとあの人と向き合うんだ。
この不可思議なドキドキが何なのか。
しっかりと。
「ラブラドールさんに伝えてください。お茶、せっかく淹れてくれたのに残してしまってごめんなさいって。また今度遊びに来ます。その時はもう一度あのお茶を淹れてくださいって。」
次に飲むときは、甘くなっているといいな。
「ちゃんと伝えておいてやる。」
グシグシと頭をなでられた。
いや、やっぱり彼の撫で方は撫でるというより掻きまわす方が正しい。
でもその撫で方は嫌いじゃない。
あの人は…
アヤナミさんは一体どんな撫で方をするのだろうか。
前に一度撫でられそうになった時、避けてしまって以来アヤナミさんは私に触れてこない。
指一本さえも。
そう思うと何だか切なくなった。
ちゃんと出て行ったことを謝って、お礼を言おう。
「もし追い出されたら迷わず来い。」
「幸先悪いこと言わないでくださいよー。」
私がそう笑って言うと、「そうそう、そんなことありえないんだから♪」と知った声が聞こえてきた。
「ヒュ、ヒュヒュヒュウガさん?!?!」
「お迎えにあがりました、お姫様☆あ、違った、アヤたんのお姫様☆」
わざわざ言いなおさなくても…っていうか、お姫様とか止めてください。
軍服ではないヒュウガさんは司教服を着ていて、何だか微妙な感じだ。
「ヒュウガさんって司教じゃないですよね?」
「コスプレ☆」
似合ってるといえば似合ってる。
似合ってないといえば…うん、似合ってない。
違和感ありまくりですよ。
「名前、一つ聞きてーんだが、その『怖い人』って誰だ。」
フラウさんはヒュウガさんを見るなり、頬を引きつらせて聞いてきた。
「言ってませんでしたっけ?アヤナミさんです。」
「ブラックホーク参謀長官だよ☆」
補足するようにヒュウガさんが口を挟む。
「……それは怖いはずですよね。」
そうでしょう?カストルさん。
わかっていただけましたか??
「あだ名たん、アヤたんの命令で連れ戻しに来たよ♪アヤたんがどうしてもって駄々こねるからさー。」
いや、それ絶対嘘でしょ。
「っていうのは半分冗談で、アヤたんがハッキリさせたから。」
何をハッキリさせたのだろうか。
首を傾げているが答えてはくれない。
「お迎えはアヤたんの方がよかった?」
「い、いえ…ちょっと、まだ微妙に心の準備が…。」
「なら帰りながらその準備終わらせてね♪」
ヒュウガさんは私を肩に担ぐと、スタスタと歩き始めた。
私はビックリして落ちないようにしがみ付く。
「自分で歩けます!」
「一分一秒でも早く帰らないとオレがアヤたんに怒られちゃう。」
そういって歩くヒュウガさんは下ろしてくれる気はなさそうだ。
私は見送ってくれている二人に手を振って教会を出た。
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