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「い、いや、ちょ、待って!まだ心の準備できてない!」

「ちゃんと帰る間にしてって言ったでしょ?もうダメ、待たない♪」

「無理無理無理!お願いします!無理ですって!!」


執務室へ続く通路をビクビクしながら竦む足を叱咤して歩く。
途中でヒュウガさんに背中を押されたりされた。

が、今は肩に担ぎ上げられている。

つまり、ヒュウガさんは怖がる私に痺れを切らしたということだ。


「ヒュウガさん、一歩30分のペースで歩いて下さい!26分、いや、25分30秒でいいですから!」

「往生際が悪いなぁ♪」


楽しそうに歩くその様はとても憎たらしい。


「ただいまー♪」


無情にも執務室に入り、みんなの視線がヒュウガに…いや、私に向けられた。


「名前おかえりー。逃げるなんて命知らずなことしたね!」


嬉々としてそういうクロユリくんに泣きたくなった。
すでに戻ってきたこと後悔してます。


「おかえりなさい名前さん。」


皆からおかえりと言って貰える喜び。
後悔しているけれど、そういってもらえることがとても嬉しい。


「今日戻られると聞いて葛饅頭を作っているんです。3時に食べましょう。」


カツラギさん…大好き。
葛饅頭、大好き。

でもですね、『戻られる』じゃなくて『戻される』の方が正解のように見えません??

戻るつもりではあったけど、言葉は正しく使った方がいいと思うんです、私。
私の先生でもあるんですから、ね、そこらへんはしっかりとしましょう??


「じゃぁあだ名たん、いってらっしゃい♪」


私が内心慌てまくっているにも関わらず、ヒュウガさんはアヤナミさんのいる参謀長官室に私をぺいっと放り投げた。


「ぅわぁっ!」


着地地点はソファだったけれど、今絶対寿命が縮んだ気がする。

ヒュウガさんは無情にもさっさと出て行ってしまった。


この部屋、何だか他の部屋と空気が違う!
何か怖い!
寒い!

しかし、アヤナミさんと二人きりの空間は何だか久しぶりだ。


謝ると決めたのに、お礼を言うと決めたのに、今までの臆病さが尾を引いて中々言い出せない。

ソファから立ち上がり、俯いてギュウッと両手を握り締め黙っていると、アヤナミさんの声が聞こえた。

それはそんなに時間も経っていないのにひどく懐かしく、心臓が締め付けられるような気分になったけれど、問題はその言葉だった。


「名前、コーヒー。」


…へ??


ポカンとするには十分だった。


「砂糖は入れるな。ミルクもだ。」


つまりはブラックということですね。


「ついでに着替えて来い。」


え、教会で支給された服はお気に召しません??


私は戸惑いながらも着替えに戻り、適当な服に着替えると給湯室へ向かってコーヒーを淹れる。


……あれ?
怒ってない??

もしかして怒ってない??


コポコポと音を立ててコーヒーを淹れ、もう一度参謀長官室へ戻った。

やはりそこは空気が違う気がする。
ピンと張り詰めているというか…なんというか…。


「…どうぞ……」


無言で置く訳にはいかないので、とりあえずお馴染みの言葉を言って机に置くと、アヤナミさんはペンを置いてそれを飲んだ。


しばらく無言だった。


私はコーヒーを嚥下するアヤナミさんの喉をずっと見て、アヤナミさんはどこを見ているのか、何も言わずに飲んでいく。

大した時間も掛からずにそれを飲み干し、ソーサーにカップを戻すと、アヤナミさんはやっと顔を上げて私と目線を合わせた。


「教会はどうだった。」


怒られると思っていたからその問いは拍子抜けだ。
コーヒーと言われた段階から拍子抜けはしていたけれど。


「き…綺麗なところでした。」

「食事は?ちゃんと摂っていたか?」

「アイフィッシュはちょっと無理でした。でも、それ以外はちゃんと食べてました。」

「何をして過ごしていた。」

「本を読んだり…司教さんたちと話したり…」

「楽しかったか?」


その問いには何だか答えにくくて、それでも答えなければと、私は頷いた。


「そうか。」


…え、え、それだけ?!
お説教はないんですか!?!?!
どういった心境の変化?!

私が逃げた数日の間に何があったんですか?!?!


私は金魚よろしく口を開けてアヤナミさんを見ていたが、ハッとした。


いかん。
私はこんなことをしにきたんじゃないんだった。


「…アヤナミさん、その……ごめんなさい。」

「何に対してだ。」

「…逃げた上に迷惑かけてしまって…。」

「わかっているのならそれでいい。」


アヤナミさんはそういってペンを手に取った。


「…怒らないんですか?」

「反省している。…今のお前はそういう顔をしている。反省している者を怒って何になる。」


その瞬間私は目から鱗が落ちた。

この人…もしかしたら言葉が足りないだけなのかもしれない。

行動範囲を決めたことも、私を心配していたのかもしれない。

そう思うと、何だか真実が見えてきた気がした。
それと同時に少し可愛く思えてしまったのだからどうかしている。


そんなアヤナミさんはもう話しは終わったとばかりに書類にペンを走らせている。


でも私の話はまだ終わっていないんだ。


「アヤナミさん。」

「何だ。」


無視されるものだと思っていたけれど、ちゃんと返答してくれた。


「出会った時…それと、軍の人に怪しまれている時、助けて下ってありがとうございました。」


ピタリとアヤナミさんが動きを止め、ついと顔を見てきた。


「やけに素直だな。神とやらに懐柔でもされたか?」

「されてません。……私ちゃんと考えたんです。」

「ほぅ。」


ペンを持ったまま腕を組んだアヤナミさんは威圧感を感じさせる。


「私を怒らせている間に考えたと。」


う゛…やっぱ怒ってる。


「に、睨まないで…下さい…」

「睨んでなどおらぬ。」

「睨んでるようにしか見えないです。」


勇気を出して文句を言ってみるが、一向に睨むことを止めない。

一歩退きたいのをグッと我慢して紫の双眸を見つめる。


「睨まれたら怖いんですよ」

「ならまた逃げるか?今度逃げたら即刻連れ戻し、アイフィッシュを主食にしてやる。」

「い、嫌です!それだけは嫌です!!」


あれは食べ物として認識できません!!
おそらく一生!


「なら言ってみろ。何を考えたんだ。」

「…私…決めました。こ…怖くても………逃げません!!」


そう言ってからアヤナミさんの執務室から脱兎の如く逃げ出した。

言っていることとやっていることに矛盾を感じるけれど、これがまだ私の精一杯。

とりあえず落ち着いたら、コーヒーのおかわりを取りに行っていたんです、とでも言ってアヤナミさんの元に戻るとしよう。


平然さを装って戻ってきた私を見て、アヤナミさんが喉の奥で笑うまであと5分…

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