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パチっと瞳が開いた。
瞳を開いたというより本当に瞳が開いた。

まるで寝坊したときのような感覚。

なんだかものすごく寝たような気がする。

ベッドに寝そべったまま窓を見ればすっかり朝が来ていた。

それから時計を見ると、針は7時を差していた。


7時か…7時……


「ね、ねねね寝坊したぁっ!!!!」


ミサは7時だ。
勢い良く体を起こすと、急に起き上がったせいかクラリとした。


こめかみを手で押さえ耐えていると、横で眠っているアヤナミさんがモゾリと動き、ゆっくりと瞳を開いた。


「うるさい。」


ついでに口も開かれたようだ。


「ごめんなさい。でででもミサが!なんでフラウさん起こしにきてくれないんだろう!いつも起こしにきてくれるのに!!」


ミサに遅れたらカストルさんににっこり笑顔で怒られちゃう!


独り言をしっかりと叫んで、ハタと動きを止めた私。


「…あれ?」


横にはアヤナミさん。
つまりここは第一区。


「…あれ?」


もう一度呟いて頭の整理をしていると、顔に枕を投げつけられた。

そしてそのまま枕ごとベッドに押し付けられる。


「寝ろ。」

「ごめんなさい〜、勘違いでした!」

「教会に染められるなバカが。」


だって〜!!
早朝ミサが当たり前のように習慣になっているんです。


私はもう少し寝れるとホクホクしながらまた布団に潜り込んだ。


……


眠れない。

あまりにも習慣付いているせいか、寝たくても一向に眠れない。
むしろ体が起きなければと叫んでいる気さえする。

私は眠っているアヤナミさんに声をかけた。


「…アヤナミさん、軍でミサとか…」

「やっているわけがないだろうが、バカが。」

「ですよね〜…」


どこかであっていたら行こうかなと思ったけれどやっていないのなら仕方ない。
寝よう。


……



「アヤナミさん、街でミサは…」

「軍から出ることは許可しない。」

「ですよね〜…」


さすがに昨日の今日で脱走したりはしません、私。
だって逃げないって決めたんです。


それに、何だかちゃんと返事してくれるアヤナミさんが面白くて。


「アヤナミさん、」

「寝ろ。」

「でも、」

「気絶させてほしいなら最初からそう言え。」

「すみません、今すぐ寝ます。」


……


ゴロリ。


…ゴロリ。


……ゴロ、ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ…


「貴様は私の睡眠を邪魔するのが特技のようだな。」


アヤナミさんは転がる私に枕をさらに投げつけた。


「い、いえ…そういうわけではなくてですね…」


こ、こわ…
しばらく会っていなかったとはいえ、久しぶりに怖い。


「眠れないのなら起きて散歩でもしてこい。」

「……そういう気分じゃないので…。」


寝たいといえば寝たいのだ。
なのに習慣が私を寝かせてくれない。


「なら静かに黙って静かに寝ろ。」


静かにを二回も言われてしまった。
それほどうるさかっただろうか。


「そんなにうるさかったですか?」

「現在進行形でな。」

「そうですか?」

「………名前、貴様教会に行って別人格にでもなったか?」

「どうしてです?」

「よくしゃべる。」


それはまぁ、貴方が怖かったんです、とても。とっても。

でも、何だか言葉が足りない不器用な人って思ったらちょっと可愛く見えて。
怖いのは確かに怖いけれど、こうして会話をしてくれるから、少しだけ心を許してしまう。


「私、本当は結構おしゃべりなんです。」

「そうか。なら今だけはその口を閉じて寝るんだな。」

「起きておしゃべりでもどうですか?」

「調子に乗るな。」

「すみません。」


怖いので睨まないで下さい。
睨まれたらもう無理です。
怖さ100倍です。


私は大人しく瞳を閉じた。

だけどやっぱり眠れなくて、ゴロゴロと数回転がった後、ベッドから起き上がった。


トイレ…。


スリッパを履いてパタパタと音を立ててトイレへと向かう。


パタパタパタパタ…


そしてまたパタパタと音を立ててベッドに戻ってきたら、アヤナミさんが上半身を起こした。


「歩く時くらい静かに歩け。」

「だってこのスリッパ私には大きいんです。」


ほら、見てください。
このガバガバな感じ。


足を持ち上げて見せるとため息を吐かれた。


「もしかして…今、起こしちゃいましたか??」

「気付くのが遅い。今のが決定打でお前が寝坊だと叫んだ瞬間に起こされたんだ。」

「でも、あの、アヤナミさんそろそろお仕事のお時間じゃないですか?」

「今日は休みだ。」

「大変申し訳ありませんでした。」


ベッドに正座して頭を下げると、アヤナミさんは投げっぱなしにしていた枕を定位置に戻し、バスローブを羽織って水を飲みにキッチンへ向かった。


私はベッドに残る温かい体温に擦り寄る。

あ…なんか…気持ちいい……。

そう思った次の瞬間には意識は夢の中へ沈んでいた。







冷蔵庫でしっかりと冷やされているミネラルウォーターを手に取ると、キャップを開けて中の水分を喉に流し込んだ。

名前に起こされたせいか、二度寝を決め込もうとしても全く眠れない。
というより、とことん邪魔されたわけだが。

構って欲しかったのだろうかとも思ったが、それよりも数日会わない間によくこれほど警戒心が解けたものだと感心する。

脱走しようとする名前をヒュウガが引き止めなかったのは正解だったようだ。

しかし、名前の中で何かがあったことは確かだ。

名前は『逃げない』と言った。
それは私に対する言葉。
だけれどそれだけではないと直感が告げる。

それが何に対してなのかはわからないけれど。

何せ名前は不可思議で塗り固めたような人間だ。
自分が言うのもなんだが、未だに謎が多い。

名前がこの世界に来てから、名前の夢を見ることはなくなった。
結局のところ、この謎だって解けていない。


ゆっくりでもいいから、名前の全てを紐解いていきたいと思う。

それはただ謎を知りたいだけではなく、名前の謎だから知りたいのだ。


無事に帰ってきてホッとしている自分。
昨晩は名前の寝顔を見ていていつもより少し眠りにつくのが遅かった。

ヒュウガにでも知られたら、しばらく気色悪い笑顔でこちらを見てくることだろう。


『アヤたんはあだ名たんのことが好きなの?』


直球な男だ、あれは。


以前言われた言葉が頭の中で反芻した。


「……あぁ。」


あの時と同じ返答を呟けば、何故だか笑いがこみ上げた。

喉の奥で笑う。

夢にでてきた女を好きになったんだと言ったら、ヒュウガは一体どんな顔をしたのだろうか。

そう想像すると喉の奥が鳴る。
いや、存外恋愛には滑稽な自分にか。


もう一口水をそんな喉に流し込んで、ペットボトルを持ったままキッチンを出る。


すっかり眠気もどこかへ行ってしまった。
なら望みどおり構ってやることにしよう。


そう思いながら寝室に戻ると、ベッドで眠っている名前が目に入った。

その瞬間、持っていたペットボトルがグシャと音をたてて潰れた。
いや、潰した。

ボタボタと潰れたペットボトルから水が零れるが、この際気にしない。
たかが水だ。
渇けばわからぬ。


大体、人をあんな形で起こしておいて一人だけ二度寝とはいい度胸だ。


起こしてやろうと近づくと、あまりにもスヤスヤと気持ち良さそうに眠っているではないか。

意地悪をする気さえも殺ぐほどの寝顔を見せ付けられては、起こすに起こせない。

多少腹立たしく思いながらも、しっかり布団を肩までかけてやる。

とことん自分は名前に甘いらしい。


名前が二度寝から目覚めたら嫌味を言って、スリッパを買いに街まで連れて行ってやろうと思った、とある休日の朝。

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