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軍内は一人で出歩くのは基本的に禁止。
だが、ブラックホークの誰かが側にいたら構わない。
それは、教会から帰ってきてから私がしたアヤナミさんとの決まりごとの一つだ。
「ヒュウガさん、一体どこに書類忘れたんですか?」
私はあまり来ない階に来ていた。
ヒュウガさんが側にいるから歩き回っても約束を破ったことにはならないからいいけれど、連れまわされてそろそろ歩き疲れた。
それも全てヒュウガさんのせい。
書類を持ったままサボりに行ったヒュウガさんはそのサボったどこかしらに、その書類を忘れてきてしまったらしいのだ。
もちろんコナツさんもアヤナミさんも大激怒。
どうやら今晩はブラックホークの皆で出かける用事があるらしいのだ。
なにせ『今日は遅くなる』といわれるくらい。
アヤナミさんが鞭をだすところなんて始めてみた。
ハルセさんに聞けば、ヒュウガさんにはよく振るうらしい。
あれでは助けにはいることもできない。
なんていったって、怒られていない私にまでお怒りオーラが伝わってくるほどなのだ。
それに+鞭ときたら…足が震えた。
アヤナミさん、本気で怖い。
この前スリッパを買いに街まで連れて行ってくれたアヤナミさんとは別人のようだった。
あの日のアヤナミさんはどこか優しかったことを思い出す。
一人で二度寝したことには一時間ほどネチネチ文句を言われたけれど。
買って貰った水色のスリッパは白いレースが可愛らしくついている。
私のお気に入りだ。
買ってもらって以来、部屋に帰るなりあのスリッパに替えて、ベッドに入るその時までしっかりと履いている。
アヤナミさんには『そんなにずっと履いているとすぐボロボロになるぞ』と言われたけれど、履いていたいのだから仕方ない。
そう言った私にアヤナミさんは小さく微笑んで『そうなったら新しいのをまた買ってやる』と言ってくれた。
全く怖くないといったら嘘になる。
でも、最近はそれだけじゃない。
前までは怖さでドキドキしていると思っていた。
確かに怖さでドキドキしているのもあったのだが。
なんだろう、もっと深い部分がドキドキと言っているような気がしてならない。
私はこの感情に覚えがある。
確か…
「あった!!」
ヒュウガさんが急に叫んだ。
「あああありましたか?!」
「何でどもるの?」
「い、いえ…。」
ヒュウガさんはピアノの上に乗っていた書類を手に取りながら首を傾げた。
「あ、ピ、ピアノはこっちの世界にもあるんですね。」
急いで話を逸らしたが、ヒュウガさんはちゃんと私の話しに食いついてくれた。
「あだ名たん弾けるの?」
「まぁ、一応。」
「弾いてみてよ♪」
「勝手に弾いて怒られませんか?」
「大丈夫☆」
「なら、一曲だけ…」
私は久しぶりのピアノの鍵盤に触れた。
ポーンと音を鳴らし、ちょうど良い位置に椅子を引く。
「何がいいですか?」
「ん〜クラシックは全くわかんないから…難しい曲♪」
あえての難しい曲という答えは今まで貰ったことありません。
『わかんないから知ってる曲で。』といわれることはよくあるけれど…。
そういう時は決まってカノンを弾いたりするけれど…
「難しい曲、ですか?」
「うん☆」
「私ピアノ弾くのこっちの世界に来て初めてなんですけど…。」
「弾けない?」
あ、何かムカついた。
「弾けますよ。弾けますとも。」
耳ほじってしっかり聞いてくださいね。
私、あまり人前で弾かないんですから。
私は鍵盤の上に手を置いてラ・カンパネラを弾き始めた。
この曲はとても難しい。
言葉で言えば簡単そうに見えなくもないけれど、とても複雑で特殊な技術が必要だ。
この曲を弾くというだけで、演奏者には完成されたとても高度な技術を要求される。
少なくとも、私の周りにピアノを弾ける人は多いけれど、この曲を弾ける人はいない。
そういったらこの曲の難しさがお分かりになるだろうか。
「うーわー難しそう…。よく弾けるね、あだ名たん。」
お願いだから話しかけないで!
鬼ですか?!
この人鬼ですか?!?!
指が攣りそうになるのを我慢しながら弾いてるっていうのに!
久しぶりの鍵盤。
久しぶりのピアノ。
やっぱり毎日弾かないとダメだと実感する。
昔はあんなにピアノの教室が嫌だったりしたのに、今では私の最高の特技。
自画自賛などしたくないけれど、この曲を弾けるようになったあの時から、してしまいたくなるのだ。
最後の盛り上がりを必死に弾き終わり、ヒュウガさんの方を見上げると「おー」と拍手された。
「クラシックとか聞かないからわかんないけど、上手なんだと思う。」
「どうも。」
私は立ち上がりながらピアノを撫でた。
埃かぶっているわりには、ちゃんと調律がしてある。
「ねぇあだ名たん、」
「はい?」
「今の一曲のお礼に今晩のパーティー連れていってあげる♪」
…は?
「いや、今晩って…。用事あるんでしょう?」
「だからその用事に連れてってあげる♪」
「いやいやいやいや!パーティーって言ったじゃないですか。」
「うん、パーティーが今日の用事なんだよ☆なんかお偉いさんの息子さんが結婚するからって。面倒だよね〜」
いや、それ言っちゃまずいでしょう。
「でも美味しいものたーくさんあるよ??」
う…
「甘いものもたーくさん♪」
ちょっと魅かれた。
「でもそのパーティーってアヤナミさんも行くんですよね??アヤナミさんが私を連れて行かないってことは、私行っちゃダメなんじゃ…」
「いーのいーの♪オレが連れて行きたいんだから。オレのパートナーとして来てくれない?」
「…ドレス持ってないですし。」
「オレが用意する♪」
…
「そこまでして私をつれて行きたい理由はなんですか??」
ヒュウガさんのことだから何かある。
絶対何かある。
「…内緒♪」
ヒュウガさんはニパッと笑うと、更に「アヤたんにも行くってこと内緒だよ☆」と言った。
な、内緒って…
内緒って…
言っちゃダメって言われると、バレてしまわないか怖くて挙動不審になっちゃうんですけれど!
「名前、」
「は、はひっ!」
「……なんだ、そのマヌケな返事は。」
「いえ…。」
コーヒーを淹れるのが私の役目となりつつある今日この頃。
私は今日も今日とてアヤナミさんの机にコーヒーを置いた。
「明日は休みだ。行きたいところがあるのなら考えておけ。」
「教会とか、」
「却下。」
ですよね。
そうですよね。
「では前に行ったお店でパスタが食べたいです。」
スリッパを買ってもらった際、お昼を食べるために入った店のパスタが忘れられない。
「わかった。大人しくしていたらな。朝も言ったと思うが今晩は遅くまで仕事がある。出かけるのは正午ぐらいだ。」
「ダイジョウブデス。」
恐らく私も寝るのが遅くなりそうだし。
むしろ助かる。
「…何かあったのか?」
「い、いいえ!な、なんでもないんです!!」
私は急いで参謀長官室から立ち去った。
逃げたのではなく、あくまで立ち去ったのだ。
「名前の『何でもない』は残念ながら信用していない。」
アヤナミさんがそう呟いたことなど知らずに。
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