19
あのまま体温を与え合うようにして眠りについた私達。
その日の朝は何とも気恥ずかしい朝だった。
「ヤったから?」
「してません。」
決していやらしい意味ではないことを宣言しておきたい。
ただ本当に抱きしめあって眠っただけなのだ。
アヤナミさんの手が露になっている背中を滑ったせいで、小さく悲鳴なものをあげて目覚めた私。
まずドレスのままで眠ったせいで皺は寄りグチャグチャで。
アヤナミさんの軍服も上着はいつのまにやら床に放られていたけれど、それ以外は右に同じ。
化粧はボロボロで、こんな姿見せられないと一人ベッドから抜け出してシャワーを浴びる。
それから寝室に戻ってアヤナミさんを起こしにいくと、
「ヤったの?」
「だからしてませんって。」
起こしにいったらアヤナミさんはすでに起きていて、入れ替わるようにシャワーを浴びた。
「それからヤった、」
アヤナミさんの鞭が撓ったのと同時に、ヒュウガさんが地に伏した。
そんな様子を見ながらヒュウガさんに思う。
ホント、キスしただけで何もしていないんです。と。
ただ、そんなぎこちない今日の朝が気恥ずかしかったというだけで。
アヤナミさんが浴室から早く出てきてくれて助かったとばかりに私は薄っすらと赤い頬を両手で押さえながらホッと息を吐く。
休みの日だというのに、わざわざ私達の様子を面白がって見に来たヒュウガさんは、アヤナミさんの手によって部屋の外へ追い出された。
「名前、あれだけは金輪際部屋に入れるな。」
苦笑しながら頷くが、その自信は全くない。
だって入れたくなくても勝手に入ってくるのがヒュウガさんだから。
事実、アヤナミさんがシャワーを浴びている間に勝手に入ってきていたのだ。
私が招きいれたわけではない。
彼は気を聞かせて正午に訪ねて来てくれたようで、時計を見るとすでに12時に近く。
よく眠っていたなぁと思う。
今日の天気は気持ちがいいくらいの快晴。
お布団とか干したらとっても気持ち良さそうだ。
「アヤナミさん、シーツ干しましょうか。きっと気持ちがいいですよ。」
「今日は止めておけ。ヒュウガに見られでもしたらまた面白がられるぞ。」
た、確かに…。
あの人のことだから干してるシーツから色んなことを想像しそうだ…。
じゃぁ今日は何をして過ごそうか…。
そう思っていると、昨日の約束事を思い出した。
「そういえばパスタ食べにつれていってくれるっていう約束でしたよね。」
「大人しくしていたらという条件つきだったがな。」
そ、そんなことを言われたような気も…。
「お、大人しくしてました。パーティー会場で。」
「ほぅ、そう来たか。」
アヤナミさんは喉の奥で笑うと、上着を羽織り始めた。
「早く仕度しないと置いていくぞ。」
私は嬉しくなって、急いで仕度を始めた。
「何か欲しいものあるか?」
パスタも食べ終わり、街を適当に散策していると急にそんなことを言われた。
「いえ、ないです。」
服は街に来るたび常に買って貰っているし、他に欲しいものなんて思い浮かばない。
養ってもらって、服やスリッパまで買ってもらって。
これ以上何を強請るというのか。
「ピアノとかどうだ。」
「…あ、あの…アヤナミさん??ピアノの値段知ってます??」
そりゃぁピンからキリまであるけれど、アヤナミさんのことだ、安いものは絶対に選ばない気がする。
それが親だったら強請って買ってもらうのもいいだろう。
だが、恋人に強請るようなものではないと少なからず私は思っている。
「馬鹿にしているのか?」
「い、いえ…そうじゃなくててですね…。ピアノは高いので買ってもらうのは忍びなくて…。」
「嫌じゃないのなら買うぞ。」
「いいいいいや!いらないかもです!!ほら、この世界のこと知るのにまだ精一杯でピアノとか弾いてる暇はないかなぁーなんて。」
「ならとりあえず買って暇が出来たら弾けばいい。」
……
「アヤナミさん?もしかして…弾いて欲しいんですか?」
まさかね…なんて思いながら恐る恐る聞いてみると、アヤナミさんはしっかりと頷いた。
マジでか。
どどどどうしよう。
このアヤナミさんを上手く丸める方法は…。
「じゃ、じゃぁ私が文字を不便なく読み書きできるようになって、この国のことをカツラギさんに『これくらい覚えておけば上出来です』と言われたらご褒美に買って下さい。」
私の知能の低い頭ではきっとそんなことを言われるのは随分先のことになるだろう。
そうした頃にはきっと、アヤナミさんもこの約束を忘れているはずだ。
しかしアヤナミさんは中々首を縦に振らない。
「……そ、そうだ、執務室の近くに使っていない一室があってですね、そこにピアノがおいてあったんです。それでよければたまに弾きますよ。」
その言葉にアヤナミさんはしばらく考え込んだ後、やっと頷いてくれた。
ホント、この人のスイッチが全くもってわかりません。
でも一応…付き合ってるわけでして…。
あんなに怖いと思っていたのに。
…いや、今でも怖い時は怖いけれど、でもそれ以上に愛しい。
側にいたいと思う。
怖いからドキドキしていたのもあるけれど、好きだからドキドキしていた。
側にいるだけで怖くてドキドキしていたのはきっとこの気持ち。
私はこの気持ちを怖いからと決め付けてスルーしていた。
昨晩の頬を撫でるアヤナミさんの手。
眠りにつくその時まで髪に指を絡め、擦り寄っていた彼。
目覚めた時も抱きしめられていた。
一晩中抱きしめていてくれたことを思い出して、私はさっきから繋いでいる手に少しだけ力をこめた。
「何だ、欲しいものでもあったか?」
だからないですって。
内心そう苦笑してしまう。
「そうですね…強いて言えばダンスの才能、でしょうか。」
そういって笑うと、アヤナミさんは小さく口の端を吊り上げた。
「それくらい私が教えてやる。」
「え…。アヤナミさん…スパルタっぽい…」
ちょっと嫌。
「そんなことはない。名前になら優しく教えてやる。」
不敵に笑うそのさまは何だかちょっとエロちっくだと思った。
「やっぱいいです。仕事してください、仕事。」
そういいながらふと、壁に貼ってある張り紙に目がいった。
どうやらバイトの募集のようだ。
バイトかぁ…。
そういえば私、買ってもらってばっかりで、自分で好きにできるお金を持っていない。
本当に特に欲しいものなんてないけれど、一度その考えに至ると、何だか魅力的に思えた。
しかし横を歩いているアヤナミさんが許してくれるとは全く思えない。
だけど……ちょっとバイトに心動かされた日曜日の出来事。
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