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最近、よく名前は自分の小指を見つめてはニヤニヤと笑っている。
私の視線に気付くなり、誤魔化すように「爪伸びてきたから切らなきゃ」なんて言っているけれど。
最初は手を見ているものだと思ったけれど、何故だか小指だけ立ててそこを見ているのだ。
名前はパズルピースみたいな女だ。
謎が多くて、不可思議で。
色に例えるとしたら白。
たまにその白さを真っ黒に染めたくなる。
だがそれは勿体無いとさえ思わせる純白さ。
一つ一つのピースは大したことないのに、何者にも染められていないその真っ白さが合わせるのを難しくさせる。
合わないパズルピースほど腹立たしいものはない。
小指に何かあるというのだろうか。
何か小指にまつわる思い出など…。
小指にまつわる思い出?
なんだそれは。
指きりぐらいしか思い浮かばない。
しかし私は名前と指きりなどしたことはない。
なら別のヤツと指きりをした…?
「アアアアアヤナミさん??な、なんか怖いんですけど…」
無言で睨まないで下さい。
私何かしましたか?と震える名前。
逆だ。
全くの逆である。
何もしないから…何も言わないから腹立たしいのだ。
名前の一つ一つの動作や言動に目や耳を傾けていてはキリがない。
したいことがあるならしたらいいし、自由にしていい。
軍から出る以外は。
しかし名前は誤魔化すのだ。
後ろめたいことだから誤魔化すのだろう。
ということは男と指切りを…?
殺気を内に止めきれず、名前は執務室から逃げるように飛び出した。
「は〜怖かった。何で怒ってたんだろうアヤナミさん。」
特に悪いことをした覚えはないのだけれど。
……知らず知らずの内にしちゃったかなぁ…。
今までの経験上、私に非があるパターンが多いので何かあったかと脳内に探りを入れてみるものの、全く思い浮かばない。
私は干していたシーツを取り込みながら首を傾げた。
今日は天気がいいからシーツを干してみた。
案の定、シーツからは干した時の独特な匂いがする。
「ん〜お日様の匂い!」
真っ白いシーツに顔を埋めたあと、ベッドに敷いていると寝室に難しい顔をしたままのアヤナミさんが入ってきた。
「お仕事はいいんですか?」
「考え事をしていたら中々気になって進まないからな。先にこっちの問題を片付けに来た。」
「はい?」
ちょうどベッドメイキングし終わった綺麗なその上に押し倒される。
この状況には似つかわしくない、ふわりとお日様の匂いがした。
「あ、あの…この体勢は何なんでしょうか…。」
昼間っから何する気ですか貴方。
「こうでもしないと逃げられそうだからな。」
「に、逃げませんから!逃げませんから座ってお話ししましょう!」
私が必死に説得すると、アヤナミさんは渋々といった感じでベッドに座ってくれた。
なので私も即座に体を起こしてその横に座る。
「で、その問題とは??」
ぷらぷらと足をバタつかせながら聞いてみると、小指だけを掴まれた。
「小指に何か思い入れでもあるのか?」
小指をこねる様に撫でられながら、私はキョトンとした。
「思い入れ、ですか?」
「…指きりをした、とか。」
「最近はないですけど…?」
今日のアヤナミさん、ヘンだ。
人のことを急に見つめだしたと思えば、眉を顰めて睨んできて、それから殺気を滲み出してくるし。
そうしたら今度はこの質問。
首を傾げるようなことばかりだ。
「ではなぜ小指を見てばかりいるんだ。」
その質問には私の動きがピタリと止まった。
な、なるほど…。
アヤナミさんはそれを聞きたかったわけか。
「やはり何かあるようだな。」
「い、いえ…何もないデスよ。」
仕方ない。
こうなったら…逃げるのみだ!!
行動に移そうとした瞬間、私の視界がクラリと揺れた。
名前が急に黙り込んだ。
何でもないと言った瞬間、いつものように逃げ出すと思っていたのだが、黙り込んだのだ。
「名前、どうした。」
黙り込んだと思って声をかけると、勢い良く立ち上がった名前は向かい合ったまま私の膝に跨るようにして乗っかってきた。
「アヤナミさん。女の子の秘密は簡単に暴いちゃダメ、ですよ。」
重くはないが、いつもとは違った名前の大胆な行動に瞠目する。
「知りたければそれなりに前置きってものが必要だと思いません?それ相当のムードとか…」
ニコリというよりニンマリといったその笑い方に違和感を覚えていると、名前が瞳を閉じながら唇を近づけてきた。
私は小さくため息を吐くと、その唇を手で覆い拒む。
名前の瞳がパチっと開いた。
「何するんです?」
「残念だが、そう簡単な男ではないものでな。」
含みをこめて言ってやると、つまらなさそうにふて腐れた。
「名前はどこだ。」
「ここよ。ちゃんと目の前にいるじゃない。」
「体はな。中身を出せ。」
「中身?あぁ、今なんか私の中で『アヤナミさんになんてことしてるのバカー!』ってわーわー叫んでる。」
「ということは名前に乗り移っているということか。」
「違う違う、借りてるんだよ。」
偉そうに腰に手を当てて言う様は、名前の体ではあるものの全く名前といった感じではない。
「私の恋人の体を借りるとは不快だな。」
「貴方が知りたがったんじゃないの。名前の秘密を。」
どうやら小指のことを聞くということは名前の秘密に直接関係するらしい。
「私が説明しに来てあげたんだから感謝なさい。」
「まずはその体から出てもらおうか、本気で不快なのだが。」
「あ、それ無理だわ。私、夢の中じゃないと人間には見えないのよ。」
口調、そしてその言動に名前の体を借りているのが人間ではないことは確かだ。
「夢?」
「あら、ちゃんと貴方にも見せてあげたでしょう?名前と出会う前に、名前の夢を。」
「…貴様、何者だ。」
「私はただの運命の神様……なんてね♪運命の赤い糸を結んでいくだけの地味な仕事しかしてないちっぽけな神様よ。」
ロマンチックでしょ?と笑っているが、言葉に矛盾が生じている。
地味なのにロマンチックとは、恐らく同じセリフの中で一緒に使う言葉ではないはずだ。
「名前が話してもいいんだけど、貴方があまりにもいい男だからつい体借りちゃった♪」
この軽いノリ、
サングラスをかけた馬鹿な部下と同じ匂いがする。
「即効でその体から出ろ。」
「少しくらいお話ししましょうよ〜。名前がこの世界に来たホントの理由を教えてあげるから。」
「いらん。」
「名前、しゃべらないかもよ?」
「押さえつけてでも聞き出す。」
「……そんなこと普通に言っちゃうから名前、中で怖がってるんだけど。」
「構わぬ。」
「嫌われたくないんじゃないの??」
「嫌われようと縛りつけてでも側に置いておくつもりだ。」
そう言うと、名前の体を借りているそいつは口を尖らせた。
「ダメね、貴方私の好みじゃないわ。」
「それはありがたい。」
「でも一回くらいセックスしてみない?」
「断る。」
いい加減名前の体から出て行って欲しい。
セックスなどと恥ずかしげもなく言う名前はあまり見たくない。
「そうよねぇ。貴方達相性最高だものね。心も体も。ま、いいわ、名前も騒いでてうるさいし、そろそろ名前を返してあげる。じゃぁね、アヤナミさん♪」
名前の顔で矜持の高そうな笑みで微笑むと、急に膝から気絶するように倒れこんだ。
支えてやれば見れば気を失っていた。
わけの分からないこの出来事に、早く目覚めろと願うばかりだった。
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