21
「正座です。」
『は?』
「ちょっと正座してください。」
私は激怒していた。
見慣れてきた風景の中、目の前にエリュトロンさんがいるということは今私は夢の中なのだろう。
早く起きてアヤナミさんに謝りたかったけれど、夢の中なら仕方がない。
私が正座をしてくださいと言っても、キョトンとしているエリュトロンさん。
いつも傲慢不敵な表情のエリュトロンさんの、こんな表情を見るのは初めてかもしれない。
『なんで私が正座しないといけないのよ。』
「お説教です。」
『誰が。』
「私が。」
『誰に。』
「エリュトロンさんに。」
『何で』
何で??
何でといいますか?!?!
「そんなの、アヤナミさんの膝の上に色っぽく乗った挙句、セセセ、セッ、セックごにょごにょしようとか言うからでしょう!!」
あぁあぁぁぁ!
言葉に出すのも恥ずかしい!!
『別にいいじゃない。名前の体なんだし。問題ないでしょ?』
「問題大有りです!」
悪びれないエリュトロンさんは何だか面倒臭そうに腕を組んだ。
「大体なんで私の体借りるんですか!」
『借りたいと思ったから。』
しれっと言うその様は至極当然、むしろ私悪いことしてない。とさえ言っているようだ。
本当に運命の赤い糸の神様なんですか、貴女。
一歩間違ってたら破局でしたよ、私達。
アヤナミさんが誘いを断ってくれて本当によかった。
「私の体勝手に借りないで下さい!!」
『いいわよ』
「…へ?」
絶対渋ると思ったのに、エリュトロンさんはアッサリと頷いて見せた。
『もう借りないって言ってるの。』
何だかこれでは熱く怒っていた私が阿呆のようだ。
『彼、顔はいいんだけど性格がちょっとね〜。なんであんなのがいいの?』
「勝手にくっつけたのはエリュトロンさんでしょうが。」
なんでと言われても、好きになってしまったからとしか言いようがない。
神様といえど、同性に彼の好きなところを言う気なんて更々ないけれど。
「ま、まぁ、もう入らないならいいんです。」
『なぁに、私に嫉妬したの??』
その言い方にちょっとムッとする。
「馬鹿にしてるんですか?」
そりゃ嫉妬するに決まってるじゃないですか。
『そう怒らないの。』
怒っている私を宥めるエリュトロンさんだが、明らかにエリュトロンさんが私を怒らせているのだ。
『とりあえずもう名前が糸を切るなんて馬鹿な真似はしなさそうだから、安心したわ。これでやっと別の人の糸を結びに行ける。』
「…もう会えないんですか?」
『そうねぇ…。私も暇じゃないからねぇ。』
暇じゃないならあんなことしないでください。
『本来なら神である私が人間とコンタクトを取るのは禁止されてるから。』
エリュトロンさんは苦笑してから私の小指を手に取った。
『幸せになりなさいな。』
私は女の子が幸せになるのを見るのがとっても好きなんだから。
そういって笑ったエリュトロンさんはとても綺麗だった。
「エリュトロンさん…」
自分の声にハッと目が覚めた。
自分の寝言で起きるなんて何だか間抜けで、内心小さく笑ってしまう。
エリュトロンさんは女の子が幸せになるのを見るのが好きと言った。
なら、思いっきり幸せになるのが彼女への恩返しではないだろうか。
例えそれが仕事であれ、アヤナミさんと私を引き合わせてくれたことへの感謝を。
「何をしている。」
胸に手を当てながら一人でしみじみしていると、アヤナミさんの声が聞こえ、横を見れば椅子に座っていた。
何だか数ヶ月前の出来事を彷彿とさせるようなシチュエーションだ。
確かあの時はすぐに気絶してしまったんだっけ。
今はそんなこともないけれど。
もちろん慣れてきたわけではない。
ただ、この人の不器用な優しさを知ってしまったから。
睨まれたらやっぱり怖いものは怖いけれど。
なので、
「睨まないで下さい。」
先程から無言で睨んでくるアヤナミさんにそう言いながら体を起こすが、アヤナミさんの手がそれを制してベッドに押し倒された。
その数週間前とは違うシナリオに、私は目を丸くする。
…え、何この体勢…。
昨日も似たようなことがあったっけ。
私は動かない頭で右手をアヤナミさんの胸板に置いて押した。
するとアヤナミさんはその手首を掴み、ベッドに押し付けた。
次いで左手。
しかしそれも右に同じ結果に終わった。
完璧に逃げられないその体勢になって、ようやくこの体勢がマズイことに気がつく。
「ア、アヤナミさん??私逃げませんから座ってお話ししましょう??」
「話し?そんなもの今は必要ないだろう?」
「あります!あります!大いにあります!ほ、ほら、秘密にしてたこととか小指のこととか!!」
「ほぅ、隠し事をしていたと認めるか。」
まるで誘導尋問されているような気分だ。
あまりいい気分ではいけれど致し方ない。
この結果を招いたのは、隠していた私に少なからずとも非がある。
「私に隠し事とはいい度胸だな。」
「あ、あのですね!隠していたというか、まぁ隠していたんですけど、その、少しお話の内容が恥ずかしいものでしてね。」
「そうか。話せ。」
「いや、だから恥ずかし…ぎゃー話します!話しますから睨まないで!!」
さすがにこんな至近距離で睨まれたら気絶しそうになりますから!
私は泣く泣く口を開いた。
「どこから話したらいいのかわからないんですけれど…。私、実はこの世界に来る前にアヤナミさんが夢に出てきたんです。毎日じゃないけれど、たまに。」
確かエリュトロンさんが私の体を乗っ取っているときに、アヤナミさんの夢にも私を出したとか言ってたな…。
「アヤナミさんも私が出てくる夢、見てたんですよね?」
「あぁ。何故見たこともないような女が出てくるのかと思っていた。」
「それなんですけど…、その、あの、私の体を乗っ取った人…じゃなかった、神様。エリュトロンさんって言うんですけど、エリュトロンさんは運命の赤い糸を結ぶ神様らしくてですね。その…つまり…」
「私と名前が繋がっていると。」
「まぁ…ハイ。」
あー何だか恥ずかしいなぁ。
「元々私はこの世界に生まれてくるはずだったんですけど、何だか手違いが起こって私が別世界で生まれてしまったせいでアヤナミさんと糸が繋がってなかったらしく…。生まれてくるときに運命の相手って決まっているらしいんです。だからエリュトロンさんは繋がっていない互いの糸を結ぶために私をこっちの世界に飛ばしたらしいんです。」
「…出会うべくして出会ったというわけか。」
急にアヤナミさんの瞳が和らいだ。
運命なんて信じていなかったけれど、信じてもいいかなと思ってしまっている今日この頃。
「エリュトロンさんがお互いの夢にお互いを見せていたのは、急に出会って警戒心をなくすためだって言ってました。」
逆に私は警戒しまくりましたけど。
アヤナミさんは…どうだったんだろう…。
やっぱり、警戒したのかな…??
「警戒か。」
「はい。」
「最初お前を見たとき警戒心と臆病の塊かと思った。」
…ぶっちゃけましたね。
言いたいことわかりますけど、ちょっと泣きたくなりましたよ今。
「じゃ、じゃぁアヤナミさんはどうだったんですか。」
「…そうだな、夢で一目見たときから…」
「み、見たときから??」
何だか声が艶っぽくて、私はドキドキと聞き返した。
そんな私の様子を面白くないと思ったのか、急に恥ずかしくなったのかわからないけれど、黙り込んだアヤナミさん。
「見たときから何なんですか。」
「…惚れていた。」
やばい、鼻血、鼻血でてませんか??
内心騒いでいると、その言葉に続くようにして「が、」と付け足された。
「…が?」
「夢の時も今も、私ばかり好いているようで癪だと今思った。」
拗ねているのだろうか。
何だかちょっぴり可愛い。
「そんなことないです。だって…私、今アヤナミさんのこと好きですから。」
そりゃぁ、ちょっと前までは苦手だったけれど。
でも今は違う。
「今は私の方がアヤナミさんの事好きだと思うんです。だから、」
これでおあいこですね、と言おうとした口を塞がれた。
ただでさえ近かった距離が一気に縮まって、互いの唇がくっついている。
閉じられている長い睫毛を少しだけ見つめた後、私は瞳を閉じてその口づけに応えた。
一度離して、もう一度口付ける。
私の息が切れる前にそれはそっと離れ、アヤナミさんの熱い唇が耳を掠めた。
「夢の中も今も私の方が名前を好いているに決まっているだろうが。」
耳に唇をくっつけたまましゃべるので、その一文字一文字を紡ぐ唇を耳が形取る。
まるで刻み込まれるかのような感覚。
嬉しいのと恥ずかしいのでしゃべれないでいると、アヤナミさんはふと思い出したように顔を上げた。
「そういえばエリュトロンというヤツが、私と名前の心も体も相性がいいと言っていたな。」
背中を嫌な汗が流れる。
「心の相性がいいことはわかった。なら今度は体の方、今から確かめてみるか?」
両手首はベッドに押さえつけられていて、目の前には不敵に笑うアヤナミさんが覆いかぶさっている。
つまり、私に抵抗という言葉も行動も残されてはいなかった。
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