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「いらっしゃいませ!」


アヤナミさんを説得して…
もとい、言葉巧みに騙してバイトをし始めた私。

きっとアヤナミさんも私相手だから気を抜いていたんだと思う。
だからこうして騙せるのは今回限りになるだろう。

だけどせっかくバイトの許可が下りたんだ。
楽しまないで、頑張らないでどうする私。


「お待たせしました、紅茶とショートケーキです。」


ごゆっくりどうぞ、と笑顔を振りまく。
女は愛嬌だ。


「よっ。」


カランと扉の鈴を鳴らして入ってきたのはフラウさん。
私が働き始めて1週間近くが経つが、3日前にたまたまバイトに向かう時に出会ったのだ。

その時はあまりの嬉しさに飛びついてしまった。


「また来てくれたんですか?!」


フラウさんは出会って以来、毎日通ってきてくれている。
会えるのは嬉しいけれど…


「毎日ここまでくるの大変じゃないですか?」

「ホークザイルでくるからな、平気だ。それよりどうだ、そろそろバイト慣れたか?」

「はい!従業員の方も優しくて楽しいです。」


ここはケーキカフェだから2時や3時頃はとても大変だけどとっても楽しい。
やっぱり女の子ばかりがくるから男の人は入りにくいようだけれど…フラウさんはここのケーキが好きだとかで良く来ていたらしい。

アヤナミさんは私が働くところがどういうところか、この店を見に来た段階で入りもしなかった。
ただ眉間に皺を寄せて立ったままでいるものだから、横にいる私は一緒に不審者扱いされたらどうしようかと思ったほどだ。


「今日は何にしますか?」

「名前で。」

「あはは、今日もまたその冗談ですかー?今日のオススメはモンブランですよ。」

「んじゃそれな。あとコーヒー。」

「はい。」


私はかしこまりました、とオーダーを受けて奥へと引っ込んだ。








「そういえば、」


ヒュウガがふと顔を上げた。


「あだ名たんバイトどうなの?順調そう?」

「そうだな。楽しそうに行っている。」

「のわりには、アヤたんは楽しそうじゃないねぇ〜。」


当たり前だ。
名前は「バイトで疲れているから」「明日もバイトだからと」夜は逃げるように眠りにつく。

それが楽しくもなく、面白くもない。
こういうことが今後も続くようだったら、早急にバイトを辞めさせる手はずを整えなければ。


「でもアヤたんが許しちゃうからダメなんでしょ〜♪?こうなること何となく分かってたじゃん♪」

「元はといえばお前のせいだろうが。」


そうだ、ヒュウガが名前をメイドにするなど言ったから、


「なんでオレ?」

「貴様が名前をバイトに雇うと言ったのだろうが。それを逆手に取られたのだ。」

「……へ?オレが?あだ名たんを??」


ヒュウガは飴を舐めながら首を傾げる。


しばらく二人は無言で考え込んだ。
といってもたったの数秒であったが。


手の中でバキッとペンが真っ二つに折れた。


「嵌められたというわけか。」

「まぁまぁ落ち着いてアヤたん。いやーあだ名たんも大胆になってきたねぇ♪あれが本性かな☆」

「とんだお転婆だな。」


折れたペンをゴミ箱へ放り、椅子から立ち上がる。


「あれ?どこいくの?」

「愚問だな。」


あは☆と笑うヒュウガの横を通り過ぎて執務室を出た。

今日は早めにあがろうと思っていたし、ちょうどいい。
名前の仕事場まで迎えに行って散々愚痴を言いながら帰るとしよう。









「名前、今日何時に終わるんだ?」


何だかナンパのようで少し笑えた。


「大体4時半にはいつも終わりますよ。実はもう今日は終わりなんです。」

「なら送ってやる。」


フラウさんは、今日のホークザイル二人乗りだから。と言ってくれる。


「ホントですか?!嬉しい!ちょっと待っててください、急いで着替えてきます!」

「急ぐとコケるぞー。裏口で待ってっから。」

「はーい!」


今日はアヤナミさんも早めにあがると言っていたから、少しでも早く帰ってあげたかった。
だからフラウさんの申し出はとても嬉しい。

急いで着替えて「お疲れ様でした」と言って店の裏口から出るとフラウさんが立っていた。


「待たせてごめんなさい!」

「お疲れさん。早かったな。明日もバイトか?」

「はい。」

「へぇ大変だな。そういえば名前どこに住んでるんだ?」

「そっか、フラウさんたちには行ってなかったですね。えっと、軍の」

「名前。」


ホークザイルの場所まで話しながら歩いていると、アヤナミさんの声がして振り向けば、そこには確かにアヤナミさんが立っていた。


「アヤナミさん!もしかして迎えに来てくれたんですか?!」

「悪い虫がつかないようにと思ってきたのだが…、一足遅かったようだな。帰るぞ。」


腕を掴まれて半ば引っ張られるように歩く。


「あ、フラウさん。ごめんなさい、せっかく送ってくださるって言ってくださったんですけど、」

「あぁ。またな名前。」

「はい。」


そんな会話が繰り広げられた後、掴まれている腕が少しだけ痛かった。


「アヤナミさん、お迎え嬉しいです!」

「そうか。」

「…アヤナミさん?」


明らかに不機嫌なアヤナミさんにどうしたのかと不安になる。


「どうかしたんですか?」

「先程の男だが、」

「あ、フラウさんですか??フラウさんは」

「教会の司教だな。」

「え?!お知り合いですか??」

「いや。教会の司教の顔と名前なら知っている。」

「はぁ〜物知りですね。」


実はかなりの司教ファン…とか??
いや、さすがにそれはないか。


それからは始終無言だった。
話しかけても返答なし。

一回、冗談めかしてモールス信号で言ってやろうかと思ったけれど、私のほうにその知識がなかったので断念。

しかし、結構機嫌が悪いようだ。

ある意味できなくてよかったのかもしれない。
職場で何かあったのだろうか??


悶々と考え込みながら、アヤナミさんの部屋へと帰ってきた私達。


「喉渇いた〜。アヤナミさんも何か飲みますか?」

「いや、いい。」


やっぱり明らかに様子がおかしいアヤナミさんはソファに座った。
私もミネラルウォーターを持って横に座る。

キャップを外して一口飲むと、横目で見られ始めた。

な、何なんだ一体。


「あの、アヤナミさん??」

「バイトをしたいと言い出したのはあの男に会うためか。」


その言葉はもはや疑問系ではなかった。
この人は一体今まで私の何を見てきたのだろうと腹立たしく思うのと同時に悲しくなる。


「何、言ってるんですか。」

「聞こえなかったか?」

「聞こえました。でも理解できません。」


情けないくらいに声が震える。
蚤の心臓は縮み上がっているのに、怒りを隠すことができない。


「なんでそういうこと言うんですか。フラウさんは確かに教会の司教様ですけど、3日前にたまたま出会っただけなんですよ!それでお客様としてケーキ食べに来てくださってるだけで!なのになんで!!」

「名前。あまり熱くなるな、殺したくなる。」


ハラハラと涙が落ちた。
でもアヤナミさんは冷たくそれを見ているだけで拭ってはくれない。
その手は隙あらば殺すつもりなのだろうか。

私なんて隙があろうとなかろうと、簡単に殺せるくせに。


私は涙を拭うことなくアヤナミさんを睨みつける。


「嫌い…。怖いアヤナミさんは嫌いです。」


私はアヤナミさんの部屋から飛び出した。

そうだ、教会へ行こう。


そう思った瞬間、目の前が真っ暗になった。

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