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「ほら、早く弾いてくれ!」


私は椅子に座っている。
そんな表現はとても可愛らしいものだと思う。

だって正確に説明すると、私の体は椅子と一緒に縄が巻かれているのだ。

唯一動かせるのは腕と足。そして口だけ。


目の前には高そうなピアノだ。
部屋には写真がたくさん飾ってある。

どうやら、横に立っているご老人は私にピアノを弾いて欲しくて攫ったらしい。


「あの…何か今日は体調が麗しくなくてですね…。」

「頼む、一曲だけでもいいんだ!」


何故そんなに必死なのか全くわからない。

私は目覚めた時、てっきりアヤナミさんの情報を寄越せとか言われるものだと思っていたから拍子抜けだ。
なのに目が覚めたら椅子に座っているし、横にいるご老人はピアノをご所望だしでわけが分からない。


「もう一度…もう一度弾いて欲しい。」

「もう一度??」

「パーティーの時に弾いていただろう?あの曲じゃなくてもいい。何でもいいんだ。弾いてくれ。」


どうやらこのご老人はパーティーの参加者だったようだ。

ヒュウガさんのおかげでアヤナミさんとくっつけたといっても過言ではないけれど、貧乏くじを引いた感じだ。
まさか連れ去られるだなんて。


「何なら金もやる。宝石がいいか?どっちもか?!」


この人…
なんでそんなに必死なの??


「私、そんなのいらないです。」

「…弾いてくれないのか?」


弾いてもいいですけど…


「弾かなければアヤナミを殺す!」


私にはどう考えてもこの人がアヤナミさんを殺せるとは思えなかった。
それは実力的にもだし、それに…


「優しそうな貴方が、そんなことするとは思えないんですけど…。」


この人に敵意はない。
出会った頃のアヤナミさんのような怖さもない。
ただ、私にピアノを弾いてほしいだけのようで。


「そ、そんなことはない!このまま弾かないのならお前さんも殺す。」


そうか、私死ぬのかぁ。
なんて他人事のように思った。
理由はさっきと一緒だ。
この人は殺さない。


「あの、」


パリンと窓ガラスが割れた音がした。
ビックリして振り向くと、そこにはフラウさんが立っていた。


「名前、ピアノ弾けたんだな。人は見かけによらねーなぁ。」

「どういう意味ですか、それ。」


ちょっと、助けに来てくれたんじゃないんですか?


「そう怒るなって。助けてやっから。」


フラウは腰を抜かしているご老人を一目見て、私の縄を切った。


「ア、アヤナミ…ではないのか??」


どうやらご老人はやってきたのがアヤナミさんだと思って腰を抜かせたらしい。
きっとこの人、私よりヘタレだ。
おー始めてみた、私よりヘタレな人。


「何でフラウさんがここに?」

「あーなんていうか、アレだ。」


髪を掻く仕草が何だか懐かしい。


「あー……、名前のその赤い糸、斬りに来た。」

「へ?」

「そしたら連れ去られてるしなぁ。ドジ。」


えぇ〜背後から一発でしたよ??
私人に頭殴られるの二回目なんだけど、これが全く慣れないんですわ。

あ、一人は神様だから人間カウントはおかしいか。


「斬りに来たって…。」

「そのまんまだ。斬りに来た。」


え?


「だ、だって…この糸はぜへるっていうセブンゴーストじゃないと斬れないんじゃ…」

「それが、オレだっていったら?」


ポカンとしている私の頭をフラウの手が撫でた。


「隠してて悪かったな。おら、小指出せ。」

「え、え、待って。ちょっと待って。」


ゼヘルがフラウさんで、フラウさんはゼヘルで…
それってつまり…
セブンゴースト…??


「待たねぇ。もう待たねぇよ。」


フラウさんは何処からか鎌を取り出した。
その大きさと鋭さに圧倒される。


「遊びに来るっていっても全然来ねぇし、」

「そ、それはアヤナミさんから教会に行くの禁止されてて…」

「当たり前だろーが。逃げ出して来い逃げ出して。」


私は首を横に振った。


「ダメ。もう…逃げないって決めたの。アヤナミさんから、私の心から。だから、ダメ。」

「だから会いに来ないってか?そんなの間違ってるぜ。軍に監禁されてるようなもんじゃねーか。」

「そうですね。でも、いいんです。だって私…アヤナミさんの事が、」

「名前、赤い糸に惑わされてんじゃねーのか?」

「そんなことない!だって…事実出会った頃は怖くて苦手だったもん。」

「今だって怖いんだろ?」

「そりゃぁ…怒った時のアヤナミさんは魔王もビックリな感じだけど…それだけじゃないもの。いつも愛されてるって、感じさせてくれるの。」


愛されてるから心配される。
愛されるから怒られる。

私はそのことをちゃんと理解しているから。
だから、嫌いにはなれない。


「感じているなら少しは大人しくしていて欲しいものだな。」


背後から、アヤナミさんの声がした。


「アヤナミさん!」


私はフラウの側からアヤナミさんの腕の中に飛び込んだ。


「絶対来てくれるって思ってました。」

「勝手に部屋を出るな馬鹿。」


怒っている口調だけれど、優しく、そしてキツく抱きしめられる。


「怖くなかったか?」

「はい!だってアヤナミさんが来てくれるって思ってたから。全然怖くなんてなかったです。」

「そうか。」


頭を撫でられた。
アヤナミさんに撫でられるのが一番落ち着く。


「ねぇアヤナミさん、…アヤナミさん??」


呼んでも反応がない。
不思議に思って顔を上げると、フラウさんと睨みあっていた。


「あの…ちょっと、何か肌がビリビリ痛いんですけど…」


これが所謂殺気というものだろうか。


「教会に行くこいつをオレが拾ったんだ。ならオレのものだろ?」


いや、私を拾ったのカストルさんだし。


「最初に拾ったのはこの私だ。所有権はこちらにある。帰るぞ、名前。」

「あ、待ってください!あのですね、少し待っててもらえますか?」

「断る。」


アヤナミさんが私を肩に担ごうとするので必死に抵抗する。


「いやいや、ほんのちょっとでいいんで!」

「あの男と話すことなどない。」

「私はあるんですー!」

「ない。」

「おいおい、余裕ねーなぁ。」


ギャー!フラウさんは黙っててください!!


「報われないヤツよりはマシだと思うがな。」


鼻で笑うアヤナミさんは見たことない感じで怖い。
あれ?
何でかフラウさんのことものすごく嘲笑ってません??


「フ、フラウさん、あのいつか教会に行きますから!ちょっと時間は掛かるかもしれないけれど、」

「勝手なことをいうな。第一もう私の元から逃げ出さないのではなかったのか。」

「逃げ出すんじゃないんです。抜け出すんです!」

「屁理屈を言うな馬鹿が。」

「でも、私思ったんです!アヤナミさんは私が心配だから教会に行かせたくないんですよね?だったら私もザイフォンっていうやつ覚えてみようかなって!」

「…何故お前がザイフォンのことを知っている。」

「怪我した時に、教会の司教さんにザイフォンで治してもらったんです。ね、どうですか?!?!いい考えじゃないですか?!」

「あれは誰でも使えるわけではない。」

「でも試すだけでもいいと思いませんか??自分の身も守れますし!」

「そういう心配をしているわけではない。」

「じゃぁ一体どういう心配してるんですか。」


アヤナミさんは黙り込んだ。


「…あ、もしかして浮気するとか思ってます?ないですよーそんなこと絶対。」


フラウさんが苦笑しているのが見えた。
はて、何で苦笑するんだろう。


「絶対という言葉ほど不確実なものはないな。」

「絶対です。絶対。だって私達、運命の赤い糸で結ばれてるんですから!」


ニパッと笑えば、アヤナミさんは海よりも深いため息を吐いた。


「門限の17時は変わらぬ。」

「はい!」

「では帰るぞ。」

「待ってください!」

「まだ何かあるのか?」

「ピアノを、ピアノを一曲だけ!」


アヤナミさんはため息を「一曲だけだ。」と許してくれた。

きっとアヤナミさんはわかっているんだろう、この腰を抜かしてるご老人が、なぜ私を攫ったのか。

そして、私も気がついてしまったのだ。

この部屋に飾られている写真の中には女性が写っていて、ピアノを弾いている。

小さい頃から弾いていたようで、写真は子供の頃から20歳前後まで。
そう、それからの写真が一枚もないのだ。

日付はどれも3年前より昔のもの。
それ以降の写真がないということは…、


「おじいさん、一曲だけ弾きますね。」


恐らくすでに亡くなられているのであろう娘さんのために。
そして貴方のために…


亡き王女のためのパヴァ―ヌを。









「ピアノの音…」

「あだ名たんかな♪」


アヤナミを除くブラックホークのメンバーは、アヤナミが入っていった部屋を見上げながら耳を傾ける。


「綺麗ですね。」


カツラギが小さく言葉を漏らすと、誰もが心の中で頷いた。


「でもさーあだ名たんのために2時間はかかる距離を1時間半で行くって言ったと思ったら1時間で着いたのはビックリだよねぇ。」

「愛のパワーだよヒュウガ。」

「クロたん、そういうのオレのセリフ……」

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