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ベッドの上で子どもよろしく暴れたせいで乱れた服を整え、襟を首の方へ引き上げる。


「それで、質問って何?」


一体何を聞かれるのだろうかと若干正座したい気分になったけれど、座ったまま膝を曲げて丸まった。


「そんな緊張しなくてもヘンなこと聞かないよ〜♪ただ、名前がここに来た理由を知りたいなって思っただけだよ。」

「ここに…来た理由?」


問い返せば「そ、遠征に来た理由♪」と言いながら彼は胡坐を掻きなおす。


「もう名前来ないかと思ったからさ。」

「…どうして?」

「だって名前は人が死ぬの怖いでしょ?嫌いでしょ?」


ヒュウガは聡い。
前回の遠征の帰りで取り繕っていた私の笑顔や行動が、今更ながら馬鹿みたいに思えてきた。
彼には全てお見通しだった。


膝を抱えている腕や手に力が篭る。
白い手に食い込む爪を剥がすようにヒュウガの手が触れて、そっと指を解かれた。
その指がそっと離れて行く様を見ながら、彼の手を握ると目が合う。


「怖いよ…。それにヒュウガが知ってる通り嫌い。」


思い出すのは昔の強盗の現場、それに戦場から帰って来たヒュウガの姿。


「でもね…、ヒュウガが私の知らないところで死ぬよりよっぽどいい。」


そう、心から思うんだ。


「私がまた遠征に来たのは、そういう理由。」


私が知らないところで死ぬなんて嫌だ。
私がいたら助かったかもしれないのに、なんて思うのは嫌なんだ。
私にできることは最期までやってあげたいじゃない。


「名前が人が死ぬのが嫌いだって知ってる上でオレは人を殺すのに?」

「それでも、側に居たいって思うよ。ヒュウガが死んだら私が一番最初に泣いてあげたい。」


亡骸さえも抱き寄せたいと思うから。

これが私の出した答えだ。
次の遠征が決まってから、随分と悩んだ。

ラブラドールさんのお茶もたくさん飲んだし、日がな一日ボーっとして皆に心配だってかけてしまった。

フラウも…ずっと側にいてくれた。
その間もずっとヒュウガのことが頭から離れなくて、切なくて、悲しくて、でもまた会いたいって何度も思った。

欲望は果てしなく貪欲だと、嫌ってくらい実感もした。

やっぱりこうして触れていたいと思ったんだ。
指先から伝わる体温とか、感触とか、体が水を欲してるかのように、ごく自然に。


「人を殺すオレが怖い?」


ヒュウガの目がツと細くなったのがサングラス越しに見えた。
切なげな顔をしてそんな質問をするなんてズルイと思う。
いつからこんなに甘え上手になったんだ。


襟を首の方へ引き上げて服を整えながら息をそっと吐く。


「怖く…、ないって言ったら嘘になる…けどね、けど、優しいヒュウガがいるってこと、私知ってるから。だから、嫌いになんてなれないよ。」


むしろ、好きだから。

眠る時も、朝起きた時も、太陽に照らされている時も、月明かりの下にいる時も、私の頭の中はヒュウガでいっぱいなくらいには。

重症だなぁなんて思うけど、別に嫌じゃない。
逆に人を好きだと思える心があるということが誇らしくある。
誇らしくて、自分のことを前よりもっと好きになれる。

その分、ヒュウガが遠征に行っている時はとてつもなく不安に駆られる。
だけどね、待っているだけというものはとても辛くて切ないけれど、置いていく方はきっともっともっと辛いだろうから、待つのが苦しいなんて贅沢な我が侭言わないよ。


「あのね、ヒュウガ。聞いて欲しいの。私が最も恐れて怖がってること。」


貴方にだけは知っていて欲しいの。


掴んだままのヒュウガの指に少し力を込めると指を絡められて、何だか少し恥ずかしくなって自分の膝に顔を埋めて隠した。


「ヒュウガが死んじゃうかも知れないって思うの、すごく怖いよ。でもね、『ヒュウガが無事に帰って来られるのであれば、敵が何人死のうが構わない』って思った私が何よりも怖いんだ。」


何人、何十人、何百人。
犠牲がそれ以上であろうが、彼が無事という結果にきっと私はこれから罪悪感をどこか胸に秘めながらも安心するのだろう。

絡められた指が離れたと思ったら両肩を掴まれて押し倒された。


「熱烈な愛の告白だよね、それ。」


天井越しに見えるヒュウガの表情はどこか嬉しそうだ。
こんな感情、正直に言ったら嫌われるかもしれないと思っていただけに少々ビックリする。


「あいの…こくは、……っ!!ちがっ!!そういう意味じゃっ!!」


いや、そうとってくれてもいいのだけれど、恥ずかしさからつい否定してしまう。


パニックになった私を見てヒュウガは更に嬉々とした表情を浮かべ、「冗談冗談♪」と隣に転がった。


「素直に嬉しい。」


うるさい心臓と少しがっかりした感に苛まれていた私はヒュウガの声に隣を見上げた。


「すごく嬉しい。」


ヒュウガが私に抱きついてきて納まる私の体。


「嬉しいよ。」

「もういいって…、」

「嬉しい。」

「もーわかったってば!」


恥ずかしくて顔を逸らせばこめかみにキスを落とされて、驚いた私は目を大きく開けた。


「だけど名前、無理だけはしないでね。」


ヒュウガの真っ直ぐな瞳に見つめられて私が頷くと、彼は半ば無理矢理ベッドと私の頭の隙間に右腕を差し込んだ。


「朝まで腕枕、だったよね?」

「でも、私…、ババ抜き負けたし…、」

「ちゃんとオレの質問に答えてくれたから、ご褒美♪」


ちょっとした嫌がらせのつもりだったのに、こんなに恥ずかしいなんて。
なんて予想外。


「ねぇヒュウガ。ヒュウガは…強い、よね?」


負けないよね?と視線で訴えれば、何も言わずに抱きしめられた。

私の髪を撫でるこのヒュウガの手は血に塗れたことだって、人を殺したことだって、数え切れないくらいにあるのだろう。
なのにどうしてこんなにもひどく優しいのだろうか。


やっぱり失くしたくない。
亡くしたくない。


そう改めて実感した夜の日の出来事…。

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