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ご苦労だった、とアヤたんに告げられて皆自然と解散する。
オレも例外じゃなくて、踵を返す。
久しぶりに浴びた血が気持ち悪くて早々に洗い流したい気分だ。
最初に浴びた返り血なんかもう凝固してるし。
オレの肌の上で固まっている血を見ながら、リビドザイルに戻ってきた時に出会った名前を思い出してちょっとやりすぎたかな、と少し後悔している。
けれどもう引き返すことはできなくて。
あーもう。
いつ、どこで、何て言って謝ろうか考えている自分がいる。
オレはこれからずっと名前にあんな表情をさせていくのだろうか。
怯えたように、でも心配そうな瞳を嬉しく、そして愛おしいと思うなんて狂っているのかもしれないけれど、気持ちに嘘は吐けない。
だが罪悪感はやはりどこかで感じているようだ。
気分は落ちてゆくばかり。
泣いてくれないからオレの謝るタイミングが見つからない、なんていい訳だ。
そこらへんの女の子だったら適当に笑って誤魔化せばハイ終わり。…で済まないのが名前だ。
いつも通りにすればいいのに、こういう微妙な雰囲気に名前となったら昔からどうしたらいいのかさっぱりだ。
とりあえずシャワー浴びよう、と自室の扉のドアノブを握ったところでコナツに呼び止められた。
コナツはほとんど返り血を浴びておらず、これだとオレの方が弱そうに見える。
「何?」
呼び止めたのはコナツなのにどこか言い辛そうにしているからそう問えば、コナツは決意をしたように顔を上げた。
「その、名前さんには言わないでほしいと言われたんですが…、」
と区切ってやっぱりどこか言い辛そうにしている。
オレに言わないでって、名前が言っていたのであろうことに少なからずショックを受けたが、喧嘩している今オレのせいかと内心ため息を吐く。
「名前が何?」
そんなに言い辛いことが名前にあったのか。
早く言って、と急かす。
「名前さん、ザイフォンの使いすぎのようでフラフラしてたんです。倒れそうというか、倒れかけてて…、」
「名前は?部屋に返した?」
「あ、はい。」
コナツが頷いたのを見てオレは名前の部屋に急ぐ。
コナツが心配そうな顔をしながら後ろから追って来ており、オレはノックもせずに名前の部屋の扉を開いた。
「名前??」
しかしそこに名前の姿はない。
まだ戻ってきていないのか、シャワーでも浴びているのか、コナツと顔を見合わせれば風呂場から何かが倒れる音が聞こえた。
シャンプーのボトルやらが倒れる音に混じって、もっと何かが…。
「しょ、少佐っ?!?!さすがにそれは、」
まずいですよ、と言いたげなコナツは無視して脱衣所の扉を開ける。
足元のカゴには返り血がついている服が入っており、ここまで来るとシャワーの音も聞こえた。
「名前、入るよ。」
返事なんて待たずに声を掛けながら扉を開けば、打ち付けるシャワーの下には名前が倒れていた。
「名前、」
「名前、さん…、」
駆け寄って抱き起こせば、名前を打ち付けていたシャワーのお湯がオレを変わりに打ち付け始め、排水溝に流れていく透明だったお湯に赤が混じり始めた。
返り血が流れていくのを感じながら「コナツ、カツラギさん呼んできて。」と呆然としているコナツに言えば、コナツは数回頷いてバタバタと脱衣所を出て行った。
「名前っ、名前っ、」
頬を軽く叩きながら声を掛けても反応はない。
しかし息はしているし、心臓だってしっかりと動いている。
シャワーを止めて上着を脱ぎ、それを裸の名前の前身にかけてから包むようにして風呂場を出る。
滴るお湯が床を濡らしていたけれど、そんなのお構い無しにベッドに横たわらせてふかふかのタオルで顔を拭っていれば、コナツがカツラギさんを連れて来てくれた。
走ってきてくれたらしい博識のカツラギさんに名前の様子を見せる。
その間も名前の肌を隠すのだけは忘れない。
ベッドも布団も全部水浸しだが仕方ない。
「恐らくザイフォンの使いすぎでしょうね。今みたいに眠っていればすぐに回復するでしょう。」
無事だと聞いてホッとするものの、自分をぞんざいに扱ったことに腹立たしくなってきた。
名前にでこぴんの一つでもかましたい所だが、そんなことをしてしまえばカツラギさんに怒られるだろうから止めておく。
「しかしこの格好のままでは風邪を引くでしょうね…」
「…」
カツラギさんの言葉に、やっと名前が裸だということに気付いたらしいコナツの両目を後ろから両手でそれぞれ塞いだ。
今更だけど、パニックになっていた時と今とじゃ何か違う。
「オレが着替えさせるよ。」
「「……」」
何故そこで黙るんだ2人とも。
「昔は一緒にお風呂入ったりしてたし、」
小学生になる前だったけど。
「何もしないし、」
きっと。
「平気平気♪」
多分。
「調理場のおばちゃん達にお願いするのが一番では?んぐっ。」
余計な事をいい始めたコナツの口も塞いだ。
右手で両目を、左手で口を。
何だこの状態は。と塞いでいるオレが言うセリフじゃないが。
「名前だって知らない人に着替えさせられたってより、顔馴染みで気も許しちゃってるオレの方が絶対いいと思うんだよね。」
「そこまで必死になられると逆に不安ですよヒュウガくん。ここはお2人の間をとって…アヤナミ様というのはいかがでしょう?」
「なんでそこでアヤたん?!?!」
「ほら、アヤナミ様なら無表情且つ平然としてくれそうではないですか?」
「ダメ!他の男とか絶対ダメ!!」
絶対名前の裸なんて見せられない!!
「大体オレさっきもう見たから!」
あの時のは不可抗力だ。
見ようと意識したわけではないけれど、見えてしまったものは仕方ない。
ぺったんこだった胸が大きくなったなぁ、少女が女性になっていく成長を見逃したのは惜しかったなぁ、なんてオジサン臭く思ってしまったのだって致し方ないはず。
「まぁ、それもそうですね。それにヒュウガくんも倒れた女性に何かしようだなんて思わないでしょうし…ね?」
「しないしない。」
さすがのオレもそこまで飢えてない。
別に好きな女が裸で、しかもベッドの上で横たわっていたとしても……
多分、多分何もしない。
……多分。
「ではコナツくん、私達はお先に部屋でゆっくりすることにしましょうか。」
「…大丈夫ですかね??」
「大丈夫でしょう。…恐らく。」
清清しいくらいに全然オレのこと信用してないよね、2人とも。
「はいはい2人ともありがとー。お疲れー」と部屋から半ば強引に押し出して扉を閉めて、下着はどこかな、とバックの中を適当に漁る。
何だか下着泥棒になったような気分だ。
いけないことをしているような…。
だけど親切でしているわけだし、と誰に言い訳をしているのかわからないけれど心の中で呟きながらも、見つけた下着の中から一番オレ好みの下着を手に取ったのはあの2人だって許してくれるだろう。
ベッドで未だ眠っている名前に近づき、若干まだ濡れている体を拭いていく途中、喧嘩の原因であるキスマークが目に入った。
薄く色づいているそれは誰がつけたのかなんてわかっている。
恐らく『フラウ』という奴。
名前が『『まだ』付き合ってない』と言った奴。
キスマークを指で撫で、それからそこに引き寄せられるように唇を落とす。
唇に触れた柔らかな肌は欲情するには十分だったけれど、寝ている女に、それも倒れた女に何かできるほど理性は崩れていない。
触れている部分をキツく吸い上げればそこには濃い痕が残った。
それをもう一度撫でて、今度は満足げに目を細める。
これ以上はなけなしの理性も崩れそうなのでやめておこうか。
「さて、」
ここからは割愛ということで。
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