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沈んでいた意識がふっと浮上した。

閉じていた瞼を開けば見慣れない天井が見え、『ここどこだっけ??』とまだ鈍い脳みそで考える。
見たことがあるような気もする。
けれど答えが浮かんでこなくて、起き上がろうとすると全身に倦怠感を感じた。

起こそうとしていた上半身はベッドへと逆戻り。
動かした腕もへにょりと力なくシーツに沈んだ。


「…重い…」


体が異様に重い。
まるで自分の体が鉛にでもなったかのような気分だ。
力は入らず、体の神経が途切れているような感覚さえする。
だけどシーツの肌触りの良さとか、冷たさ、温かさは感じるのだからそれは気のせいなのだろう。

ただ気だるいだけか、と思いながらまた瞳を閉じようとして、ようやっと『ここどこだっけ??』という自分の疑問の答えに在りつけた。

そうだ、ヒュウガの部屋だ。
そういえばさっきからヒュウガの香りだってする。

一度ミイラ取りがミイラになってからたまに入ることもあったけれど、さすがに天井を見上げることなどなかったから気付くのに時間がかかった。

この部屋の主であるヒュウガは不在なのか、姿はない。
気だるげに窓の方へと顔を向ければ、外は暗く深い闇がそこにはあった。
今が何時なのか、それすらも時間の感覚がない。

確か枕元に時計があったはずだと思い出すが、残念ながら体が思うように動いてくれなかったため結局何時かわからないまま天井を見上げる。


それにしても何故自分はこんなにも気だるいんだ。

頭の中にはまだ白いもやが掛かっているかのように晴れない。

深く息を吸って、吐いて、と睡眠時のような呼吸を繰り返していると、ガチャリと扉の開く音がしてそちらに顔だけを向けるとヒュウガが立っていた。


「起きたんだ。」


彼の言葉に小さく頷くと、何か食べるかと聞かれたが食べる気力も体力もないので今度は首を横に振っておいた。


「1日とちょっとかな、名前が眠ってたの。」


ヒュウガがベッドに座ったのでギシッとベッドが軋む音が微かに聞こえた。


「顔色まだ良くないね。」


頬に彼の大きな手が触れて、ホッと息を吐き出す。
何故だろうか、起きた時感じた虚無感を一層してくれるのだ彼は。


「倒れたの覚えてる?」


あまりにも私がボーっとしていたせいかヒュウガは親切にも問いかけてくれたが、一瞬キョトンとする。

倒れた?
私が?
はて?
何故?


疑問符がたくさん頭の中に浮かんで、そしてすぐに思い出した。


「あ…、わた、し、」


そうだ。
遠征の後、ザイフォンの使いすぎでバスルームで倒れたんだった。

なのに今はヒュウガの部屋に居て、ヒュウガのベッドで眠っていて、それからえっと…服、着てる…。


色んな疑問の色を浮かべた瞳をヒュウガに向けると、彼は悟ってくれたのか苦笑して疑問に答えてくれた。


倒れた私を助けてくれたのがヒュウガとコナツくんとカツラギさんで。
第一発見者のヒュウガがびしょ濡れの私をベッドに寝かせたせいでベッドが水浸しになったこと。
だから眠っている間にヒュウガの部屋に運んだということ。

それから…、


「…え??い、いま…なんて?」


私の聞き間違いでないのなら、着替えはヒュウガがしてくれたとのことだった。


「倒れてるの発見した時にもう見たからさ、そう気にしないで♪」

「するわー!!!」


悪鬼の如く叫べば、クラリと視界が揺れて気持ち悪くなった。


「はいはい無理しない無理しない。」


ヒュウガがポンポンと布団の上から私の鳩尾辺りを軽く叩いてくれた。
次第に落ち着く体だが、心の中はそうはいかない。

見られたのだ。
全部。
全部。


布団を引き上げて顔を隠したが、小さく笑ったヒュウガに引き下ろされて無駄な抵抗に終わった。


「赤いね。」


何がなんて言われなくてもわかる。

病人は安静にするべきだと思うんです。
だからもうこの件については放っておいて欲しい…。


「オレ、無理しないでって言ったよね?」


会話が変わればいいのにと思っていたら、彼の声のトーンが一つ落ちたと共に言われた言葉に気まずさを感じる。

確かに言われた覚えがある。
皆でトランプして遊んで、その後ヒュウガとババ抜きして負けた時。
その後は腕枕をしてもらったっけ。

あの時はヒュウガの雰囲気も声も何もかもが優しかったのに、今はどこか棘を感じる。
それはやはりフラウに付けられたキスマークの一件からだ。

やはりまだ怒っているのだろうか。


「その、でもたくさん苦しんでる人いたから…。」

「その人達治して名前が倒れてたら意味ないよ。名前のその心意気はいいと思う。でもね、自分を傷つけたり痛めつけるようなことはしたらダメ。誰かが許してもオレが許しません。」


ヒュウガのお母さんみたいな物言いに噴出すように笑えば、ヒュウガは笑われたことが不満だったらしく目を細めた。


「何で笑うの。」


これ以上笑ってヒュウガが拗ねると後々対応に困るので、私は必死に笑いを押し留めて微笑を浮かべた。


「ありがと。心配してくれて、ありがとう。」


布団の上に置かれたままの手に自分の手を重ねれば、そっと握り返された。


「それと…ごめんね。まだ怒ってる?」


キスマークのことをそれとなく謝ってみたら、ヒュウガは一瞬キョトンとしてみせたが、すぐに苦笑する。


「もう怒ってないよ。名前が謝るなんて明日は雨かなぁ??」

「残念ながら天気予報は晴れですー。」


失礼な、と呟きながらも『もう怒ってないよ』というヒュウガの言葉にホッと息を吐く。
何故かベッドに潜り込んできたヒュウガの表情は、確かにいつも通りだ。

仲直りの後のちょっとした気まずさもそれなりには感じるけれど、何より仲直りできたことが嬉しくて隣に寝転んだヒュウガの方に気だるいながらも体を向けて抱きついた。


「…名前?」

「なんかね、嬉しくって。」


気だるい体を酷使して抱きついた体をそっとヒュウガの体が包む。
大きくて、逞しい。

昔は小さくて細かったのに…。
士官学校に行って鍛えたのだろうその腕に、大人しく抱きしめられればまるで恋人同士のような錯覚に陥った。


「ヒュウガはさ、どうして軍人になろうって思ったの?」


ずっと聞いて見たかった質問を投げれば、彼は迷うことなく答えを口にする。


「軍人になろうって思ったわけじゃなかったんだよね、実は。とりあえず強くなりたかったの♪」


これが男と女の違いか。
私はあの頃強さなんて全く気にしていなかった。
なのにヒュウガは軍人になって強くなるという決意をすでにしていたのだ。


「名前を守れるくらい強くなるために軍に入ったんだよ♪」

「は?!私を?!?!」

「そ☆好きなんだよねぇ、今も昔も。『幼なじみ』とか『仕事仲間』としてじゃなくて、『一人の異性』として。」


思わぬ告白に目が点。
脳みそなんて思考を停止させてしまっている。

なのにヒュウガは何気ない顔をしていて、何故か不思議にも理不尽だと思った。
私の心をかき乱すのはいつもヒュウガだ。


「知らない男にキスマークなんて付けられてたら嫉妬だってするし、倒れたら死ぬほど心配だってする。だからもっと自分を大切にしてよ。自分のためにも、オレのためにも。」

「…は、い…。」

「それで?告白の返事は?」

「その前に一つ!!」


待って待って。
どういうことだ。
今も昔も好きってことは、昔からずっと両思いだったってことになるのか?


「今も昔も好きって、昔っていつくらい?」

「強盗に出くわす少し前ぐらいからだよ??」


私より前でしたか…。
私は強盗事件のすぐ後でした、とは言い辛い。


「で?返事は??」

「け、結構押してきますね、ヒュウガサン。」

「名前相手に余裕なんてないからね。」


困ったように笑いを浮かべるヒュウガ。
背中に回されていた手が髪を撫でてきたので、そのゆっくりとした動きに少しだけ静かな気分になれた。


「えっと…私も、好き、だよ。でも、その…ずっと一緒だと思っていたから離ればなれになった時すごく怖かったの。今ここで前みたいにヒュウガと一緒に並んだとしても、また離れ離れになるかもしれないと思うと怖くて…。」


また同じような思いをしたら、きっと悲しくて悲しくて涙が枯れることを知らない子どものように泣きじゃくるだろう。

二度と、あんな思いはしたくないのだ。


「大丈夫だよ。ずっと一緒に居るから。それを証明するためにもオレとずっと一緒に居て?」

「証明してくれるの?」

「うん、名前がおばあちゃんになって死ぬその時に『あの時約束してくれた事、守ってくれたね。ずっと側にいてくれたね』って思うくらい、側に居るから。」

「気が長くなるくらい遠い未来だね。」

「あっという間だよ。2人でいれば♪会わなかった数年間、埋めたい。」


ねぇ、埋めていい?と聞いてきたヒュウガに小さく頷くが、やはりストップをかける。
覆いかぶさってきたヒュウガは急なストップに、やはり不満げな顔をした。


「まだ体力回復してないから。まだダメ。」

「えー。じゃぁキスだけ。」

「まぁ、…それくらいなら…」


そう了承した時にはすでに唇は奪われていた。

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