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無力だとありありと見せ付けられ、まざまざと痛感させられた。
そして自分はつくづく子どもだと悔やんだ。


『ヒュウガ、私、怖い…』


お遣いに出かけようとしていた名前が家の窓から見えたから、いつものように着いてきた。
そしたらこれだ。

銃やナイフを店員や客にチラつかせ、『金を出せ』と脅している強盗犯たち。
オレ達は他の人間に混じって店の角に小さく蹲っている。

圧倒的な強さ。
子どもが一人立ち向かったところで、この状況の打開策にすらならないだろうことは幼い自分でもわかっていた。

その時、オレは力が欲しいと思った。
もし今の自分に力があったら、きっと名前を救えたはずだ。
この恐怖から助けられたはずなんだ。

強盗犯に銃で心臓を打ち抜かれた事切れた死体を、ただ何の感情もなく見つめた。
そこに憐れみがあったのか同情があったのかわからないけれど、ただただ目に焼き付けた。

今回はあの男が殺されたけれど、もしかしたら名前だったかもしれないと思えば気持ち悪いくらいに冷静な目で死体を見れる。

あそこに流れている血が名前の血だったら…、それだけがオレを戦慄させることができた。


オレの腕にしがみ付いて震えている名前がやけに小さく見える。
体格なんてほとんど変わらないのに。

『大丈夫だよ』と小さく声を掛けて小さな手を握り締めれば、痛いくらいに握り返された。


力があればいい。
好きな女の子を助けてあげられるくらいの。
守ってあげられるくらいの。

震える肩をどうにかしてあげたいのに、一向に震えが止まらない名前に遣る瀬無さを覚えた。








「……懐かしー夢。」


朝の訪れと共に自然に瞼が開き、天井を見つめながらポツリと呟く。

自分の左腕に程よい重さが乗っかっていて、そちらに顔を向ければ名前がまだぐっすりと眠っていた。

右手で名前の手を握れば、それはあの事件の時よりも細く、華奢な手。
強く握れば折れてしまいそうな指や腕に触れ、彼女の儚さを改めて実感する。

体はこんなにも華奢で壊れやすそうなのに、目を開けて口を開けば何故かオレが負けるんだよなーと笑いが漏れた。

いつもとは限らないけれど、惚れた弱みか、オレは何だかんだ名前に甘い。
昨晩だって結局キスだけしかさせてもらえなかったし。

体調が戻っていないのに無理をさせるつもりはなかったけれど、あの雰囲気で止めるかなぁ?普通。

だけど、名前の目が覚めた時ひどく安心したのを覚えている。
1日以上も目を覚まさないからさすがに焦っていたところだったのだ。

名前はやはり助け甲斐があるというか、守り甲斐があるというか。
頼むから本当に無理だけはしないでほしい。
オレの寿命が縮むから。


だけど昔ほど弱くないつもりだ。
名前を守れるくらい強くなるために軍に入ったのに目的を見失うところだった。
それを正しい方向へと向きなおしてくれたのも名前で。
オレにとって名前の存在は大きい。
そして名前に取ってもオレが大きい存在であればいいと思う。

今はアヤたんについていきたいっていうのもあって、名前のためだけに動いてあげることはできないけれど、守るよ。
オレが名前を守るから。
今度は、絶対。
もう二度と、あの何も出来なかった無力な思いをしたくはないんだ。
嘆きたくはないんだ。

強盗の事件があってから、人が死ぬことを名前が恐れていることは知っている。
だからオレが軍に入ることも内緒にしていたんだ。
言ったら泣かないだろうかとか、有言実行できなかったら男としてちょっとどうだろうかとか、たくさん考えすぎて…それで結局何も言えなかった。

でも不思議と名前がオレを嫌いにならないだろうか、とは心配に思わなかった。
こんなに甘やかしているんだから、名前はオレを嫌いになんてなれない。
不思議とどこかからか湧いてくる確信はオレの安定材料にさえなっていることを名前は知らないだろう。

もっともっと甘やかして、オレに依存してくれたっていい。
支えなければ立っていられないくらいオレに寄りかかってくれればいい。

そうしたらこの間みたいにキスマーク一つで嫉妬したりしなくて済むのだから。


「…でも、一人で立とうとするのが名前なんだよねぇ。」


オレの最近の悩みと言えばコレに尽きる。
そういう名前がまた好きだから、解決策なんてどこにもないのだ。


未だ眠っている名前の頬に頬を寄せて苦笑した。


人を殺すのは容易い。
だけど人を守るということは殺すことの何倍も難しいのだ。
殺す力の何倍もの力を要するのが『守る』ということ。

例え名前の中に今も癒えない傷があっても、その傷を二度と抉られないように。
そして、彼女を傷つける者が彼女の前現れたとしても


「守るよ、名前…。」


幼い頃の傷痕はひどく青い。
胸の奥で鈍い痛みを発している時も、凪いでいる時も、側にいたいと思った。








「完・全・ふっかぁーつっ!!!!ちょっとまだだるいけど!」


両手を挙げて伸びをしながら叫ぶ。
たくさん迷惑と心配をかけたようだが、それもまたありがたいことだと前向きに受け止めよう。

ヒュウガは「結局ちゅーしかできなかった…」と拗ねているけれど、私としてはゆっくり進んでいけばいいと思う。
……私のペースで。
ヒュウガのペースで進んだら大人の階段を2段飛ばしはしそうな勢いだから。


リビドザイルから降りながら教会に帰ったらもう少しのんびりしようと決めた。


「送るよ、名前。」

「え、いいよ。ヒュウガだって仕事あるでしょ??」


ヒュウガの申し出は大変嬉しい。
何せ鞄が重たくて重たくて。
今度は本を数冊減らそう。
だって結局はヒュウガの構って攻撃に邪魔されて読書なんてする暇がないのだから。


「ないない♪」

「少佐、遠征前に溜め込んでいらっしゃった書類、今からよろしくお願いしますね。」


コナツくんのお願いを聞いた私はヒュウガに冷たい目線を送った。
仕事ないんじゃなかったっけ??というブリザードにも似た私の視線から逃げもしない彼には『真面目』というものが欠落しているのかもしれないと本気で思う。


「じゃぁ門まで送るよ♪」


ヒュウガの譲歩に、私はコナツくんに視線を向けた。
するとコナツくんは『まぁ、それくらいなら』と彼もまた譲歩してくれたので「ありがと、じゃ門までよろしくね」とヒュウガに荷物を持ってもらう。

何だかコナツくんがヒュウガの保護者のようで笑えた。
ホント、ヒュウガは時たま子どものようだから。
その彼が急に大人な表情をすると、ドキッとするのだけれど。


「次の遠征、決まったら早めに連絡頂戴ね。」

「うん♪今度街にデートに行こうよ。」

「へ?!あ、うん、デートね。うん、いいね。」


次の遠征まで会わないと思っていたため、思わぬ誘いに一瞬ビックリして間の抜けた返事をしてしまったけれど、すぐに『嬉しい』という感情に変わったので笑顔で頷く。

デート、かぁ…。
なんだか恋人同士を満喫しているなぁ、とニマニマしてしまう。


「そういえば街においしいアイス屋さんができたらしいから、そこに、」

「名前」


『行ってみたい』という言葉は続かなかった。
名前を呼ばれてそちらへ顔を向ければフラウの姿。

迎えに来てくれるなんて思ってもいなかったから嬉しい。
今はヒュウガが持っていてくれている重たい荷物も持たずに済みそうだと、フラウに近寄ろうとするとヒュウガに腕を掴まれて引き止められた。

するとなんだろうか。
私の頭上を行き交う2人の視線が痛いというか…、苦しいというか…。
とにかくヒュウガさん、腕が痛いです。


「えっと、その、」


しどろもどろしていると、フラウが「名前、帰るぞ。」とホークザイルの後ろを指差した。
これは『乗れ』というわけなのだが、乗りたくても乗れないこの状況。
腕が、腕がもげるっ!!


「ちょ、ヒュウガ?痛いんだけど。」

「誰?♪」


表面上は笑顔だが怖い。
仮面の上に仮面被せているようだ。
きっとその仮面を剥がせば般若のような顔を…って、ヒュウガの般若のような顔は想像できない。


「きょ、教会の司教で、フラウっていうの。」

「ふーん…。」


でた。
自分から聞いてきたのにその『全然興味ありませーん』みたいな反応。

その反応をされたら困るからヤメテ欲しい。
聞いたんなら最後まで反応を返してよ。


「例の幼なじみか?」

「あ、うん。」

「へー。」


おい、お前もかフラウ。


「とにかく帰るぜ。告白の返事だって聞かねーとだしな。」


…告白の、返事??


………うぁあっ!!忘れてた!!!!
自分とヒュウガのことで一生懸命過ぎてフラウにキスマーク付けられた時に告白されたの忘れてたよ!


「告白?何、名前告白されてたの?」


ヒュウガの冷たい視線が私に浴びせられる。
居心地の悪さ100%だ。
誰か、空気清浄機プリーズ。


「まぁ、ハイ。」


返事も何も私はヒュウガと恋人になったわけでして…、


「と、とりあえずヒュウガはもう戻っ、ぎゃー何すんの!!」


ヒュウガが急に私の襟を肌蹴させ始めたので必死にその手を止めようとするが、男の力には女の力などあってないようなもの。
それがヒュウガなら尚更だ。


何を考えているのかわからないヒュウガは、襟元を軽く肌蹴させると、その私の姿をフラウに見せ付けた。

なんだろう、ヒュウガが勝ち誇ったような顔をしている。

フラウはといえば目を細めて面白くなさそうだ。
ただでさえ目つき悪いんだから更に悪者に見える。


「えっと…何。2人とも何。」


意味がわからずキョトンとしている私は、肌蹴させられた肌を見下ろした。

見難いが視界の下端に紅い痕が見える。

フラウが付けた痕と同じ場所だが、フラウが付けたにしては濃い。
あれからもう数日が経っているわけだし、確か消えかかっているのを鏡で見た…は、ず………


「ヒュウガ、ちょ、まさか…」

「ん??♪」


ヒュウガを見上げれば問い返しながらも、してやったりな顔をしている。

いつだ!
いつ付けたんだ!!


「いつ付けたわけ?!」

「名前が寝てるとき☆」


もう勘弁してくれ。
フラウが付けたキスマークの上からヒュウガがつけたキスマークをフラウに見せたということは、勝利宣言したようなものじゃないか。

フラウは私からの返事を聞かずして答えを知ったわけだ。
何だか失礼な結果になってしまったと思いながら、とりあえず馬鹿ヒュウガの頬っぺたを抓っておいた。


「今度ヘンな事したら一緒に寝ないから。」

「無理だよ〜♪名前が隣で寝てるのに何もしない自信がない☆」

「そこ自信満々に言うとこ違うっ!!」


反省のはの字もないヒュウガに怒っていれば、フラウに手を掴まれて引っ張られた。


「へ?!」


と思いきや急に唇に何やら柔らかい感触が。


フラウにキスされたんだと気づいたのは、ヒュウガに引き離されてからだった。

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