20



私は今、正座して絶賛お説教中です。
もちろんする側ではなく、される側。
20歳も過ぎた歳なのに、大人な私は一体何故こうなったのか頭の片隅で考える。

遠征から帰ってきて、ヒュウガに門まで送ってもらったら迎えに来ていたフラウにキスされて、ヒュウガに引き剥がされて、帯刀している刀の鍔を鳴らしたから必死にヒュウガを止めて…。
あぁ、そうだ、怒ったヒュウガに連行されたんだった。
…ヒュウガの自室に。


初めて入った彼の自室にドキドキする暇なんてない。
全部お説教のせいだ。

部屋が広いなーとか、物が少ないなーとか、それくらいしか頭の中に入ってこない。
せっかくの彼氏の部屋のはずなのに感動が薄い。
なんて残念なんだ。


「聞いてるの名前??」

「聞いてます聞いてます」


なんで私が怒られてるんだろう…。
私は無理矢理キスされた側であってした側ではないはずだ。
怒るならフラウを…といいたいところだが、次に2人が会えば一触即発もいいところだろう。
むしろその場が戦場と化すかもしれない…冗談じゃなく。

想像をしたくもない未来を考えてしまって、ぶるりと身震いしたら「ホントに聞いてるの?」とまた怒られてしまった。

彼にはバレないように小さく息を吐く。


「大体名前は隙ありすぎ。男のオレがベッドに潜り込んでも何も言わないし、無防備に起こしに来るし。」

「あーわかった。じゃぁ今度からは入らないでって抵抗します。」

「オレ以外でね。」

「なんでじゃ。」


ヒュウガの言葉にすかさずツッコミを入れてもう一つため息。

ベッドの上での正座とはいえどそろそろ足の痺れが限界になってきた。


「あのねヒュウガ、いくら私だって男性がベッドに入ってきたら抵抗するし文句の一つや二つ言って幻滅するわよ。……ヒュウガだから何も言わないし抵抗もしないの。」

「……もう一回言って??」


ヒュウガは怒りの表情の中にも嬉々としたものを混ぜたような何とも言い表しがたい表情を浮かべている。
怒りたいのか喜びたいのかどっちかにしてくれ。


「というわけだから、帰ります。」

「待って待って待って待って。…ねぇ、言ってよ。」


私の前で仁王立ちしていたヒュウガの片膝がベッドについてキシリと音を立てた。

妖しい大人な雰囲気に『やばい』と警鐘が鳴り響く。
この男、私の体調がまだ完全に回復していないことを忘れ去ってると思う。
だって何だ、この背中に回ってきた手は。

ついにヒュウガはベッドに乗り上げるようにして私に迫ってきた。
彼の頬が私の頬に猫のように擦り寄ってきて、それから口の端にキスが落とされる。


「言って?」


逃げられないことなどわかっていた。
わかっているのに、この雰囲気とか、近すぎる彼との距離とかが乙女心の邪魔をする。


「ヤ…、だ。」

「ダメ。言って。言ってくれないと体調悪くても今この場でヤる。」


何をだ何を。
一応私の体調が回復しきっていないと覚えていたことはありがたいけれど、助かったような助かっていないような…なんとも微妙だ。


「…だから、その、ヒュウガだから抵抗しな、」


言葉の途中で、彼の唇によって遮られた。
薄い唇が私の唇を食べるかのように食み、舌が遠慮もなく差し込まれてくる。

抵抗はしなかった。
フラウとのキスの後だからだろうけれど、荒いキスに嫉妬心を感じながらもやっぱり抵抗はしない。

悔しい気持ちとか、愛おしい気持ちとか、嫉妬とか。
そんな気持ちも受け入れていきたいと思っているから。
もちろん限度にもよるけれど。

それでも、私は彼を愛おしいと思っているから。
ただ、受け入れる。

舌が絡みあい、一度唇が離れたかと思うとまた舌を絡ませあう。

息も絶え絶えになった頃、今度こそ本当に唇が離れた。


「消毒、ね♪」


そういって笑うヒュウガに、そんなお決まりのセリフはいらないと顔を赤くしながら呟けば彼は更に笑みを深くして笑っていた。


「で?このままヤる?」

「調子に乗らないでくださーい。私、教会での仕事もあるから帰らなくちゃ。」

「送ってくよ。」

「いや、もうホントいいから。」


2人が鉢合わせするところなんて想像したくもない。

重たい荷物を持って部屋を出ようとすると、仕事に来ないヒュウガを呼びにきたコナツくんが入ってきた。

何が何でも送ろうという姿勢のヒュウガにコナツくんが『仕事してください』と言い始めたので、私はその間に軽く手を振ってからそそくさと部屋を後にした。

ナイスタイミングだコナツくん。
こうでもしないと本当に送ってくれそうな勢いだった。

荷物は重たいがあの気まずい雰囲気よりは幾分かマシだ。


門のところまで来ると、フラウとヒュウガの3人で居た時の事を思い出し、キスしてきたフラウにどんな顔して会えばいいのかと考え込み始めると、視界の端に金色が移った。
ガラの悪そうな目つき、長身、金髪とくれば…


「フラウ…」


門の塀に寄りかかって待ってくれていたフラウは、無言で私の荷物をホークザイルに乗っけてくれた。


「ありがと…、えっと、その、待っててくれたの?」

「あの男が送るかもしれねーとは思ったんだけどな、名前の性格上断るだろーと思ってよ。」


待ってて正解だったぜ、と言いながらホークザイルに跨ったフラウ。
私もそれに続くようにして乗ろうと思ったけれど、さっき色んなことがあったせいか気まずすぎる。

そんな心境を悟ってくれたのか、フラウは「さっきは悪かったな。」と頭に手を乗せてグシャグシャにかき回した。

頭もグワングワンと一緒に揺れたがいつもの事なのであまり気にしない。


「いつも邪魔が入って結局できなかったから、せめてあれくらいはいいだろ?」


確かに思い返せばフラウとキスしそうなタイミングで色んな人が間に入ってきたりしたっけ。
運がいいのか悪いのか。


「キスの件は…まぁ、その、いや、私も…ゴメン。」


ヒュウガに言わせると隙がありすぎるというヤツなわけだし…。


「それと、さ。告白、嬉しかった。でもごめんなさい。」


フラウのためにも、ヒュウガのためにも、そして私自身のためにもこういうことはきちんとしなければいけない。
このことでヒュウガが嫌な気分になるのも嫌だし、フラウにズルズルと引きづられても申し訳ない。

私はやはりヒュウガの事が好きだから。


「わかってる。あーあ、やっぱりあの時無理矢理にでも帝国軍に行かせるのを辞めさせておくべきだったぜ。」


ちぇっと舌を鳴らしたフラウに小さく苦笑を漏らせば「乗れよ」と後ろを指差された。
2人乗りのホークザイルに乗り込み、そっとフラウのお腹に手を回す。


「私ね、フラウのこと…好きになりかけてたよ。だってフラウってばイイ男なんだもん。」


見た目だけじゃなくて、中身も。
包んでくれるような優しさがそこにはあった。
側にいるだけで安心できた。

なのに気持ちはヒュウガばかり向いてしまった。

フラウが悪いわけじゃない。
ヒュウガが悪いわけじゃない。

気持ちというものは理屈では到底説明できないものがあって、言葉にし難いところがある、ただそれだけのこと。
ただそれだけのことというとちっぽけに感じられるけど、そうじゃなくて。
だって人はその感情に左右されて、何かを決断するのだから。
言葉というものは難しい。


ホークザイルが動き出せば風が髪を靡かせた。


「そういう名前もイイ女だったぜ。オレが惚れたくらいだからな。」


風に乗って聞こえた言葉に「それは自慢できそうだね。」って笑いながら言えば、「当たり前だろ」と返ってきた。


ヒュウガとの関係が変わり、フラウとの関係が変わりそうになり、変化の渦中にいた私だったけれど、ここには確かに変わらない何かがあるような気がした。

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