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一体何の用なのだろうか。

珍しく、というか初めてアヤナミ参謀から電話があって、遠征かと思って出てみたら「悪いが今すぐ軍に来てくれ」という一言だけが告げられた。

夕方ということもあり、とりあえず遠征かもしれないしと外泊の旨をカストル司教に告げて軍へ来てみたのはいいものの…。

どうやら遠征ではないらしい。

前回、荷物が重たすぎたので今回はそれに学んで考慮した結果、軽くで済んだはいいものの、いらないとなれば急に重たく、そして邪魔にも思えてくる。

遠征じゃないのなら遠征じゃないと教えて欲しかった。

そう思いながらも口には出さない。
だって目の前に座っているのがアヤナミ参謀だから。
いくら私がヒュウガの幼なじみ兼恋人であっても、さすがにちょっぴり怖い。


「急に来てもらってすまなかったな。」

「いえ…。」


参謀長官室とやらに通されてはいるが、私が来た事をヒュウガは知っているのだろうか?
知っているのなら今この場に来ないのは怪しい。
それとももしかしてヒュウガに何かあったとか。
私を呼んだということは怪我をしたとか。

色々な仮定を頭の中に浮かばせるが、どれもピンと来ない。
だってヒュウガが怪我とか…ねぇ。


「名前嬢は珍しくも病気も治せると耳にしたのだが。」

「あ、はい。治せますよ。ですが治療法のわかっていない病気は無理ですし、重病でしたら私に返ってくる負担が大きいですが…。」


数日は確実に寝込まなくてはいけない。
誰かが病気なのだろうか。
もしかして…アヤナミ参謀?
よく見れば顔色が悪いような…
…いや、この人の血色の悪さはいつもか。


「風邪は、どうだ?」

「は?風邪、ですか?」

「あぁ。」


風邪か。
あまりにも真剣な顔をしていたので少し拍子抜けしてしまった。

いやしかし風邪といっても馬鹿にはできない。
それがきっかけで肺炎になったりする人も、亡くなったりする人だっているのだから。


「風邪も治せますよ。」

「そうか。悪いが仕事とは別に頼まれてくれないか?」


仕事とは別というと、プライベートということになるのだろうか。
確かに私は遠征時のみの契約だけど、症状が風邪な上にアヤナミ参謀の頼みとあらば無償で引き受けるくらいの器は持っているつもりだ。


「もちろん、いいですよ。」

「報酬はこれに好きな金額を、」

「い、いいですよ!いらないです!」


アヤナミ参謀から小切手を差し出された瞬間ギョッとしてしまった。
小切手って…お金持ちのおじ様やおば様方を相手にした時くらいしか使ったことがない。
なのに普通に小切手を出すアヤナミ参謀って……。

ぜひ貯金額を教えてもらいたい。…なんて。


「そういう訳にはいかない。それを生業としているのだろう?」

「そ、そうですけど…じゃぁ…100ユースで。」

「ワンコインもいいところだな。自分の力に自尊の念があるのなら正当報酬というものは必要だ。」


値切る方が説得するならわかるけど、なぜ払う方が説得しているのだろうか。
しかも正論だから言葉に詰まる。


「えっと…でも、あの、いつも遠征時には良くして頂いているので、本当にいらないんですよ。正当報酬といわれるのでしたら、アヤナミ参謀の親切にお返ししているというだけです。」


遠征時、男ばかりの集団に女が一人。
そうなれば浮き足立つ男もいるだろう。
もちろんよからぬ事を考える男だって。

だけどそんな男は一人もいない。
無駄に話しかけてくる男も(ヒュウガを除いて)、手をだしてくる男も(ヒュウガを除いて)、スキンシップが激しい男も(ヒュウガを除いて)。
皆親切だ。

それはきっと上司であるアヤナミ参謀が抑えていてくれているから。
もちろんヒュウガがよく私の側にいるというのもあるけれど、それだけじゃないことを私はきちんとわかっている。

親切には親切で返したい。

そんな私の心境を悟ってくれたのか、アヤナミ参謀はゆっくりと頷いてくれた。


「すまないな。ではその言葉に甘えさせてもらおう。」

「はい、ぜひ。」

「治して欲しいというのはだな、ブラックホーク全員だ。」



………はい?










「ごほっ、けほっ、」


ベッドの上に蹲るようにして横になっているのはクロユリくん。

まず1人目だ。
あ、間違った2人目だ。

実は先ほどアヤナミ参謀も微熱だとかで治したばかりなのだ。

まさかブラックホークの中で風邪が流行るとは…。


「…けほっ、名前?」

「はい、私です。治しに来ましたからね。」

「名前、病気も治せるの?」

「それなりにでしたら。」


クロユリくんの胸部辺りに手を翳してザイフォンを発動させれば、クロユリくんの頬の赤みが取れていく。


「わ、すごいや名前。」

「ありがとうございます。とりあえず今日はまだ安静にしていてくださいね。次はハルセさんのところへ向かわなくては。」

「ボクもハルセのとこ行くー。」


安静にと言ったばかりなのに、クロユリくんは私に着いて来た。
大切なべグライターのようだし、きっと心配しているのだろう。


「ハルセー。名前が治しに来てくれたよー。」

「クロユリ様…?名前さん?」

「はい、治しに来ました。」


ベッドに飛び乗ろうとしたクロユリくんを引き止めて、ハルセさんにザイフォンを発動する。


「一気に楽になるんですね…。ありがとうございます。」

「わーい、ハルセ遊ぼう?」

「クロユリくん、安静に。ね?」


さっきも言ったでしょ?と言えば素直に頷いてくれた。
腹黒く聡い子だとばかり思っていたけれど、やっぱり素直でいい子だ。

クロユリくんは『じゃぁお話しする』とハルセさんの部屋に残ったので2人に手を振ってから部屋を出た。

今度はカツラギさんの部屋だ。

アヤナミ参謀から各部屋の場所が書いてある地図を貰っているため迷わずにいける。

依頼者であるアヤナミ参謀にも『安静に』と言ってはいるが、あの方のことだから恐らく病気で滞っていた仕事を片付けているのだろう。

目に浮かぶ光景に苦笑しながらカツラギさんの自室をノックしてから開いた。
寝ているかもしれないということでアヤナミ参謀から合鍵は渡されているのだ。


「名前さん?」

「こんにちは。アヤナミ参謀に頼まれて風邪治しにきました。」


案の定眠っていた様子のカツラギさんが上体を起こした。


「起こしてしまってすみません。」

「いえ、気配で勝手に起きてしまうものですから、お気になさらないで下さい。」


気配で起きるのか…。
ならさっきのノックは決定打だろう。
気配で起きる人がノック音で起きないはずがない。


「少し失礼しますね。」


カツラギさんの胸部に手を翳し、クロユリくん達同様ザイフォンを発動させる。

顔色が悪かったカツラギさんの顔に健康的な赤みが増した。


「とても楽になりました、ありがとうございます。他の方々はもう治られているんですか?」

「ハルセさんとクロユリくんとアヤナミ参謀だけです。これからコナツくんとヒュウガのところへ行こうと思っていて。」

「そうですか。コナツくんは一番体調が悪そうでしたから心配ですね。」

「パパッと治してきますから安心して、今はまだゆっくり体を休めてあげてくださいね。」

「わかりました。今日はまだしばらく横になっておきます。」


大人なカツラギさんに一礼して部屋をでる。

さて、今度は一番体調が悪いと言われていたコナツくんの部屋だ。

カツラギさんの部屋同様、一応ノックをして合鍵で部屋に入る。
すると椅子に座って書類と向き合っているコナツくんの姿が見えた。


「ちょっとー!!風邪ひいてるんでしょ!!」

「あれ?名前さん??」


起きているのにこんなに近づかないと気付かないなんて…。
失礼します。とコナツくんのおでこに右手のひらをくっつけると、驚くほど熱かった。
それなのに自室に持って帰ってきてまで書類してるだなんて…。


「コナツくん、仕事もいいけど体が資本だよ?」

「わかってはいるんですが、仕事が溜まっていて…それもこれも全て少佐のせいで…」

「それもこれも、ね。」


いろいろアヤナミ参謀からは聞きました。
けどせっかくアヤナミ参謀がお休みをくれているのだから休めるときに休むべきだ。


「はい、ベッドに行ってくださーい。」


渋るコナツくんをどうにかベッドへ寝かせるとザイフォンを発動して風邪を治した。


「いいですか、風邪が治ったからといってまだ体は本調子じゃないんですよ。だから大人しく今日は安静に、大人しく寝ていてくださいね、大人しく。」

「3回も大人しくって言いませんでした?」

「いいました。だってコナツくんってば仕事しそうな勢いじゃない。」


コナツくんに布団を掛けてあげて「じゃぁ、今回の風邪の元凶を治してくるからね。」と言って部屋を出る。
扉を閉めるなり3秒数えて扉を開けば、思っていた通りコナツくんがベッドから起き上がろうとしていた。

この子、絶対仕事する気だったな。


「何、してるんですかね?」

「……お、お手洗いに…」

「そうですか。それは失礼しました。では行って来ていいですよ。コナツくんが寝るまでここにいることにしたから。」

「えー?!?!」

「トイレ行って寝るんなら文句ないでしょ?」

「……名前さんって意外と少佐並に頑固ですね。」

「コナツくんもね。」


あれかしら、ヒュウガの側にいるとそうなっちゃうのかしら。
類は友を呼ぶっていうし。
私は幼なじみ兼恋人で、コナツくんはべグライターでヒュウガの側によくいるだろうし。


「あれ?トイレは?」

「大人しく寝る事にします。」

「良い案だと思う。」


トイレが嘘だったと素直に認めたコナツくんは、ベッドに潜りなおしてゆっくりと瞳を閉じた。

私は彼が寝付くまで近くの椅子に腰掛ける。


「体は大切にしてあげてね。」

「はい、ありがとうございます。」


その会話が終わり、数分と経たない内に寝息が聞こえ始めた。
風邪は治っても日頃の疲れなどは意外と溜まっているものだ。

音を立てないように部屋を出て合鍵で鍵を閉めると、今度こそブラックホーク内で風邪を流行させた元凶であるヒュウガの部屋へと向かった。


「ヒュウガー入るよー。」


これまた合鍵で開ければ部屋の中は暗い。
夕方に来た上にみんなのところを回っていたらすっかり夜になってしまったようだ。

電気をつけるリモコンがどこにあるかわからない上に、暗くてよく見えない。
まだ暗闇に目が慣れていないせいもあってか、ベッドの位置もあやふやだ。

お説教のためだけに一回入っただけでうろ覚えのベッドの位置まで手探りで進む。


「ヒュウガ、いるの?寝てるの?」


人がいるような気配がしない。
よくよく耳を澄ませてみれば寝息だって聞こえない。
もしかして出かけているのだろうか。

いや、しかし風邪ひいてるのに…と悩み始めた瞬間、思い切り腕を引っ張られてポスンと柔らかい何かにダイブしてしまった。

手触りの良いシーツ。
恐らく私がダイブしたのはベッドの上で、引っ張ったのはこの部屋の住人であろう。

驚きと衝撃に目を瞑っていたが、その瞼を開くとようやく目が暗闇に慣れたのか薄っすらとヒュウガの顔が見えた。


「夜這い?」

「違うっ!もーいるんなら声くらい掛けて電気点けてよー。」


あまりにもびっくりしすぎて心臓がバクバク言っている。
ただ風邪を治しにきただけなのにどうして驚かされているんだろう私は。


「だって電気つける暇があったら早く抱きしめたくって♪」


ぎゅうっと抱きしめられれば熱いくらいの体温が体全体に伝わってきた。


「熱が高いって聞いて心配してたけど、冗談言えるくらいなら平気ね。ほら、ヒュウガ菌やっつけてあげるから。」

「何、ヒュウガ菌って。」

「アヤナミ参謀に頼まれて来たんだけど、全部聞いたわよ。ブラックホークで一番最初にヒュウガが風邪ひいて、それから皆に広まっていったって。しかも全然治らなくてしつこい風邪だって。これをヒュウガ菌といわず何ていうの。」


あのブラックホークをダウンさせるほどのヒュウガ菌、最強じゃないか。


「いやむしろアヤたん菌だよ。オレが熱でるくらいだよ?!」


アヤナミ参謀菌とヒュウガ菌のコラボかもねーと適当に返事をしながらヒュウガの額に手を伸ばす。
しかしコラボしてたらなんて最凶な菌だ。


「熱、大丈夫?」

「ん。名前の手冷たくて気持ちい。」


猫のように擦り寄ってくるヒュウガ。
頬と頬をくっつけられたかと思えば、服の裾から熱い手が入り込んで来た。


「馬鹿。風邪ひいてるのに何しようとしてんのよ。ほら、治してあげるから仰向けになって。」

「ヤダー。治んなくていいから抱きついてたい。このままがいい。」

「手欲しがりの子どもかっ。」


ヒュウガの胸板に手を当てて必死に押し返そうとするが、病人の癖にビクともしないなんて。

ヒュウガは更に私との距離を縮めてきて、ついには私の鎖骨に額をくっつけた。


「ちょっとヒュウガってば、」

「…治したら名前帰るでしょ?」


心細そうな声が聞こえて、ピタリと押し返す力を止めた。
意外に弱っているようだ、彼は。

私はそっと彼の後頭部に左手を回して髪を撫でてあげる。
そして空いている右手でザイフォンを発動させて風邪を治した。


「…治さなくていいって言ったのに。」

「キツそうなヒュウガ見るの嫌なの。」


拗ねたような声に小さく笑って、「さてと、」と呟く。


「もう夜も遅いし、今から帰っても夜中になっちゃうからここに泊まろうかなーとかって思ってるわけなんだけど、どう思う?」


未だによしよしと撫でていたヒュウガの頭が勢い良く上がったため、暗闇の中で目が合う。


「いいと思う♪」

「シャワーもベッドも貸してくれる?」

「もちろん♪なんならオレが洗って、」

「ヒュウガはまだ安静にしててください。」


さて、アヤナミ参謀に終わった旨を伝えて、参謀長官室に置きっぱなしの荷物を取りにいかなくては。

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