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「名前、いい加減眠ったら??」

「あ、うん。そうだね。そうする。」


手を止めずにそう返せば、ジュードはため息と共に呆れたとばかりに肩を竦めて首を振った。

実験室に篭って約3日と言ったところか。
睡眠なら椅子の上に座って実験台に頭を伏せて取っている。
だがその時間さえ惜しいというのに、皆はもっと寝たほうがいいというばかりだ。


「その返事、何度目だい?」

「確か…16回目。」

「24回目だよ。」


エレーナが居る時はエレーナが『休んだ方がいいわ』とやってくるが、エレーナがいない時はジュードがこうして世話を焼きに来る。
そのジュードはやれやれといった感じで実験台にもたれた。


「あんなに嫌がっていたアリスの研究や改良を、どうして今更そんなに根つめてやってるんだい??」


ここ最近、私は一人実験室に篭りっぱなしだ。
引き篭もりと言われても反論できないくらいには実験室から出ていない。
前までは一秒でも早くこの研究室から出たかったのにだ。

それをジュードは怪しんでいるのか、それともただ純粋に心配してくれて疑問を持っているだけなのか。
真実は定かではないが、この深夜の時間に私がジュードを研究室に入れるのはジュードが研究者ではないからだ。

エレーナは元研究者、それに他の連れてこられた研究者もこの深夜の時間帯に最近入れなくなったのをエレーナは少しは疑問に思っているだろう。

何故入れたくないのかと問われた時のために『アリスの改良が上手くいかないから、ちょっと危険なところまで手を加えてみようと思ってて。研究者が死んだら困るし、エレーナにも死んで欲しくないの。』という完璧ないい訳もちゃんと考えている。

いい訳…、つまることろそれは嘘。

私がジュードだけを研究室に入れる理由は味方だからじゃない。
ジュードは研究者でなく、エレーナのただのパトロンだからだ。

私が今隠れてどんな研究をしているのかなんてわかりっこない。
でもやっぱり不安だから、今までジュードには『危険だから』とすぐに出て行っては貰っているが…。
いや、『貰っている』というより『貰っていた』と言ったほうが正しいか。

ジュードは私に睡眠を取らせるがために、先程『名前が部屋に戻るまでここから離れないよ』と言ってきたのだ。

それを実行しているのか、一歩も動く気配はない。


「エレーナに早く新しいアリスを使わせてあげたいから、かな。」


これも用意しておいた答え。
ジュードはまたため息を吐くと、時計を目で追った。


「名前、君時計は見えるかい?」

「2時45分。」

「そうだね。いい子はもう寝る時間じゃないのかな?」

「いい子って…そんな子供じゃないんだから。」


あまり話しかけないで欲しいけれど、この時間帯に全く人がいないというのも寂しいものがある。
あれだ、所謂丑三つ時とかってやつ。
あれは意外と気持ち悪い。


「エレーナがよく君に言うだろう?天使でいい子だって。」

「いや、ちょっとそれ嫌なんだけど…」


天使って柄じゃないのは自分でもわかっている。
いい子だなんて、そんなこともない。


「ジュードこそ帰らなくていいの?恋人とかさ、居そうだよね。」

「そうかい?でも残念ながら居ないんだよね。」

「意外かも。」


これは本音。
彼が何故エレーナのパトロンをしているのか時々不思議になる。
ジュードは顔もカッコイイし、優男とまではいかないが筋肉ムキムキとまでもいかない体つきはほどよく筋肉がついている。
声は優しいし、よく色んなことに気がついて、それでいて気が利く。

表の顔は一般企業の社長。
裏の顔はエレーナと徒党を組んで殺人を企む悪の組織。
悪の組織っていったら何だか安っぽく感じるのは私だけだろうか。

しかし、ヒュウガや参謀長官たちが入り込んだ研究施設は全てジュードが用意したものだ。
パトロンと言っても、エレーナがジュードに体を要求されているようではないようで、相思相愛で付き合っていることもないようだ。
ただお互いの目的が一緒だった、それだけ。
お互いの目的と言ってもただ人を殺したいという欲求を抑えきれないだけなのだろうけれど。

そんなことを考えていたところで欠伸を一つ。
するとジュードは待ってましたとばかりに口の端を吊り上げた。


「ほら、眠たいだろう??ふかふかなベッドで眠りたくなってこないかい?」


どんな勧誘だこれは。
確かに正直なところいい加減ベッドで眠りたい。
眠りたいけど…


「別に。」


待て待て私。
誘惑に負けるな。
欲しがりません勝つまではの精神を私はまだ忘れてはいないはずだ。


「エレーナと一緒で意外と強情だよね、名前。」

「ありがとう。」

「褒めてないよ。」

「だろうね。でも…ホントそろそろ立っていても寝そうなくらいだし、寝ようかな。」


そう言ったところで、私は透明な液体をビーカーに移した。
ちゃんと目盛りを見てどれくらいの容量か覚えておく。
誰かが勝手に取っていったりしてもわかるようにだ。

まぁ何の液体か誰もわかんないから、むやみやたらに触ったりはしないだろう。
皆はこれをアリスを改良するためだと思っているから近寄りもしないはずだ。
近寄ったとしても、見ただけでは作りかけのこれが何かもわからない。

それが零れないように小さな箱に入れて蓋を閉じると、とりあえず一段落着いたと息を吐いた。


「良かった、エレーナも心配していたからね。部屋まで送ろう。」

「大丈夫だよ。ほんとにちゃんと寝るから。もうこんな時間だし、ジュードも寝て?」

「あぁ、君はエレーナが言うとおり本当にいい子だね。じゃぁその好意に甘えるとするかな。おやすみ、名前。」

「おやすみなさい。」


ジュードが研究室から出たのを見て、私も研究室を出て鍵を掛けた。
部屋の前に行くと、見張りは軽い鼾をかきながらウトウトとしていて、それじゃぁ見張りの意味ないよね…と内心苦笑しながら自室に入った。

扉を閉めると鼾の音は消えた。
さすが防音だ。

さて、少し寝ようかな…とベッドに近づこうとしたところで、布団がこんもりしていることに気がつく。
はて…エレーナだろうか。
だけどこんな子供染みたことをエレーナがしたことは一度もない。
そっと近寄って布団を捲り上げると、そこにはヒュウガが気持ち良さそうに眠っていた。


「…は?」


あまりの急すぎる出来事に唖然としてしまう。
口を開けて彼を眺めていると、「そんなに見つめられたらドキドキしちゃうなぁ♪」なんて声が聞こえて、私は上半身を起こして胡坐をかく彼から目を逸らした。


「寝たふりですか…。」

「うん♪あだ名たんがどんな反応するのか見たくって☆」


ドS発言に若干の眩暈を感じながら、私はため息を吐いた。
大体寝不足の思考回路と底をつきかけている体力には堪えるびっくりな展開だ。


「あだ名たん、この前会った時より隈ひどいけど…寝てないの?」

「寝てますよ。そしてこれから寝る予定なんです。」


だからそこを退けてくれるととっても嬉しいのだけれど…。
ヒュウガはベッドのど真ん中に陣取って動こうとはしない。


「何かありましたか?」

「何かって?」

「いえ、私が聞いてるんですけど…。ここに来られたってことは何か動きがあったのかなと。」


エレーナは最近忙しいのかあまりここに帰ってこない。
恐らくあと数日に迫った軍でのテロに関して動き回っているのだろう。
だから何かあったのかと思ったのだが…。


「特にないよ。」


じゃぁ何故ここに居る。
しかもこんな深夜に。
時計の針は午前3時を差している。
人が訪ねてきていい時間ではないのは火を見るよりも明らかだ。


「寝るんでしょ?おいで。」


ヒュウガに手を取られてベッドに引き込まれる。
少し抵抗したけれど、がっつり抵抗できるほどの体力なんてもう残されていなくて、私は引っ張られるがままにヒュウガの腕の中に収まった。

彼の体温も、そしてそれを奪って温かくなっている布団も、トクントクンと微かに聞こえる彼の心音も、どれも全てが心地いい。

胡坐の上に乗せられて軽く抱きしめられて。
一体この体勢は何なんだと若干突っ込みたい気もしたが、あまりに気持ちがいいから私は口も、そして瞳さえも閉じた。

エレーナと一緒に居る時とは違う安心感。
参謀長官達が助けてくれると思っている時とも違う安心感。
恥ずかしいのに嬉しくて、心地いいのに切なくなる感覚に戸惑いさえ覚えた。

そんな戸惑いの中、自分が思っていたよりも体は悲鳴をあげていたらしく、私はそのまま気を失うように眠りについた。

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