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どれくらいこうしているだろうか。
銃口は未だ暗く見えている。
トリガーにはエレーナの白い指が掛かっているのに、それはまだ引かれない。
「…どうして??」
ひどく疲れたような声だった。
私は怖くて噛みしめている奥歯を更にキツく噛みしめて、ゆっくりと口を開いた。
口の中が気持ち悪いくらいに渇いていてしゃべりにくい。
「人を殺すということはいけないことだから。」
「どうして??」
「エレーナが私を大切だと言ってくれるように、失いたくないというように、私達が殺そうとしている人にも大切な人がいて、失いたくないと思われているからだよ。同じ痛みのはずなのに、どうしてわからないの?」
「他人だもの。」
「…私、エレーナと血繋がってないよ?私も他人だよ?」
こんな状態でもキッパリと言い返した。
ここで死ぬならそれでもいい。
後は参謀長官達がどうにかしてくれるはずだ。
……死んでも構わない…そう思っているのに、どうしてこの大事な場面であの人の顔が思い浮かぶんだろうか。
諦めろ、私。
あの人と歩む未来はありはしないのだから。
ここで死のうが死ぬまいが、どこにもありはしないのだから。
「血は確かに繋がっていないけれど、名前ちゃんのお父様が貴女が生まれた時に私に言ったのよ。妹が欲しいといっていた私に、『エレーナ、妹のように可愛がってあげてくれ。』って。だから…ずっと大切にしてきたのに…。」
エレーナの涙がポトリと床に落ちた。
その様子を見ていると、パンッと渇いた音がした。
それと同時に私の部屋の扉が開かれてジュードが入ってきた。
恐らくいつまでたっても来ないから呼びにきたんだろう。
「な、何をしているんだ?!?!」
銃弾は私の頬を掠ることもなくベッド脇の壁にめり込んだ。
結局、エレーナは私を殺せなかったのだ。
「殺せる…はず、ないじゃないっ。」
泣き崩れるエレーナにジュードが駆け寄って支えているそんな様子を、私は動く事も出来ずにただただ見つめていた。
「一体何が…」
「ジュード、ごめん。私エレーナたちのこと裏切ってたの。」
ジュードがエレーナの方に顔を向けているせいで、今どんな顔をしているのか見えなかった。
「…なるほどね。何となくわかったよ。エレーナ、立てるかい?」
未だに涙を流し続けているエレーナを支えて立ち上がったジュード。
「今日の計画は中止にしようか。」
私の心臓がドクリと脈打った。
「……いいえ。実行するわ。絶対にアリスを使ってみせる。」
エレーナはやっと己の力で立ち、涙を拭うと私の方を振り向いた。
「名前ちゃん、帰ってきたらお話ししましょう。」
お話しで済めばいいけど。
殺されはしないみたいだけど、この部屋より密室になっている部屋にでも監禁されそうだ。
今度こそ、本当に逃げられないように…。
冗談なんかではなく。
エレーナの微かな笑みは歪な執着そのもののようだった。
「行ってくるわね。」
「っ、待って!」
エレーナとジュードは部屋から出るなり施錠した。
私を一人、部屋に残して…。
いつもはいつでも研究室に行けるように開けっ放しにしてくれているのに…。
「エレーナ!エレーナ!!出してっ!!ジュード、お願い出してっ!」
扉に駆け寄って思い切り叩くけれど、びくりともしない。
2人の姿が消えると、部屋の外にはいつものガードマン3名にプラスまた3名つけられた。
どうやら逃がしてくれる気は更々ないようだ。
しかも6人中全員とも対ガスの防護服を着ており、更に3人は対閃光ゴーグルをつけていた。
対閃光ゴーグル(スモークゴーグル)は光の少ない室内では逆に危険だから3人だけなのだろう。
捨て身だけれどどれも理にかなっている。
前のように催眠ガスを使っても無意味だし、閃光手榴弾を使っても3人に効力はあってもゴーグルをつけている残りの3人には通用しないのだ。
閃光手榴弾を使って3人に絞ってならなんとか撒け……るはずないか。
大の大人の男達の間を通ってこの通路を抜けれる気さえしない。
いつもなら眠ってもらってすんなりと通れるのに…。
もう、なんてご丁寧なサービスだ。
まぁ、何より鍵を開けれないのではどうしようもないのだけれど。
私はベッドに山済みにされている選ばれなかったパーティードレスを除けて、そこに座った。
何か手を考えるんだ。
…そうだ。
「あのっ、研究室に行きたいんだけど!アリスの実験を…」
「残念だがエレーナ様が帰るまで誰も通すな、扉を開けるなと言われている。」
ですよね…。
深くベッドに座りなおして考える。
こんな時よくアニメや漫画で使われる通気口は、残念ながら人が通れるほど大きくない。
通れても赤ん坊くらいだろう。
そうだ。
こうなりゃ色仕掛けで……
「あのっ、私と、」
って、おっさんばっかりー無理ー!!!
冗談で言って本気にされたら終わりだー!!!
「…ヤッパリなんでもないデス。」
うぅ、何かもう頭使いすぎて痛くなってきた。
…そうだ!
「いたた、た…」
頭を抱え込んで床に蹲ると、扉の小さなガラス窓から男達の目線を感じた。
「いた…痛い…」
「おい、どうした。」
「な、んか…頭痛眩暈吐き気が急に…今すぐに病院に連れて行って…」
「…お前、大根だな。」
何がだ、何が。
演技かこの野郎!!
そんなに嫌味ったらしく言わずにハッキリ言ったらどうなんですか!
あーもう自分の演技力の無さに泣けてきた!
時計の針は何だかんだとパーティーの開始時間を当に過ぎている。
急がなければと思えば思うほど焦ってワタワタとしてしまって、結局ベッドに座るしかないのだ。
だけど座っても落ち着かないから立ち上がったり。
また座ったり立ち上がったり。
そろそろパーティーが始まった頃だ。
つまり、アリスが使われるまで後1時間しかない。
この場所から軍までは走っても30分は掛かるから…正式には後30分でここを抜け出さなければならない。
泣き真似もした、同情を誘ってもみた、死んだフリだってした。
でも全部ダメで途方に暮れる。
くそぅ…こんなことになるんだったら防護服も無力化するほどの催眠ガス作っておくんだった。
後悔しても後の祭りだ。
どうしようもない。
誰かに助けを呼びたいけれど携帯電話も何もない。
外に連絡を取る手段は何一つないのだ。
鳥でも買っておくんだった。
伝書鳩にでも育ててたら今頃ヒュウガや参謀長官にヘルプミーと伝えられていたのに。
私が今更パーティー会場に行ってもどうしようもないけれど、私にはまだしなければならないことがあるんだ。
会場のことは参謀長官達がどうにかしてくれているはず。
信じている。
もしかしたらすでにエレーナたちは捕まっているかもしれないし…。
何一つわからない現状に苛立ちが襲ってきた。
落ち着け、落ち着け、と深呼吸を繰り返して一先ず新鮮な空気でも吸おうと窓に手をかけた。
そこでふとあることを思い出す。
確かヒュウガはこの窓から出入りをしていなかっただろうか、と。
ガラリと窓を開けて下を見下ろす。
クラリとした。
やっぱり人間業じゃない。
ここ5階なんだもん!
ヒュウガは『普通に飛び降りてるだけだよ☆』なんて言っていたけれど、わかった、あの人自体が『普通じゃない』んだ。
それだったら納得が行く。
でも逃げだせる場所はこの窓しかないだろう。
そうだ、シーツや布団カバーを結んで[D:32363]いで…ダメか、5階なんだもん、長さが足りない。
山のようにある服では強度が心配だ。
でもそんなこと言っていられる状況じゃない。
「よし。」
こうなりゃ一か八かだ。
女は度胸!
そして時と場合で愛嬌だ!
やろう、と決めて顔をあげると、一台のホークザイルがこの研究施設の敷地に入ってきた。
外はすっかり暗くて見えにくいけれど、必死に目を凝らす。
ホークザイルは私の部屋の下付近に止まって、誰かが降りた。
「あだ名たんみーっけ♪」
やっと姿を認知できてその声を聞いた瞬間、私は窓枠に足を掛けた。
大丈夫、彼なら、大丈夫。
「え゛?!?!あだ名たん、何して、」
「ヒュウガっ、受け止めてくださいっっ!!!!!!」
私の叫び声に見張りの男達が異変に気付いたのか扉を開けて私を止めようとしたけれど、その前に私は空へと飛び出していた。
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