02



北の図書館で事件が起きた。

死者は多数に上ったとされたが数時間後には館内にいた53名全員の死亡が確認された。
これでも早朝だったため被害は少ない方だと思われる。

ブラックホークも狩り出されて駆けつけたが、すでに事切れた死体しかそこにはなかった。

数日前に出会った彼女に言われて配置させておいた軍人も帰ってきた者はいない。

状況は悲惨だった。
図書館内は血の海、死体はカッターナイフや割れた窓ガラスで刺された物から、鈍器で殴られているものまでおり、窓から突き落とされているものもあった。

しかし不思議と無傷で死んでいるものもおり、残された監視カメラには信じられない光景が記録されていた。

図書館内にいた人間が急に錯乱したかのように殺し合いを始めたのだ。
ウイルスか何かかと思い解剖してみたが、体内には毒物など何も残っておらず、脳や心臓からの出血のみ。
この事件、謎は深まるばかりだ。

何が原因なのか。
誰が起こした事件なのか。
わからず仕舞いの事件。

警察も、特殊部隊も軍もお手上げ状態。
そんな緊迫した中、執務室に戻ってきたアヤたんは開口一番「探せ」と命令を出した。


クロたんやハルセが首を傾げる中、その言葉にピンと来たのはオレとコナツ。

アヤたんは探せと言っているのだ。
数日前に出会った、あの少女の面影を残していた女性を。


「誰を探すのですか?」


カツラギ大佐の質問にはコナツが答えた。
2日前に街中で出会った何者かに追われている女性のこと。
その女性が今日の犯行を予告してきて、何らかの関係があるということ。


「でも探すって言ってもどこをどうやって?」


追われてるようだったから、もう捕まって殺されているかもしれないのに。
あんな細い腕や足で体力のある男から逃げ切るのは至難の業だ。


「オレたちの専門外の事件なんだから他部署に彼女の情報、回さなくていいの?」

「あの女は私達に『助けて』と言ってきた。それも私達がブラックホークだと知っていて。警察ではダメなのだと。つまりは警察の手におえる様な事件ではないということだ。」


どうやらアヤたんは情報を回すつもりはなさそうだ。
オレは『じゃぁどこから虱潰しに探していこうか』と、ふと窓の外を見た。


「何があるかわからぬ、それぞれペアで動け。連絡は密に。」

「…アヤたん、もうその必要ないかも♪」


オレは「どういう意味だ」と言ったアヤたんの質問に答えるべく、窓から軍の門を指差した。


「あ。」


コナツが呟く。
そこにはあの日の女性が立っていた。




***




「すみません、状況が状況なので身体検査してもいいですか?」


軍の門のところで立ち往生していた私を迎えにきたのは、先日も会ったはちみつ色の髪をした青年。

警戒中のため外部の人間は入れられないと門前払いされて困っていたから助かったと思いきや身体検査を要求され、大きな事件が起きた今仕方がないか、と素直に身体検査された。


「このペンダントは?」


服の中に入れていた、中が空洞になっているドロップ型のガラス細工がポイントのペンダントを指差されて、私は「自分で作ったんです、すごいでしょう?」と笑った。


「手先が器用なんですね。」

「それだけが取り得みたいなものですから。」

「一応見せてもらっても?」

「どうぞ。割れやすいので割らないで下さいね。結構気に入ってるので。」


ペンダントを蛍光灯の明かりに透かしてみたり、細工がないか調べた青年は「ありがとうございました。」と返してくれた。
やってきた軍人の女性に服などを検査された後、手荷物などないので検査は早く終わり、執務室への通路を歩く。

軍の中は慌しい。
今朝起きた事件にてんてこ舞いといった感じだ。


「参謀長官に会えますか?」

「はい。実は丁度探しに行こうとしていたところなんです。」

「やっぱり。よかった、抜け出せて。」


一先ず最悪な状況にはならずに済んだようで、私は小さく息を吐き出した。


「こちらです。」


そういって通された部屋はどうやらブラックホークの執務室のようだった。
中には先日会った銀髪の男と黒髪サングラスの男、それから3人が立っていた。
はちみつ色の髪をした青年が私に椅子を勧めてくれたので、それに大人しく座る。
息が詰まりそうなほど重苦しい空気だった。


「先に言っておきますが、私は犯人ではありませんよ。」


一人一人の顔を見て、最後に銀髪の彼の瞳を見据えた。
彼が参謀長官だということはすでに知っている。


「私を探そうとしていたってことは、状況に悩んでいる感じですか?」


何故私が犯行予告をしたのか、あの事件は何なのか。
きっと彼らは聞きたいことがたくさんあるに違いない。


「聞きたいこと、あるんでしょう?」

「わかっているのなら話が早い。」

「いいですよ、素直にお話しします。でもその前にお願いがあります。」

「あ、わかった!」


サングラスを掛けた男が「もしかして『助けて欲しい』ってやつ?」と首を傾げたので、私はゆっくりと頷いた。


「助けてくださるのでしたらお話しします。」

「内容も聞いていないのに軽々しく『助ける』などとは言えぬな。」

「そうですか。でも残念ながら私も『助ける』と言ってくださらない限り教えることはできません。」

「ここまで来て茶番を繰り広げる気か。」

「勘違いなさらないで下さい。私がここに来たのは助けてもらうためで情報を与えるためではありません。『助ける』と言ってくださるのでしたらその『助ける』ためには私が持っている情報を教えなくてはいけませんから、悪い取引ではないと思うのですけれど。」


私の望みも叶って、参謀長官が知りたいことも知れて、お互い万々歳ではないか。


「貴様こそ勘違いするな。今回の事件は我々の管轄ではない。本来、今回の事件の情報を欲しているのは我々ではなく警察のほうだ。」


そういった参謀長官の言葉にキョトンとする。


「まだお分かりになられませんか?今回の事件は万引きをした、殺人をした、どころの事件ではないんですよ?謂わばテロ。」


一番歳が上の方が目を細めた。
やっとこの事件の重要性に気付き始めたようだ。


「今日の事件は小規模ですが、これはただの手慣らし。」

「あれだけ人を殺しておいて手慣らし、か。」

「殺しておいて??あの場に居たほぼ全員が加害者であり被害者ですよ。次の犯行は…と、おしゃべりが過ぎてますね。少なくとも、次に起こる犯行は貴方達も無事では済みませんし、今日の死者の10倍は軽く越えると思います。」


下手したら第一区が壊滅状況に…いや、それはないか。
だってこの人たちがいるんだもん。
強いと噂されているこの人たちなら、止めてくれるかもしれない。


「アヤナミ様…、」


先程目を細めた方が参謀長官に声をかけた。
助けるべきだと、声が孕んでいた。
参謀長官は数秒悩んだ後、椅子に座ってその長い足を組んだ。


「条件を、飲もう。」

「ありがとう!!」


ため息混じりに吐き出された言葉に私は立ち上がって喜んだ。
近くに居た小さい子を抱っこしてクルクル〜っと歓喜に回ると、可愛い見た目とは裏腹に「…馬鹿?」と意外に冷たい言葉を吐かれた。

そういえば最後にあの子を見たのはちょうどこの子くらいの年齢だったような気がする。


「あのですね、助けて欲しいのは私じゃないんです。」


今も無事でいるのなら、またあの幸せだった日々に戻れるのなら…。
きっと私は何でもできる。

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