03



「あのですね、助けて欲しいのは私じゃないんです。」


椅子に座りなおしてそう言うと、その場にいた全員がキョトンとした。
どうやら全員、私自身を助けて欲しいと思っていたようだ。

そりゃそうかもしれない。
あれだけ懇願したのだから。
でも私にはそれくらいする理由がある。
情報を提供してもいいと思うくらいの価値があの子にはある。


「じゃぁ誰を助けたらいいの?」


サングラスの彼が首を傾げる。


「私の弟、ユキです。」


両親が他界しているため、唯一の肉親。
可愛い可愛い弟。

生きているのなら今は16歳になるだろう。
所在はわからない。
生きているのか、死んでいるのかもわからない。

正直にそう告げると、やはり難しいのか参謀長官の眉間に皺が寄った。


「弟に関する情報はそれだけか?」

「…あります。でもまずは貴方達の質問に答えます。」


私の持つ情報を教えなければ何も進まない。
一日でも早く進まなければ。


「でもその前に一ついいですか?皆さんのお名前を教えてください。それと、ここまで来るのに走りながら来たから喉が渇いてて。」


正直、喉が張り付いて苦しい。と告げると「カツラギと申します」と微笑んだ方が「緑茶でいいですか?」と聞いてきたので、私は頷いて名乗った。


「私は名前=名字です。」


それからはそれぞれに名乗り、脳にインプットしてゆく。
カツラギさんにハルセさんにクロユリくん、それからコナツさんにヒュウガさん。
参謀長官がアヤナミということは知っていたので5人の名前と顔を一致させて覚えた。

挨拶が終わった頃には冷たい緑茶が出されて、私はやっと喉を潤した。


「のん気なものだな。」


鼻で笑う参謀長官に苦笑いを返す。


「そうでもないですよ。これでも結構切羽詰ってます。」


飲み干して空になったグラスについている水滴を指でなぞった。


「そろそろ聞いてもいいかな??オレその奥歯に衣着せたような物言いって気になって仕方がないんだよねぇ〜。」

「そうですよね。私もあんまり好きじゃないので質問をどうぞ。」


私も当事者なのに第三者のような反応になってしまったが、ヒュウガさんは大して気にしていないようで質問を投げかけてきた。


「今回の事件、誰が主犯で何が起こってるの?」

「わーまさに歯に衣着せぬ質問ですねー。でもやっぱりそっちのほうが気分がいいです。」


持っていた空のグラスを机の上に置いて、手についた水滴をジーンズの太ももの辺りで拭った。


「今回の事件、ある毒ガスが使われています。」

「毒ガス?でも死体解剖の結果何も…」

「通称“アリス”。」

「アリス?聞いたことないけど。」

「はい、全く新しい…つい二ヶ月前に出来たばかりの毒ガスです。」

「図書館の監視カメラに映っていた記録では市民が殺しあっていました。それにそのアリスは関係ありますか?」


カツラギさんがグラスを提げながら問いかけた。
その言葉に頷き、口を開く。


「ありますよ。そのアリスこそが原因です。アリスを少量でも吸い込むとまず頭痛、吐き気に見舞われます。ですがそれもすぐに引き、今度はしばらくして幻覚症状が現れます。それは見る人全て共通する幻覚。」

「幻覚?」

「はい。全ての人が敵に見えるんです。正確に言ってしまえば自分を殺そうとしてくるように見える。ただでさえ麻痺している脳神経に強い自己防衛が働き、殺される前にと人を殺してしまう。そのガスを吸収してしまうのは一人ではないから、お互いに殺し合いが始まる…そういうわけです。」

「なるほど、それで今日の事件の説明がいくな。」


聞くだけでもゾクリとするような毒ガスに参謀長官が微かに頷いた。


「この事件の主犯はエレーナ=フェートニス。」

「誰?」

「年齢は26歳の女性です。」

「…エレーナ=フェートニス……犯罪者データベースには乗っていませんね。」


すぐさま手元のパソコンで調べてくれたハルセさんに私は頷いた。


「捕まるようなヘマをする人じゃないですからね。」

「目的は何なんでしょうか。」

「目的?そんなのないですよ。ただ…」

「ただ?」

「彼女がペック…あーなんたらフィリアっていうやつ…」

「ペックアティフィリア。罪科愛好ですか?」

「それです。その犯罪が大きければ大きいほど興奮するんだって前に彼女が言ってました。」


パラフィリア(異常性愛又は性的倒錯)の一種で犯罪を犯すことで興奮をする。
それがペックアティフィリアだ。


「ご自分でですか?」

「はい。なんか自分がペックアティフィリアだって自覚あるみたいで。だから開き直っちゃってるんですよね。性質悪いったらありゃしないですよ、全く。」

「なんかさ、その言い方って知り合いみたいだね。」


ヒュウガさんが鋭いところを突いてきた。
聞いてないようで聞いているというか…抜け目ない男だ。


「知り合い…といえば知り合いですね。でも友達じゃないですよ。彼女がペックなんたらフィリアじゃなかったら、」

「ペックアティフィリアだよ、あだ名たん。」

「それです、それ。」


…あだ名たんって…何だろ。
どう考えても『名前』からのあだ名なんだろうけれど……。
いつの間に付けられたんだろうか。


「ペックアティフィリアじゃなかったら……いいんですけどねぇ。残念ながらそういう関係ではなく、監禁している者と監禁されている者という関係です。」

「…監禁?」

「はい。」

「誰が?誰を?」

「エレーナが私を監禁、です。」

「今ここにいるよね。」

「抜け出してきました。ちょっと見張りの方にお眠りいただいて。」


抜け出すのが最近の趣味と特技みたいなものでして…と笑うと、ヒュウガさんは少しずれたサングラスを上げなおした。


「何であだ名たんを監禁する必要があるの??」


それにどうしてこんなにこの事件に詳しいのかな??と首を傾げるヒュウガさんに、私は小さく微笑んだ。


「え?だってアリスを作ったのが私だからですよ。」

- 3 -

back next
index
ALICE+