22
エレーナが死んで3ヶ月。
つまりはオレとあだ名たんが両思いになって3ヶ月。
本当はもっと前から両思いだったのだけれど、上手くあだ名たんに言いくるめられたり、やんわりと拒否されたりしてやっと晴れて恋人になれたわけだ。
しかしオレ、ヒュウガはここのところ悩んでいた。
「…またか」
ベッドですやすやと眠っているあだ名たんにうな垂れる。
悩みとはこれだ。
あだ名たんと付き合い始めて3ヶ月が経つというのに、何故か手を繋いでキスをして。
未だそれだけの清いお付き合い。
このオレが未だに手を出していないとコナツたちが知ったら、恐らく驚愕されるだろう。
最初のころはエレーナを失った傷があるからと早急に求めたりしなかった。
だからだろうか、いまいちタイミングを見失ったのだ。
最近ではあだ名たんから手を繋いだりしてくれる。
キスをしたら恥ずかしそうに笑う。
その時のはにかみようったら正直押し倒したいくらいだ。
今日みたいにオレの部屋に泊りにだってくるようになった。
しかしこれだ。
オレがシャワーを浴びて出てくると、先にシャワーを浴びたあだ名たんがベッドで眠っている。
そしてそのあどけない寝顔にオレは何も言えなくなるのだ。
起こしてまでしたいわけではない…なんて思っていたのに、それは随分昔のように感じる。
今ではもうすぐにでも起こしてキスして繋がりたい。
それをしないのは、あだ名たんが一度寝るとなかなか起きないせいだ。
実は先週ぐらいに我慢の限界がやってきて、寝ているあだ名たんにキスして体を撫で回したのだが、さすがに起きるだろうと思っていたのに起きやしない。
その時は泣く泣く寝たという悲しい思い出。
「あだ名たーん、生殺しもいいとこだよー。」
ベッドの淵に座ってあだ名たんの前髪を指でさらりと梳いた。
少し前、先にシャワーを浴びさせるからダメなんだと気付いたけれど、ここ最近あだ名たんの研究が忙しくてこんなチャンスなかったから、すっかりそのことを忘れていた。
思い出したのはあだ名たんがシャワーを浴び始めてから。
一縷の望みを持ってシャワーから出てきたけれど、その希望は一気に打ち砕かれた。
あだ名たんが忙しいのはわかっている。
よく徹夜してまで研究しているのだって知ってる。
疲れているんだろう。
他の研究者が半年以上手を焼いていた化学兵器の解毒薬開発にあだ名たんが入った途端たった1ヶ月で解毒薬を完成させてからというもの、あだ名たんは他の研究者から引っ張りだこだ。
あだ名たんの知識を学びたいから、そして発想を間近で見たいからとあだ名たんの研究チームに入りたい人だって多い。
もちろん、それ以外の…つまりあだ名たん目当ての男がいるのも事実。
その反面、新入りがでしゃばっているからと敵が多いのも確かなようだけれど。
だからこそあだ名たんは一切手を抜かずに研究をしている。
最初はその敵に認められたいから頑張っているのかと思っていたけれど、どうも違うようだと最近気付いた。
あだ名たんはただ自分の価値が研究にあるかもしれないからとがむしゃらに頑張っているだけなのだ。
裏を返せば、本人は自分の価値はそこだけにしかないのかもしれないと思っている。
「ここにいてくれるだけでいいのに。」
3年は研究から離れる事を許されないあだ名たんだけれど、ここにいてくれるだけでいい。
オレの側に、隣に、腕の中に居てくれるそれだけでいいのに。
あだ名たんはたったそれだけでいいのかと思いそうだけれど、オレにとっては重要な事なのだ。
あだ名たんの隣に潜り込み、起きる気配のないその額に小さくキスを落として電気を消した。
「ヒュウガー。明日の休みどこ行きますかー??」
夕方、研究所をでて街に買い物に行った私は買って来たものをキッチンの冷蔵庫に入れながらリビングにいるヒュウガに声をかける。
我が物顔で冷蔵庫に詰め込んでいくけれど、ここはヒュウガの部屋だ。
お酒だったりおつまみだったり、夕飯の食材だったり。
あまり大きくないそれに詰め込みながら返事が返ってこないことに首を傾げる。
「ヒュウガー??」
やはり返事はない。
一先ず冷蔵庫に全て押し込み、キッチンを出るとヒュウガはリビングのソファに横になって眠っていた。
昨日から今日の昼間まで遠征に出かけていたから疲れているんだろう。
既に暗い外を遮るようにカーテンを閉めて回りながらベッドルームへ行き、ブランケットを取ってきてヒュウガに掛けてやる。
それほど広くないソファから憎たらしいほどに長い足がはみ出しており、些か窮屈そうに見えて笑ってしまった。
こんな時間にヒュウガが眠っているなんて珍しくって、私は明日の休日はゆっくりしたほうがいいかな、と思いながらもう一度冷蔵庫を開ける。
本当なら今からまた街へ繰り出して2人で食事をする約束をしていたのだけれど、ヒュウガは疲れているみたいだし今日は私が作った方が良さそうだ。
しかし如何せん私は料理が下手だ。
もちろんエレーナと居た5年は料理をする機会なんてなかったし、正直包丁すら握った事もなかった。
最近やっとまともにご飯が炊けるようになったし、作れるといっても野菜炒めぐらいか。
いや、冷奴や湯豆腐は作れる。
小ネギを切るのに時間はかかるけど。
ハッキリ言ってまだまだ料理初心者の私が適当に買って来た食材を見て『あ、この食材があればアレが作れるじゃん』なんて発想には至らない。
つまり冷蔵庫を開けて考えるだけ無駄ということだ。
冷蔵庫にある食材は大根、キャベツ、豆腐、なすび、豚肉、人参、トマト、あとお酒とつまみ。
私は一体何を買出しにいったのやら。
何を作りたいか決めて行けばよかったと思うけれど時既に遅し。
「仕方ない。」
ここは最近買った携帯とやらにお世話になろうか。
正確にはその携帯で電話してカツラギさんにお世話になろうか、だけれど。
この材料を言えば、きっとカツラギさんなら少ない食材から料理の名前が飛び出してくるに違いない。
携帯をポケットから取り出してカツラギさんに電話をかけると、2コール目で出てくれた。
「お疲れ様ですカツラギさん。あの、今いいですか??」
『いいですよ。どうかしましたか?』
「あのですね、大根、キャベツ、豆腐、なすび、豚肉、人参、トマト、で何か料理できないか聞きたくて…」
『そうですね…、大根と人参で紅白なますや、茄子と豚肉で茄子味噌炒めなどどうでしょう?』
おぉ!!
そんなの思いつきもしなかった!!
「いいですね!でもなますってどう作るんですか?」
『千切りにした大根と人参を合わせ酢に浸すんですよ。』
「へぇ〜。『あわせず』ってなんですか?あ、あとお味噌切らしてて。」
『………ヒュウガくんはそこにいますか?』
「今寝てますけど…。」
『そうですか。では彼を今すぐに叩き起こして今日は外食してください。』
み、見捨てられた?!?!?!?!
『名前さん、明日の昼頃はお時間ありますか?』
「あ、はい。」
『では明日はお教えしますので。』
天は私を見放してはいなかったらしい。
「ありがとうございます!」
『また明日』と言って切られた電話をポケットにしまって、冷蔵庫を閉める。
料理って難しい。
私は一人ごちながらリビングへと足を運ぶ。
ヒュウガはまだ眠っている。
私はやっぱり起こすのが忍びなくて、彼が横になっているソファの下の床に座った。
しばらくジーッと眠っているヒュウガの顔を眺めて、少しずれていたブランケットを掛けなおす。
するとその手をヒュウガの大きな手が掴んで、私は驚いて仰け反った。
「誰と電話してたの??」
拗ねているような口調で問いかけられ、特に後ろめたいこともないので私は「カツラギさんですよ」と答える。
「ホントに?」
「本当です。」
「研究チームの男とかじゃ、」
「そんなのないですから。」
何を疑っているんだと私は呆れたように目を細めて呟く。
何だか最近こういうのが多い気がする。
電話をしたら『誰?』とか、『昨日一緒に居た男は何?』とか。
嫉妬…なのだろうか。
嬉しくないわけじゃないけれど、こうも毎回聞かれると少しうんざりしてしまう。
「最近何を疑ってるのかわからないですけど、浮気とか絶対在りえませんから。これでもヒュウガに夢中なんですよ??」
と言えば、ヒュウガは満足そうに笑って体を起こした。
「疑ってごめんね。」
素直に謝られながら掴まれたままの手を引っ張られ、私は大人しくヒュウガの腕の中に収まった。
「いつから起きてたんですか?」
「ブランケット掛けてくれた時から。」
ほぼ最初からじゃないか。
「何だからお疲れみたいだから料理しようとしたんですけど、冷蔵庫の中身見ながらカツラギさんに相談したら今日は大人しく外食しなさいって言われました。」
うな垂れた私をヒュウガは少しだけ笑ってから、小さく頬に口づけた。
「じゃぁ行こうか♪」
「はい。」
コートを羽織りながら先を歩くヒュウガの背中を見つめる。
ヒュウガが過剰に嫉妬しているのは元々からではない。
最近だ。
恐らく不安なのだろう。
キス以上の展開にならないから。
ごめんなさい、ヒュウガ。
正直、わからないの。
キス以上の行為に何の意味があるのかなんて。
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