30
「こ、腰が…」
昨晩、荒っぽく抱かれたからか、みごとに腰が痛かった。
ベッドから起き上がるのも億劫で、笑っているヒュウガに手を貸してもらいながら起き上がった。
シャワーを2人で浴びてそれぞれ着替える。
しかしよく考えてみたらすべてはヒュウガのせいだ。
未だに笑っているヒュウガをジト目で睨むが、なんだそのすっきりした笑顔は。
何でそんなに嬉しそうなんだ。
「先に言っておくけど、誘ったのはあだ名たんのほうだからね。」
「誘ってなんかないです。」
「ただでさえ溜まってたのに、好きな女が泣きながら抱きついてきて「寂しかった」なんて言われてみてよ。あれを誘ってないっていうなんて罪作りだよ?」
「し、知らないです!」
「それにあだ名たんってばいつになく積極的で、」
「あーあーああーあーあー!!」
両耳を押さえてヒュウガの声を消すように声をあげると、ヒュウガは声を上げて笑った。
「もう先に行きますからねっ。」
ヒュウガの出仕の時間はまだ早い。
私は先に行って、昨日ユリアさんに迷惑かけた分を取り戻さなければ。
「歩けないなら抱っこして送ってあげよっか?」
「いらんですっ!!!」
尚も笑いながら茶化すヒュウガに、私は「べー」とおどけて舌を出して部屋を出た。
「いいわねぇ、朝から元気で。」
扉を閉めた途端、背後から憔悴しきったユリアさんが声をかけてきて、私はビックリして跳ねた。
「ユリアさんっ!!」
見られていたという恥ずかしさと、もう今にも倒れそうなユリアさんに何と声をかけたらいいのかわからず、私は顔を引きつらせた。
「えっと、…その、今からお休みですか??」
言っておくが、今は朝だ。
今から寝るには些か不摂生すぎるけれど、ここ最近の私の生活もこんなものなので何ともいえない。
「そうよ。……名前、貴女あまり寝てないって顔してる。」
「えっ。」
ぎくり、としたが、「若いっていいわねぇ。」としみじみした声に苦笑せざるを得なかった。
「ユリアさんも全然お若いですよ。」
「ダメ。私はもうダメ。寝ないとやってらんない。じゃ、今日は後よろしく。寝る。」
「わかりました。って、ユリアさんの部屋そっちじゃないですよ?!?!」
ユリアさんの部屋はこの部屋よりもっと研究室寄りだったはずだ。
寝不足で頭が働かないのだろうか。
「んーん。こっちで合ってるの。今アヤナミさんのとこに住み着いててね…。」
「…はい?え?どうしてです…??」
「まだ私が犯人と繋がってないかハッキリしてないからハッキリするまで監視下に置くってさ。」
だからってなんで私が遠い部屋に行かないといけないのよ。とブツブツ文句を言いながら歩き始めたユリアさんを苦笑しながら見送って、私は正反対にある研究室へと歩き出した。
研究室へと入ると、それはあと少しで完成といったところまで来ていた。
あとは仕上げをするだけで、ユリアさんが昨晩どれほど頑張ったかありありと目に浮かぶ。
これが出来上がれば被害は少なくなるはずだ。
「よし。」
私は気合を入れなおして、研究に取り掛かった。
いつになく気合が入る。
あと少し、あと少しと気が逸ってしまう。
そうこうしている内に、夕方頃、睡眠をとったユリアさんが研究室に戻って来た。
ボサボサの髪の毛を手で解しながらやってくるその様は、まるで締め切り前の漫画家や小説家のようだ。
「おはようございます。」
「おはよ名前。どう?」
私の手元のそれを見ながら首を傾げるユリアさんに「ちょうど今できました。」と告げると、思いっきり頭を撫でられた。
「やったじゃない!」
「ユリアさんや手伝ってくれた皆さんのおかげです。」
「またまた〜ご謙遜を。」
砕けて笑うユリアさんはそれを手に取って眺めた。
「正直、この研究の最中過労で死ぬかと思った。」
「…私もです。」
睡眠って大切だと改めて学ぶ事ができた。
「彼となかなかイチャイチャできないし??」
「茶化さないで下さい。」
「やーねー。じょーだんよ、じょーだん。あ、そうそう。さっきね、そこで会った知らない男から名前に手紙を渡すように言われたの。」
ポケットから手紙を取り出したユリアさんからそれを受け取る。
「男??」
「軍服着てなかったから来客だと思うんだけど、どうだろ。名乗らなかったし。とりあえず渡してくれって。もしかしたらどこかの研究所からのヘッドハンティングだったりして。よくあるのよ。」
ヘッドハンティングかぁ…。
でも残念ながら私は3年はここにいなければならないと義務付けられている。
これはもうお断りするしかないな、と思いながら封を開けた。
ユリアさんが、今しがた仕上がったばかりのそれを大量に作るように他の研究者に命じているのを視界に入れながら、私はその手紙を開いて驚愕した。
隅から隅まで読み、それを机の上に置いてから一つ深呼吸をする。
宛名は私へ。
差出人はエレーナ。
私の可愛い天使へ。と綴ってある。
そしてこれからとある場所で会いたいとも。
エレーナはもうこの世にはいない。
私が最期まで看取ったのだから。
つまりこの手紙はエレーナの口調が完璧に真似してあるだけの贋物。
これだけ似ているということは、エレーナとよくしゃべっていたであろう人物。
私に手紙を送ってきたこと、それから口調を完璧に真似した上にエレーナの名前を使った事。
そんなことをする理由があるのはきっとジュードだけだ。
ジュードは無差別に殺人を起こした。
そして今、この手紙で私を呼び出している。
「ユリアさん、これ、いくつか貰っていきますね。」
「え?」
出来たばかりの錠剤を携帯用の長方形型ピルケースにいくつか入れ、またそれをポケットに入れて、万が一のために側にあった改良したホワイトラビットを一滴コーヒーに入れて飲み干した。
改良したホワイトラビットは効きすぎて、麻酔も全ての薬が効かなくなっていたのが、麻酔は効くようになっている。
そして今出来たばかりでポケットに入れたそれは、
「ちょっと、どこに行くの??」
研究室を出ようとすると、ユリアさんが私を止めた。
「私、行かないと。」
「だからどこに?!?!」
「ごめんなさい、言えません。」
言ってしまったら私の大切な人が死ぬ事になると書いてあったから。
私の表情が強張っていることから、嫌な予感がしたのか、ユリアさんは先程渡した手紙を手に取った。
その間に研究室を走り出て、手紙に書いてあった場所へと急ぐ。
ハッキリと指定されているわけではなかった。
手紙には『私と一番よく会っていた場所で待っているわね。』と書いてあったから。
一番よく会っていた場所なんて一つしかない。
私が5年間もの間、ずっと与えられていた自室だ。
エレーナはそこによくやってきた。
研究室よりも私の自室でよくおしゃべりをしたのだ。
お茶をして、洋服を買ってきたからとたくさん着せ替えられて。
『私の可愛い天使へ。』
まるで、エレーナが生きているかのように錯覚してしまって、胸が苦しくなった。
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