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「やあ名前。待っていたよ。」


思っていた場所に、思っていた通りの人がいた。


「ジュード…やっぱり貴方が…。」

「おや。気付いてたのかい?」


ジュードは少し痩せただろうか。
元より細かったけれど、さらに少し細くなったように見える。

ユリアさんが『イケメン』と言っていたのを思い出して改めて顔を見ると、確かにカッコイイとは思う。
それでも私は靡かないしヒュウガより劣るとは思っているけれど。


「おかしいなぁ、ユリアには偽名を使ったはずなんだけれど。」


ユリアと馴れ馴れしく呼ぶジュードに是非ともユリアさんを会わせたいと思った。
今ならきっと散々なくらいにユリアさんはジュードを罵ると思う。
参謀長官にさえ『美形は嫌い』だと言ってのけた人なのだから。


「聞きたいことたくさんあるよ、ジュード。」

「そうだろうね。でも軍が来たら大変だ。万が一のために場所を変えようか。」


私の中の謎を解くためにはここは従うしかなくて、私とジュードは前の私の自室を後にした。

連れて行かれた先はとある研究室だった。

恐らくここがユリアさんが連れて行かれたという研究室なのだろう。
私が前に使っていた研究室ととても似た作りをしていて、何だか変な気分だ。


「じゃぁ、しばらくそこでジッとしているんだよ。」

「え、ちょ、ジュード??!!」


研究室に閉じ込められた。

この状況の意味がわからない。

私にアリスを作れといいたいのかわからないが、研究室のあちこちには前に私が作ったアリスが置かれている。

首を傾げるばかりの私など放って、ジュードはどこかへ行ってしまった。


どういうつもりなのか全然わからない。

とりあえず脱出できそうな扉はないか探してみたけれど、どれも頑丈だった。
これでは得意の催涙弾や催眠弾を作れても意味がない。


私はため息を吐いて、壁際に置いてあった椅子に座った。





結構な時間が経った。
薬を飲んでから10時間が経ってしまった。

つまり、ホワイトラビットが切れてしまったのだ。

お腹も空いたし、考える時間があったから頭は嫌味なくらい冴えてしまって、急に心細くなってしまった。

小さくため息を吐いた瞬間、ギィと重たい音を立てて研究室の扉が開いた。


「もういい頃かな?」


余裕顔のジュードにもう一度ため息を吐いた。


「ジュード、どういうこと?」

「君さ、あの解毒剤飲んでたよね??」


ホワイトラビットのことは私と軍の限られた研究者しか知らない。
なのに何故ジュードが知っているのか。


「どうしてホワイトラビットのことを…。もしかしてユリアさんが…」

「そう、ホワイトラビットって言うんだね。でも言っておくけど、ユリアは何もしゃべってはくれなかったよ。ユリアはいい女だったけれど、彼女ほどではなかった。」

「彼女??」

「エレーナのことだよ。ホワイトラビットのことは随分前から知っていた。名前は知らないだろうけれど、僕も昔は研究者だったからね。」


その一言に、私はつい舌打ちをしたくなってしまった。
舌打ちなんてエレーナが生きていたら怒られてしまうだろうけれど、それくらい悔しかったのだ。


「…なるほどね。」


そうか。
ホワイトラビットを開発中、エレーナも誰も研究室には入れなかったけれど、ジュードだけは研究に対して無知だろうと入れたのだ。

だけど私が知らなかっただけで、ジュードは元研究者で、私が何の研究をしているのかわかっていたんだ。

でもそこで一つ疑問が浮かび上がる。


「どうして、エレーナに言わなかったの?」


私がホワイトラビットの研究を進められなくなっていたら、きっと絶望してパーティーでのテロは成功していたかもしれないのに。


「君がエレーナを裏切っていたのは随分と前からわかっていたよ。だからかな。大好きな名前に裏切られて、君を殺してくれたらってずっと思ってた。エレーナが君に銃を向けて発砲した時、君は死んだと思って部屋に入ったのにエレーナは君を殺せていなかったね。僕はそれすらも腹立たしかったよ。」


そうか、あの良すぎるタイミングで私の裏切りが露見したのは全てジュードのせいだったのか。
いいね、演技上手くて。
私は大根って笑われたよ。
ジュードの演技も私並だったら、あの時気付けたかもしれなかったのに。


「…そう。憎いのは私ってわけなのね。」


私は決してジュードの事嫌いじゃなかった。
エレーナと過ごす日は楽しかったけど、3人で過ごす日も楽しいと思っていた。


「じゃぁ今回の図書館でアリスを使った事件も、私を苦しませるため??」

「あぁ。あの日と同じ事をしたら君はひどく傷つくと思ってね。でも名前、君は一つ大きな勘違いをしているよ。」

「勘違い??」

「僕は君を苦しませるためだけにあんな事件を起こしたんじゃない。こうして君をおびき寄せるためにあの事件を起こしたんだ。」

「良かったね。なら作戦は大成功ってわけだ。」


あの事件だけではダメだった。
あの手紙だけではダメだった。

だって事件を起こさなくちゃ、手紙を貰っただけでは誰かの悪戯としてヒュウガたちに言っていただろうから。


罠にまんまとハマった自分が可笑しくて小さく笑えば、ジュードは自分が笑われたと勘違いしたようで目を吊り上げた。

せっかくの美形が台無しだ。


「僕は…ずっとエレーナのことが好きだったんだ。でもエレーナは君しか見てなかった!君しか必要としなかった!なのに…なのに愛されていた君がエレーナを殺したなんて。」


嫉妬、憎悪、嫌悪、たくさんの負の感情が交じり合った視線を向けられる。
悲痛な罵声が研究室に木霊して、消えていく。

この人の憎悪も消えてしまえばいいのにと思った。
たった一人、私を憎んで。

私を憎んだが為に大勢の人を殺す事ができるほどの憎悪なんて、消えてしまえばいいのに。

きっと殺した私が何を言っても彼には届かないのだろう。


「ユキは僕が殺したんだ。」


投げやりになりつつあったジュードの口から出てきた弟の名前と言葉に、私は頭を鈍器で殴られたような衝動に駆られた。


「エレーナが名前の近くに置いておくと見つかるからと僕に託したんだ。しばらくは優しく面倒見てあげてたんだけどね、エレーナは君だけじゃなくユキにも固執してた。」


ユキにも??
それは初耳だった。

エレーナは全くユキの話すらしなかったから。


「理由は簡単さ、愛する名前が愛してる弟だからだよ。ユキが死んだら名前が悲しむから大切に扱ってって耳がタコになるくらい何度も言われた。それすらも羨ましくて、殺したんだ。毎日少量ずつ食事に薬を入れてじっくりとね。」


今、私は立っているのだろうか、座っているのだろうか。
クラクラと視界が揺れていてわからない。


「エレーナには病死ってなってるよ。だからエレーナは病死って僕に聞かされて泣いてた。本当だったら君を殺したかったんだ。でも、エレーナに守られている君のほうは特に厳重で、そんなことができる隙さえなかった。」


残念だ、とばかりにジュードが肩を竦めた。


「そんなところに君の裏切り発覚。いいチャンスだと思ったんだけどね…。」

「一つ聞いていい?」

「なんだい?」

「どうしてジュードがアリスを持ってるの?」


そう問えば、ジュードは研究室に置いてあったアリスを一つ手に取った。


「君が各研究室を爆破しようとしていたというのを、尾行させていたやつに連絡を受けてね。早急に確保させたんだ。」


なるほど。
私はアリスもその資料も何もないただの空の研究所を爆破したというわけか。

自分でも自分が滑稽すぎる。

でももっとも滑稽なのは、


「ジュード、貴方は『来ないと大切な人を殺す』といって私をおびき寄せたけど、エレーナはね、前に『貴女の大切な人は殺せないわ』って言ったわ。エレーナに成りきるならもっと上手く演じてよね。」


自分の手のひらの上で私やユキを転がしていたようだけれど、何より転がしていたのはジュード、自分自身じゃないか。


「へぇ、エレーナがそんなことをね…。名前、君はエレーナが好きかい?」

「……少なくとも、ジュードよりはね。」

「はは、言うね。じゃぁ君がエレーナをアリスで殺したように、君も同じようにアリスで殺してあげるよ。」


自嘲気味に呟いたジュードは持っていたアリスのピンを抜いて床へと放った。

私の足元へと転がってきたアリスに気を取られて、ハッとジュードのほうを見ると彼は扉を開けて逃げようとしていた。

それだけでなく、扉を閉めようとさえしている。


「待ってジュード!!」


叫び声も虚しく、その扉は閉じられた。

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