END



すでにピンが抜かれたアリスを足元に転がされ、無情にも扉が閉められた。


「ジュード!」


まずい、ジュードに逃げられる。と思った瞬間、扉ごとジュードが入ってきた。
正確にいうとジュードが打ち破られた扉と共に派手な音を立てて部屋へと入ってきた。

部屋の外には宙に浮いていた右足を地面につけているヒュウガが見える。

どうやら蹴り飛ばされたようだ。
…容赦なさすぎる。


「あだ名たん、大丈夫??」

「う、うん…」


助けに来てくれたことは嬉しいのに、びっくりしすぎて頷くしかできない私に近寄ってくるヒュウガ。

床に倒れているジュードが肋骨でも折れているのか、立てずに呻き声を上げていた。

アリスが充満している部屋に3人。
そろそろ発症してもおかしくない。


「ヒュウガ、ホワイトラビット飲んできてますか?」

「ん♪ユリアたんから飲むように言われたからね。」

「良かった…。っ、」


安心したのも束の間、急にアリスの初期症状である頭痛がしてきて、私は持ってきたタブレットを急いでポケットの中から取り出し、頭痛で手が震えながらもそれを一つ口に放り込んで嚥下した。

スッと痛みが一気に引いていく。


ジュードの方を見ると、彼も初期症状が起こっているのか頭を抑えて蹲っていた。

このままだとジュードは死んでしまう。
エレーナのように。

私になら今のジュードを助けることができる。

でも助けるべきなのだろうか。
無差別に人を殺したこの人を。
憎悪と嫉妬に塗れているこの人を。

ジュードを救えたであろうエレーナはもうこの世にはいない。
ならいっそのこと、エレーナの側に…


「クイーン。」


隣で私を見下ろしていたヒュウガがポツリと呟いた名前に、私はビクリと肩を揺らした。


「っていうんだってね、それ。」

「…ユリアさんに聞いたんですね。」


ピルケースをギュッと握り締めた。

これが私とユリアさんたちで作り上げた新しい解毒剤だ。

発症してからでは効き目がないというホワイトラビットの欠点を補うことのできるもの。
つまり、発症してからこその効き目のある薬。
それが『クイーン』。

薬を飲む時間が遅くなればなるほど、発症を抑えられる確立は低くなるが、それでもこれ一つでたくさんの命が救える。


「迷ってるんです…。これをジュードにあげるかどうか。」


渡して後悔しないだろうか。
この人はまた同じ事を繰り返すかもしれないのに。


「あだ名たんはその薬をどうして作ったの?」

「どうしてって…たくさんの人を救いたくて。」


ユリアさんも言ったんだ。
『私達にできることを今は精一杯頑張りましょ。』って。

だから精一杯頑張った。


「その志の『たくさんの人』の中に彼は入ってないの??例外?」

「私に…彼を助けて欲しいんですか?」

「違うよ。彼がここで死のうが死ぬまいがオレはどっちでもいい。オレが気にしているのはここで彼を助けなかったらあだ名たんが後悔すると思って、心配してるの。」

「…するでしょうか。後悔。」

「するよ。今はしなくてもいつかはね。あだ名たんは優しいから。」


ヒュウガは私の隣に立つなり、そっと震える私の肩を抱きしめて頭にキスをした。
私はそんなヒュウガに小さく微笑んで、握り締めたままのピルケースをジュードに投げ渡した。


「それ、解毒剤だよ。2つ以上飲んだら死ぬから、1つだけ。」


ジュードは震える手でそれを掴み、中からザラザラと錠剤を取りこぼしながら1粒、嚥下した。


すぐに効き目が表れたようで、呻き声も止み、ジュードは力なくピルケースを床に落とし、へたり込んだまま壁に寄りかかった。

彼もまた、生きる事を選んだのだ。


「ジュードが過去を悔やんで憎んでいた時、私たちは未来のことを考えて動いてた。これがその結果だよ、ジュード。」


ジュードに近寄り、ピルケースを拾い上げる。


「どんなに悲しく暗い夜も、いつかは明けるの。あの日、エレーナが死んだ日もそうだった。」


悲しみはいつか明けて、光が舞い込む。
それは朝日が昇るように当たり前のように。


「お願い、ジュード。私たちだけは覚えていよう?優しかったエレーナを。」


新聞や雑誌に載った罪人エレーナではなく、私達に優しかったエレーナを。
生きている私達だから覚えていられるのだから。
覚えているのが私だけなんて寂しすぎるよ。


「……そうだね。」


ポツリと呟いたジュード。
私は頷いてくれたことが嬉しくて、小さく微笑んだ。


「でもやっぱり、僕は君が嫌いだ。だけど…エレーナが君の事天使だっていつも言ってた理由が、なんとなくだけどわかった気がする。」


そう言ったジュードは困ったような笑みを浮かべていた。
私はジュードの事好きだよ。と言っても、きっと慰めにも気休めにもならず、ただ彼を追い詰めるだろうことはわかっていたから、その言葉はポケットに仕舞っておこう。


『私の可愛い天使』


今、瞼を閉じればエレーナの微笑みが浮かび、優しい声が聞こえてくるような気がした。






ヒュウガに連れられて建物から出ると同時に、待機していたらしい軍隊が中へ突入していった。

中心で指揮をとっているのは参謀長官だ。
…と、その隣にユリアさん。
何だか怒っているようで、近づくなり『勝手に出て行かないで!心配したでしょ!!』と怒られてしまった。
だけどその後は『よかった…』と私のために泣いてくれた。


「帰ろっか。」

「大丈夫なんですか?参謀長官達はまだ、」

「だいじょーぶ♪後はアヤたんがしてくれるから☆」


いいのかなぁ…と思いながら参謀長官をチラと見やると、参謀長官は腕を組んでいたが何も言わなかった。

今の会話が聞こえていないはずはない。
ということはどうやら見逃してくれるらしい。

私は参謀長官に頭を下げてホークザイルに乗り込んだ。

まだ朝日が出たばかりのようで若干の肌寒さを感じる。
けれど日差しはじんわりと温かかった。


ヒュウガと2人で軍へと帰っている最中、急に停止したヒュウガが「ほら、」と指を差す。
その指の先にはまだ蕾の木。


「あれが桜だよ。」

「あれが…?」


ホークザイルから降りたヒュウガに続いて私も桜の木に近づく。


「多分1週間もしたら満開だね。」


蕾から少しだけ覗く薄ピンク色の花びら。
エレーナのようだと思った。


「あだ名たん。」


桜の木に手のひらをくっつけて、それを見上げる私の背後に立っていたヒュウガに名前を呼ばれて振り向く。


「どうしましたか?」

「オレ、怒ってるんだけど。」

「…え、っと…」


何かしただろうか。
桜の存在を忘れてしまうくらい必死に頭の中を巡らせるが、思い当たる節が見当たらない。


「何で誰にも言わずにジュードのとこ行ったの?」

「あぁ、それですか。」

「『それですか』じゃないよ!!あだ名たんのことだから『誰かに場所を言えば大切な人が死ぬ事になる』ってのを馬鹿正直に受け止めたんだろうけど、せめてオレにくらい言って行こうよ。」

「馬鹿正直って…」

「馬鹿正直だよ。」

「最初の二文字はいりません。」

「いるね、絶対いる。」

「いりません。」


ぷん、とそっぽを向いて拗ねた私にヒュウガが一歩近づいて、距離が一気に埋まった。

頬に手を添えられて前を向かされる。


「心配した。」


それはとても静かな言葉だった。


その一言に胸がどうしようもないくらい締め付けられる。


「ごめんなさい…。でも、心配してくれてありがとう。」

「あだ名たんは一人で突っ走りすぎ。」

「うん、」

「もう少し自分を大事にして。」

「うん、」

「もっとオレを頼ってくれていいんだよ。」

「頼ってましたよ。だってヒュウガが助けに来てくれるって信じてましたから」


ヒュウガは私がピンチの時にいつも助けに来てくれるんです。と微笑むと、ヒュウガは私を抱きしめてキスをすると首筋に顔を埋めた。


「好きな女助けるの当たり前でしょ。でもあだ名たんズルイ。それ言われたらオレ何も言えなくなる。」


ヒュウガの頭に手を回し、そっと撫でてあげる。


「前に道は別々でも行きつく先が同じだと嬉しいって私が言ったこと覚えてますか?」

「その言葉で一回フられたからね、嫌でも覚えてるよ。」


私の首筋から顔を上げながらヒュウガが苦笑した。
懐かしくて切ない思い出だと。


『可愛い私の天使』とエレーナが口癖のように言っていたように、もしも私が天使なら、きっと堕ちている。

アリスを作り始めたあの日から堕ち続けている。

そして堕ちる天使の落下地点にはヒュウガが両手を広げてくれているのだ。

大丈夫、怖くない。
彼は絶対に私を受け止めてくれるから。


「それ、訂正します。一緒に手を[D:32363]いで同じ場所へ歩いて行きたいです。」


私の世界はヒュウガだけで構成されているわけではないけれど、ヒュウガがいなくては嫌なのだ。
他の誰でもない、貴方が居なくては。


「オレも。あだ名たんのペースでゆっくり歩こうか。」

「いいえ、私達のペースで。ね?」

「…だね、オレたちのペースで。」

END

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