05



暗い路地裏。
太陽の光が入ってこないこの路地でアリスを使ったらきっとそれだけで大惨事なのだろう、とか考えてしまう私は少しエレーナに洗脳されているのかもしれない。
洗脳だなんてまるでDVのようだと考えた私に笑えた。


「名前様がいたぞ!こっちだ!」


なんて笑ってる暇なんてないんだった!

追っ手の姿が見えた瞬間、私はその場から逃げ出した。
今日は何てやけにしつこいんだ。


「しつこい男は嫌われるわよっ!ッ、きゃぁ!!」


一先ず街のほうへ逃げて人ごみに隠れてしまおうと考えて、路地から出て角を曲がった途端、男とぶつかった。
走っていた反動でよろめいて尻餅をついてしまいそうになったが、男の手が私の腕を掴んでくれたのでそれは免れたと思ったら、今度は口元を押さえられて物陰に引きずり込まれた。


「んっ、ンー!!」

「しー。あだ名たん、オレ、オレ。」


追っ手かと思って暴れていると、つい先日聞いた声が耳元でした。


「ヒュ、ヒュウガさん?!」

「静かに。」


それとほぼ同時に追っ手がこちらに気付かずに行ったのが見えた。
全く姿が見えなくなった頃、やっとヒュウガさんは私を離してくれた。


「ありがとうございました。でもどうしてこんなところに。」

「飴が切れたから買い溜めにね♪あだ名たんは…?ってどう見ても脱走してきた感じだよね。」

「はい。先日お話しできなかったこともありますし。でもホントヒュウガさんに会えて良かったです。今日やけにしつこくって。」

「しつこい男は嫌われるよねぇ〜。」

「あ、それ私もさっき言いました。」

「聞こえてた☆」


笑うヒュウガさんにつられて笑う。
太陽の下でこんなに笑うのなんて久しぶりかもしれない。
私達は笑いながら、軍のほうへ向かって歩き始めた。


「それより、ヒュウガ『さん』っていうのやめよっか。ヒュウガでいいよ。むしろそう呼んでくれる?なんかむず痒くって。」

「え?あ、わ、わかりました。」


ちょっと馴れ馴れしいような気がするのだけれど、ヒュウガさんが気にしないのなら呼び捨てでもいいか、と頷く。


「そういえば私のあだ名いつのまにか決定してますよね。」

「嫌だった?」

「いえ。ビックリしましたけど。全然嫌じゃないです。」

「良かった♪あだ名たん、髪切った?」

「はい。エレーナが切ってくれて。」

「…エレーナが?」

「あー…えっと、その…エレーナ、私には優しいので…。」

「テロリストが優しい、ねぇ。」


勘に触っただろうか。


「不謹慎ですよね…、ごめんなさい。」

「別にいいんじゃない?あだ名たんがそう感じているのならそれも一つの真実でしょ♪」

「…あ、ありがとうございます。」


私は何だかその言葉が嬉しくて、無性に泣きたくなった。
でも何より嬉しくて、とびっきりの笑顔で笑った。


「この前も思ったけど、あだ名たんが着てる服いつも可愛いよね。その服も可愛い。」

「あ…」

「もしかしてそれもエレーナが?」

「…はい。」

「あだ名たんに似合ってる。」

「褒めても何も出ませんよ?」

「オレは出すよ?」

「何をです?」

「飴を♪」


ヒュウガは私の手のひらに飴を乗せた。


「買いたてほやほやだよ。」

「ありがとうございます。」


口の中に放り込んでそれを転がすと甘いはちみつの味がした。




***




「こんにちは。」


ヒュウガに続いて執務室に入ると、ハルセさんとクロユリくんがこちらを向いた。
他の皆はどうやらいないようだ。


「こんにちは。」

「名前、また逃げてきたの??」


クロユリくんが得体の知れないものを食べながら首を傾げた。


「はい。…あの、それ何ですか?飴…?」

「マグロキャンディーだよ。いる?」

「いっ、いらないです!!」


ふるふると首を振れば、ヒュウガが吹き出した。


「良かった、あだ名たんがクロたんやコナツと違って。」

「どういう意味ですか?」

「そのままの意味だよ♪2人って味オンチだからねぇ。」


とりあえずお茶でもどう?とソファを勧めてくるヒュウガに「ありがとう」と告げて座る。


「他の方はいないんですか?」

「アヤナミ様と大佐は会議で、コナツさんは…」

「少佐ぁぁあぁぁ!」


金属バットを片手に持っているコナツさんが勢いよく執務室に入ってきた。
丁度私に麦茶を持ってきてくれたヒュウガは「コナツおかえり〜。」とのん気に笑っているが、誰がどう見てもコナツさんはヒュウガに怒っているように見える。


「一体どこに行ってたんですか!書類があんなに溜まってるんですよ!」

「もーコナツってば怒ってばっかりだねぇ。カルシウム足りてる?」

「怒ってばかりなのは少佐のせいです!サボらずディスクワークして下さい!」


最終手段としては…、とコナツさんがバットを振りかぶった。
どちらかというと可愛い部類に入る顔で金属バット、しかも釘つきだなんてギャップが面白くて、私は笑っちゃいけない状況なのだろうにも関わらず小さく笑ってしまった。


「あ、名前さん。こんにちは。」


今やっと私の存在に気付いたのか、コナツさんが挨拶をしてくる。
気付かないくらいヒュウガに怒っていたのか、と思うと更に笑いがこみ上げてきた。
クスクスと笑えば、ヒュウガはキョトンとするし、コナツさんは首を傾げるばかりだ。


「ご、ごめんなさい。なんだか面白くって。」


私の日常にはない会話だから、何だか新鮮だ。


「ちょっとあだ名たん、あんまり笑ってるとちゅーするよ。ちゅー。」


ニヤリと笑ったヒュウガが冗談交じりに私に迫ってくるが、コナツさんが必死に「セクハラですよ少佐!」と止めている。
私は「きゃー」だなんて笑いながら抵抗。

そんな様子を和やかに見守るハルセさんと、『アホらし…』と呆れた眼差しを送るクロユリくん。
何だか楽しくて、私はまた声を上げて笑った。

そんな時だ。
参謀長官とカツラギさんが執務室に戻ってきた。


「……貴様ら、何をしている。」


ハルセさん、クロユリくん、コナツさんはまだいいけれど、傍から見たらヒュウガが私にキスしようとしている体勢だ。
睨まれても文句は言えない。


「こっここ、これはですね、」

「あだ名たんの笑顔があんまりにも可愛いからちゅーしようかと思って♪」

「ヒュウガってば何言って、」

「ホントだよ?」

「…ぅ…ホント、褒めても何も出ませんって…。」

「ちゅーでいいけど。」


ビシィィィィィイィィ!!

鞭が撓った。
あれ、おかしいな。
見間違いかな。
ヒュウガが地面にうつ伏せで倒れてるけど気のせいかな。


「アヤたん…ひどい…」

「サボった罰だとでも思え。」


やっぱり気のせいでも見間違いでもないようだ。
ブラックホーク、恐るべし。


「大丈夫ですか??」


床に倒れているヒュウガを突きながら、『はードキドキした。』と内心肩を撫で下ろした。

……はて、ドキドキ?
あれ?何で今私ドキドキとか思ったの??

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