閑話




両親が小さい頃に事故で他界してからは私は父の友人宅で引き取られた。
その当時私はまだ3歳ほどだったので、その頃の記憶はほとんどない。

その夫婦は子供ができないという理由で子供が欲しかったらしく、私はとても可愛がられた。

新しいお母さんは優しくて太陽みたいに笑う人。
新しいお父さんは仕事で忙しく家にはあまり帰って来なかったけれど、帰ってきた時は高い高いをしてくれた。

そして数年が経った頃。
私が五歳になった頃に父に連れられて出かけたのを今でもしっかり覚えている。

その日はとても晴れていて風も太陽の光も全てが気持ちよかった。
公園で遊びたい私に「あとで」と言った父に手を引かれてとある一軒家に入る。
中からは優しそうな女の人が出迎えてくれた。


「お父さんの同僚のお家なんだよ」


そう言ったお父さんは今日はお祝いに来たんだと告げた。


「お祝い?」

「あぁ、そうさ」


首を傾げる私は促されるままにリビングへと入る。
するとそこには父親の胸に抱かれている産まれたばかりであろう赤ん坊の姿があった。
頬は薄っすらと赤く色づいており、まん丸お目々が私を見ている。


「あー」


言葉ではない言葉。
まだ喋ることも出来ない赤ちゃんに近寄ると、ぷくぷくとした小さい手が私に伸ばされた。

始めて見る赤ちゃんに握ることを躊躇っていると、抱っこをしている父親が「触ってあげてくれるかい?」と言ってくれたので、それはもうひどく恐る恐る触れた。
私からすると得体の知れない生き物にも見えたのだ。
小さくて、壊れそうで、どう扱ったらいいのかわからない。

だけどそっと触れた手は私の体温より温かくて、柔らかくて、微笑むその笑顔が可愛くて、天使のように見えた。


「この子は名前。」

「名前?」

「そう、名前だよ。ほら名前、お姉ちゃんだよ。エレーナお姉ちゃん。」

「お姉ちゃん?」

「嫌かな?」


きっと私の両親は知っていたんだと思う。
私が秘かに弟妹を欲しがっているということを。
だからきっと今日、私をここに連れてきたんだ。

ふわりと香るミルクの香り。
私は何だかとっても嬉しくて。
首を横に振った。


「よかった。妹だと思って可愛がってね。」


お母さんが子供を産めないと、私は幼いながらに知っていたから、妹が欲しいと常日頃思っていたけれど言わずにいた私にとって、名前は舞い降りた天使そのものだった。




***




ふわりとブランケットがかけられたことによって目が覚めた。
あぁ、私は眠っていたのかと体を起こす。


「ごめんエレーナ。起こしちゃった?」


始めて出会ってから10年以上。
もうぷくぷくした手もミルクの香りもしないけれど、変わらないものは確かにここにある。

私が、この子を愛おしいと思っていること。
未だに妹のように可愛がっているということ。
それは昔も今も何一つ変わらない。


「大丈夫よ。懐かしい夢を見たわ。」

「懐かしい夢?」

「えぇ。私の元に天使が降りてきた日の夢」


そういうと、名前は少し恥ずかしそうにはにかんで目を逸らした。


「そ、その天使って…私じゃないよね?」

「あら、貴女以外誰が天使だというの?」

「もうっ、その天使ってのヤダよ。いつも言ってるでしょ??全然天使ってガラじゃないのに。」

「そう照れないの。あら?名前がここにいるということは実験が終わったってことかしら?」

「うん。アリスの実験α終わったよ。」

「そう、結果はどう?」

「ちょっと今までにない結果だった。見た方が早いかも。」

「じゃぁ見に行きましょうか。」

「…うん。」

「顔色が悪いけれど大丈夫?」

「大丈夫だよエレーナ。」


きっと狭い部屋の中でアリスを使った実験の結果に気分が悪くなっているのね。
ごめんなさい、名前。
貴女の気持ちははわかっているのだけれど、私は貴女を離してあげられない。

そうしてしまえば、私はきっと一人ぼっちになってしまうから。
貴女も一人ぼっちになってしまうから。

可愛い可愛い私の天使。
私を裏切らないでね。


「名前、実験αが終わったら2人で美味しいもの食べましょうね。」


でなければ、私はきっと貴女も殺してしまうでしょうから。

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