06




「胡麻団子を作ってみたんです。よろしければどうぞ。」


気を取り直してアリスのことについて話そうとしていた私の目の前のテーブルに、二つの胡麻団子が乗ったお皿と温かい烏龍茶が差し出された。


「まだ熱いので気をつけてくださいね。」

「ありがとうございます。」


甘いもの好きなんです、と笑えばカツラギさんは「それはよかった」と微笑み返して椅子に座った。
まずは烏龍茶を一口飲み、胡麻団子は猫舌のため少し冷ましておく。


「えっと…この前はどこまでお話ししましたっけ?」


数日振りということもあり、一体どこまで話したのか軽く忘れてしまった。
私の持つたくさんの情報量が半端無いのだ。


「エレーナのこと、弟を探して欲しいこと、アリスのことぐらいだな。だがまず、何故我々がブラックホークだと知っていたのかを聞きたい。」


初めて会った時のことを言っているのだろう。


「えっと、その事は後々お話します。まずはアリスの弱点とかってお話ししましたっけ?」

「いや。」


首を小さく横に振る参謀長官に私は頷いてから胡麻団子を手に取った。


「アリスの弱点は一つです。」


未だ熱い胡麻団子を火傷しないように一口齧った。
小さく齧っただけなので餡子には届かない。


「太陽の光にとても弱いんです。」


窓の外を指差すと、窓側に立っていたコナツさんが太陽を眩しそうに目を細めて見上げた。


「アリスは太陽の光を直接浴びると、その瞬間不安定になって組織が崩れてしまい、よって無害になります。」

「持ち運びしているだろう。」

「アリスは気体なので、基本的に遮光できるものに入れてますね。閃光手榴弾のような筒状の缶に入れて持ち運びしてますよ。ピンを引けばアリスが漏れる仕組みです。」


また胡麻団子を齧ると、やっと餡子にたどり着けた。
すり下ろした胡麻が入っているのか、あっさりとしていて甘ったるくない。
とっても美味しかった。

ほくほくと食べていると、私の隣にヒュウガが座ってきた。


「弱点ってそれだけ?解毒剤とかは?」

「ありません。」

「ないの?じゃぁどうやって防いだらいいのかな??」

「…ごめんなさい、アリスは無味無臭で自分の体の異常に気づいた時にはもう手遅れなんです。口元を布で覆ったり、呼吸を止めても無駄です。皮膚からも浸透してしまうので。」


ただ、太陽の下ではアリスは使えない。ただそれだけなのだと告げると、ヒュウガは「んー」と背もたれに体を預けてうな垂れた。

当然の反応かもしれない。
ここで『やっぱり弟くん探すのやめる』と言われてもおかしくないことだ。
所詮は口約束だし、破ろうと思えばいつだって破れる約束。

アリスを吸い込んでしまったら100%の死が待っているし、それを忌避してばかりでは弟は探し出せないだろう。


「…やっぱり、この取引止めますか?」


少なくとも、私は誰一人としてアリスが原因で死んで欲しくない。
特にこうして知り合ってしまえば情だって湧くものだ。
色んな情報を与えてしまった上に弟を探し出せず仕舞いだけど、彼らを死の淵に立たせるのはやはり心苦しい。


「ん?止めないよ?」


うな垂れていたヒュウガは顔を上げて、さも当然のように言ってのけた。


「どうして?死と隣り合わせなんですよ??」

「あのね、オレたちはいつも死と隣り合わせだよ。でもオレたちは死ぬ覚悟はしてない。生きる覚悟しかね♪」

「…生きる……覚悟…。」


なんて強い人達なんだろう。
私にはない強さを持っている人達。


「あだ名たんの弟くんは探し出すし、解毒剤がないならアリスを上手く回避してみせるよ♪だから、そんなに不安そうな顔しないで。」


ヒュウガの手が私の頭に乗って、優しく撫でられる。
エレーナもよくこんなふうに撫でてくれるけれど、ヒュウガの手はエレーナの手より大きくて、ずっしりと重たくて、何だか泣きそうになった。


「次の犯行はいつだ。」


じんわりと広がる温かさに浸る暇もなく、参謀長官に問われる。
私はその問いに小さく首を横に振った。


「日程はまだ決まっていないんですけど、場所は決まっています。」


できれば…いや、どうにかしてこの犯行を止めなければ。
でなければ、参謀長官もヒュウガもブラックホークの皆だってただじゃすまない。


「…場所は…ここ、軍です。」


皆が小さく息を飲むのがわかった。


「軍でアリスを使うので、軍の見取り図やお偉い様方の顔写真等はすでに押さえてあります。私がブラックホークのことを知っていたのはたまたまエレーナが持っていた書類を見せてもらっただけなんです。そこに参謀長官の名前と顔写真があって、ブラックホークはヴァルスファイルを使うから要注意って。」


エレーナも警戒しているブラックホーク。
ヴァルスファイルを使うのはとても危険だけれど、私はあえてそこに目をつけた。
それほどまでに強い人達を味方に付けることができたら、私がしたいことを遂行できるのではないだろうかと、そう思ったのだ。


「本当にまだ犯行日時は決まっていませんが、警戒はしていてくださいね。」




***




『送るよ。』と言ってくれたヒュウガは『追っ手やエレーナに見られるとまずいので…』と断ろうとした私に『じゃぁ途中まで。軍の敷地出るまでは、ね?』と意外に押しが強かった。

2人並んで通路を歩きながら、ポツリポツリと会話をしていくうちに段々と弾んでいく。
誰かと話していて『楽しい』と思うことはあれど、『もっと話していたい。もう少し側にいたい』と思うことはなかったのに、ふとそう思った。


「今日は楽しかったです。」

「そう?大して遊んでないけど…?」

「ヒュウガとコナツさんのやり取りとか…ふふっ、思い出したらまた笑いが…。」


まさかヒュウガさんがサボり魔だったなんで、意外のような納得がいくような…。


「あんまり笑うとまたちゅーしようとするよ?」

「もう、ちゅーとか言わないで下さい。そんな冗談ばっかり言っていると後ろから女の人に刺されますからね。」

「それは怖い♪」


全く怖くないくせに…と正直思った。
だってヒュウガはどこか楽しそうだし、何より強いのだ。
目の前でヒュウガの強さを見たことはないけれど、ブラックホークの少佐という地位は多分伊達じゃない。
ブラックホークの皆は他の人と違うオーラというか…身に纏っている雰囲気がどこか違うのだ。

私は体術も銃の扱いも剣もザイフォンも全く使えないし、何かを生み出すことが得意なだけで秀でて策略が上手いわけでもない。
今回、ブラックホークという存在を知ることができて、味方につけることができたのは奇跡とも言えるだろう。
そんな私が『この人達は強い』と言っても信頼性は薄いけれど、女の勘というものは非常に恐ろしく当たるものだ。


「でもオレはあだ名たん以外に冗談でキスしようなんてしないよ?」


お願いだから勘違いするようなセリフは言わないでほしい。
なぜか今日は気持ちがとても揺らぐ。
ドキドキしてばっかりだ。

どう返答していいのか迷っていると、ヒュウガは困っている私に小さく苦笑してから言葉を続けた。


「あだ名たんってさ、すごく不思議だよね。」

「…不思議、ですか?」

「うん。生きているのに、まるで生きることを諦めてるような目をしてる。だからかな、目が離せない。」


優しくて強い人。
そう思っていたけれど、何よりこの人は人を見抜く力が秀でているような気がした。


「そうですか?気のせいですよ。」

「だってあだ名たんは弟を助けて欲しいといったけど、自分を助けて欲しいとは言わなかったよね?多分生きたい人はさ、『弟と私を助けて欲しいんです』って言うと思うんだよねぇ。」


ど?オレ何か間違ってること言ってる??と首を傾げるヒュウガに私はただただ苦笑するばかりだった。


「…では、助けてほしいと言ったら、助けてくれますか?」

「いいよ。」


エレーナに依存されている私。
大量虐殺できるアリスを作った私。
色んな糸に絡まれている私をこの人は考える素振りも見せずにあっさりと頷いた。

その腰に携えている刀で、私の四肢を絡め取っている見えない糸を斬ってくれるような錯覚さえ起こしてしまう。
それが『救い』なのか『逃げ』なのかはわからないけれど。


「…ありがとうございます。」


私は薄く微笑んだ。

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